制服、その後
静子が企んだ彩の着せ替え人形計画は、他でもない彩本人の手によって潰えた。
嬉々として静子が描き上げたラフ画の大半が却下され、比較的穏当なデザインのもの数点だけが候補として残される。
残ったデザインについても、洋服ではなく和服ベースに改修する旨が宣言され、静子は悲嘆に暮れるしかなかった。
「彩ちゃんに洋服を着せたかっただけなのに!」
静子の学校では和裁の他に洋裁の基本をも教えており、最新式の足踏み式ミシン導入も相まってスカートの製作などはお手の物だ。
普段は着物に隠れて見えないが、静子としては彩のスラリと伸びた綺麗な脚を皆に見せびらかしたいという思惑があった。
あまり物事に執着を見せない静子が、歯噛みをせんばかりに悔しがっているのを彩が訝しむ。
「新しく作る制服は静子様の御威光を示すためにも、春夏秋冬それぞれに異なったものを用意しましょう。柄については公募しても良いかも知れません」
「そうですね在野に埋もれた才人がいるやも知れませんし、領民たちも家人の制服を見て季節の変わり目を感じることでしょう」
「華美に走って下品なのは頂けませんが、地味過ぎてもいけません。この辺りの見極めについては、お抱えの着物職人たちにも意見を求めることにしましょう」
自らが着用する制服のこととあっては、静子邸の各部門で働く女性たちが積極的に意見を出し合う。
制服の要諦として上質かつ丈夫であることが求められるため、必然的に高価な物となる。
普段なら購入を躊躇するような衣服を公費で着用できる機会となれば、お洒落に興味を持つ女性たちが色めき立つのは当然だ。
「殿方の意匠については早々に決まったというのに、こちらはかなり時間がかかりそうですね彩様」
制服計画は男女別にそれぞれで進めることとなっていたのだが、男性側はそれほど衣装について拘りを見せなかったことから機能性重視で即決してしまった。
「ある程度は仕方ないことでしょう。自らの懐が痛むことなく、上質な衣装を身に纏えるのです。思い悩むのは女の性でしょう」
「そうですね、その点については濃姫様に感謝せねばなりません」
配下の言葉に彩が首肯する。静子が思い描いていた当初の計画では、制服は夏服・冬服の二着程度の予定であった。
しかし、静子邸の制服導入を何処からか聞きつけた濃姫が訪れ、失意に暮れていた静子に向かって発破を掛ける。
「何を呆けておるのじゃ静子。折角の制服などと言う面白い試み、主人が張り切らずして何とする。四季折々の制服を用意して、民たちの度肝を抜いて見せぬか」
思わぬ人物からの叱咤に静子が目を白黒させている間にも話はどんどん進んで行った。
濃姫が口にした以上、それは提案や相談などではなく決定事項となる。
制服計画に濃姫が介入すると、静子が主導権を取り返す間もなく彼女の手によって様々なことが勝手に決定されていく。
手始めに濃姫は静子が当初描き起こして却下されたラフ画を確認し、その異質なデザインを楽しみつつも様々な身長・体型の人々が身に着ける制服には相応しくないと断じた。
どうせ破棄されるのだからと濃姫はラフ画をこっそり拝借し、私的に仕立てて静子に着せてやろうとほくそ笑む。
こうして存分に静子の計画を掻き乱した後に筋道をつけた濃姫は、満足げな笑みを浮かべて風のように去っていった。
計画を途中で投げだしたかのように見える濃姫だが、当然ながら物事が自分の思い通りに進んでいるかは監視させている。
下手に計画を変更しようとすれば、その都度現れては介入してくることが目に見えていた。
藪をつついて蛇を出すことを恐れた静子は、濃姫の好きなようにさせるのが一番と考えて彼女の案を承認する。
「しかし、この洋装というのも新鮮ですね。この臙脂色の袴と『ぶうつ』の組み合わせが素敵です」
「そうですね、静子様の注意書きにある『大正浪漫』という文言が今一つ判りませんが、これならば着てみたい」
「お武家様の模様である矢絣も、色を付けるだけでこんなにも華やぐものなのですね」
「矢絣に季節感はありませんし、何か季節の植物などを取り入れませんか?」
柄や衣装について公募することが既に決定しているが、彼女たちは思い思いに好きな柄を提案しては会話を楽しんでいる。
お茶やお菓子も提供されているため、会議とは名ばかりにすっかりお茶会の様相を呈してしまっていた。
中には自らも公募に応募しようとデザインを描き起こすものすら現れ、完全に収拾がつかなくなっている。
「制服を決めるのには相当時間がかかりそうですね」
「喧嘩にならなければ良しとしましょう」
自分も混ざりたくてうずうずしている様子の配下を見て、彩はため息を吐いた。




