戦国ファッションショー
静子邸に於いて『金庫番』と言えば彩のことを指すのは周知の事実だ。
静子が保有する個人資産は既に大国の国家予算をも上回るほどになっており、その出納管理を一任されている彩の重要性は語るまでもないだろう。
いかなる組織でも同様だが、金に関する決定権を持つ者は大きな権限を持つことになる。
そして貧しい生まれながら、誰もが目も眩ませる程の大金を前にしても泰然と職務を全うする彩の姿に静子は勿論、彼女の配下たちも信頼を寄せている。
経理や財務の仕事というのは地味な作業が多く、苦労の割に華やかさが無い役職だが彩には不満などなく、むしろ誇りにさえ思っていた。
概ね己の置かれた環境に満足している彩だったが、一つだけ面倒な厄介ごとを抱え込んでいた。
「却下します」
それは静子の思い付きによる突拍子もない予算執行に振り回されることだ。
公人である尾張領主として立派な働きを見せる静子だが、プライベートなこととなると稀に突拍子もないことを思いついて実行したがる悪癖があった。
莫大な利益を上げる事業を幾つも手掛ける静子の姿からすれば意外かもしれないが、それは入念な下準備と根回し及び事業計画に沿って仕事を進めているからであり、ふと思いついたアイディアを実行するとなればボロも出ようというものだ。
そしてそんな静子の思い付きは、お目付け役兼金庫番たる彩の許へと予算の相談をする際に、前述のように堰き止められるため大事には至っていない。
彩としても静子が彼女の私財をどのように使おうと本来口出しすべきでは無いと考えているのだが、今の静子には公人として立場があるため、余りにも愚かしい行動には待ったを掛ける必要があった。
「いやいや、今回の計画はそんな変じゃないでしょう? 誰が見てもうちの家人だと判るように、制服を誂えようって話だから」
珍しく静子が彩の裁可に対して抗弁する。今回の計画については彩を説得し得るだけの算段があるのだろう。
「必要性は理解しています。しかし、何故女子に限定したものなのですか? その理屈であれば、殿方についても同様に誂えるのが妥当でしょう」
「だって、彩ちゃんの洋装が見た……ゴホン! ほら、古典にも『隗より始めよ』って言うでしょう? まずは私や私に近しい人達が範を示すことが大事だと思うんだよね!」
あからさまに静子の本音が透けて見えたが、空気の読める彩は聞かなかったことにして静子の案を改めて吟味する。
現在静子邸に詰める家人は数十人と多くなり、その出自もまた貴人の子女から百姓の出など様々だ。
当然各々の財力によって身の回りの品に優劣が生じ、その格差が外見に出ているという問題があった。
ただし、静子は家人に対して十分すぎる給金を払っており、流石に見窄らしいと思われるような恰好の者は存在しない。
それでも名家の子女である蕭が纏う衣装と、農民上がりの事務方の職員が纏う衣装が同じであるはずがない。
それを女性職員だけでも全員一律同じものにしようというのだから革新だと言うほかは無いだろう。
彩としても制服が生み出すメリットは把握している。
全員が同じ衣装を纏うことで連帯感が生まれ、また外部の者が一目で判る警備上の利点もある。
更に領民に対して周知が進めば、静子邸の家人に対する好待遇は知れ渡っているため、民たちも憧れを以て家人を見るようになり、家人たちも自ずと己の仕事に誇りを持つようになる。
「それに食事や筆記用具、日用品なんかの消耗品を支給しているんだし、ここで働くに際して必要となる衣類も支給したっておかしくないでしょう?」
「そうであるならば、尚更公金から支出すべきだと申し上げているのです」
彩が問題視しているのは、領主としての事業であるにも拘わらず何故か静子が私財を投じようとしている点にあった。
静子はお金を稼ぐ才覚があるが、使うとなれば下手の部類である。静子が私財を投じることは、信長からも推奨されているのだが、公私混同しているのでは本末転倒だ。
「いや……あの、実験的なことだから……その、正式に決まったら公金から出すと言うことで……」
静子は露骨に彩から目を逸らし、何やらもごもごと小声で呟いている。
彩は呆れた表情でため息を吐いた。
それも含めて予算を立てて、公金で賄うべき事業であろう。
そもそも静子邸での制服が決まるとなれば、領主の面子もあって相応に金の掛かった衣装となる。
そしてそれは体格も様々な家人が着用し、洗濯をしている間の予備も含めて相応の数を準備する必要があるだろう。
更には破損や紛失なども当然考慮されることから、定期的に供給すべき一大事業となるのは目に見えている。
莫大な金が動く話である上に、静子邸に制服を卸しているとなれば誰しもが一目置く箔がつくのだから商人たちが黙っているはずがない。
恐らく静子としては実験的であるという建前で、彩たちを着せ替え人形にしたいだけなのだろうと察した。
「判りました。それでは草案をお預かりします」
「やったー!!」
静子は彩のお許しが出たと判ると快哉を上げる。
最初の関門さえクリアすれば、後は関係者が雪だるま式に膨れ上がって容易には止まれなくなるのを静子は知っていた。
近頃実用化に漕ぎつけた足踏み式ミシンの面目躍如たるところだろうと、静子は技術街に対する根回しを早速考え始める。
スキップでもしそうな静子と対称的に、眉根に皺を作っている彩は手渡された分厚い計画書を眺めて嘆息する。
(まあ、ここの処ずっと根を詰めて仕事をしておられましたし、少しぐらいお遊びに付き合っても良いでしょう)
静子に出会ってから既に十年を越えているが、相も変わらず天下人の懐刀たる威厳と、童女のような振る舞いが混在した稀有な女性だと思い知らされる。
苦笑しつつも計画書を読み進め、そして唐突に紙をめくる彩の手が硬直した。
そこには制服の素案がラフな筆致で描かれていたのだが、その装いが想像だにしないものだったのだ。
戦国時代に生を受けた彩の常識からすれば、とんでもなく破廉恥なほどに脚が露出する衣装であり、イラストの右上には静子の字で『ミニスカメイド』と揮毫されていた。
恐る恐る資料をめくると、次に飛び出してきたのは『セーラー服』であり、先ほどの物よりは幾分かはマシだが、己が身に着ける姿など想像も出来ないものばかりが現れる。
「……」
彩は少しして小さく笑みを浮かべると、力一杯静子の計画書を床にたたき付けた。




