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戦国小町苦労譚  作者: 夾竹桃
永禄九年 尾張国ノ農業改革
21/246

千五百六十六年 十月中旬

主要な農作物の収穫及び献上が終わったため、静子の村には一種のだらけムードが蔓延していた。

本来なら冬を越すための食い扶持の確保に奔走するのだが、今年はそれを行う必要がなかった。

たんまりとは言い難いが薩摩芋は充分にあるし、冬の為の野菜であるかぼちゃも多数確保している。

米もそこそこあるので、贅沢をしなければ来年の秋まで食い扶持に困る事はない。


やる作業も更なる農地拡張を行う以外は大きな作業はなかった。

菜種油を採取するために菜種を植えたが、それ以外の冬の野菜は既に栽培中だった。

農地拡張も現代のように複雑な手続きをする必要はなく、単に「ここからここまでを農地にしよう」程度で良かった。

勿論、拡張した農地については後日信長に報告する必要はあったが、それらは彩に一任していたのでわざわざ静子が出向く必要もなかった。


「では、今日はキノコ狩りと行きましょう」


「……静子様。唐突に籠を持たせて、有無を言わさず連れて行くのは止めて下さい」


彩の冷静な突っ込みに静子は凄い勢いで明後日の方を向き、吹けもしない口笛を吹いた。

呆れて物が言えない彩だが、苦言を呈するのも馬鹿らしく思い、重い溜息を一つ吐くだけだった。


「まぁまぁ、秋はきのこの季節なので、きのこ狩りを手伝ってよ。沢山取れるんだけど、何せ人手が足りなくてねー」


後頭部をかきながら静子は苦笑いを浮かべる。


きのこの季節は種類によって左右されるが、大体が九月から十月、遅くとも十一月頃に旬を迎える。

だがきのこは基本的に十月が本格的な収穫時期だ。

山の持ち主は信長になるが、特定の資源以外なら報告をせずとも利用して良いとの言葉を頂いている。

鉱物の類、つまり金や銀、鉄は見つけたら即報告だ。


「むふふ……去年は色々とあって沢山取れなかったけど、今年はしっかり取り尽くすぞぉ」


近隣には二作の村以外はないので、彼らのテリトリーを侵さなければ収穫し放題だ。

つまり秋の味覚を存分に楽しめるという訳である。


「あの、何を取る気なのですか?」


静子のテンションについていけない彩は、若干腰が引けたが何をする気か確認する必要があるため、くるくる回っている静子に質問をした。


「ん? んー、そうだね。今年は舞茸に本しめじ、ぶなしめじ、株しめじ、なめこ、それから何と言っても松茸だね! あ、そういえば去年は失敗したけど、今年は椎茸の栽培がうまく行ってるかなー」


瞬間、彩が凄い勢いで吹き出した。

更には咳き込み始めたので、静子は慌てて彼女の背中をさする。


「だ、大丈夫!?」


「大丈夫です。ちょっとむせただけですから」


そう言いながら呼吸を整える彩だが、静子は心配そうな表情をしていた。

彼女は自身の心を落ち着けさせ、いつものポーカーフェイスをする。


「(いきなりですか……)では、行きましょうか静子様」


「うん……無茶しちゃ駄目だよー。無理なら無理で家で寝てていいからね?」


「大丈夫です。むしろ静子様を一人にすると、心配で眠れそうにありません」


「失礼な。これでも山には詳しいんだぞ」


説得力の欠片もない台詞だったが、彩は小さくため息を吐くだけで何も言わなかった。

二人の関係は主人と使用人というより、年の離れた友達という感じがした。


「(これは報告する必要がありますね)所で静子様。椎茸の栽培と仰いましたが、あれを栽培してどうするおつもりですか?」


「どうするって、椎茸を食べる以外にどう使うの? あ、出汁にするなら干した方が美味しいよー」


その回答を聞いた彩は頭を抱えたくなった。


静子は現代の感覚で喋っているから分からないが、椎茸は二十世紀に人工栽培の方法が確立するまで高級品だった。

古くから日本で産していたが人工栽培の方法が確立しておらず、自生したものを採取する以外に方法がなかったからだ。

その一方で精進料理において出汁を取るための必須品であった。

道元どうげんという鎌倉時代初期の禅僧が、中国の王朝の一つである南宋なんそうに渡った際、現地の僧に干し椎茸を持ってないかと問われた逸話があるぐらいだ。

歴史に残る椎茸料理もあるほど高級品なきのこだが、現代の感覚が残っている静子にとってはスーパーで売ってる程度の安物きのこだ。


逆に彼女が高級品と思っている松茸こそ、戦国時代の人間からすれば珍しくともなんともないのだ。

山に登ればそこら中生えている上に、わざわざ松茸を食べようと思う人が少ないからだ。

腹を満たすが最優先の時代では、香りを楽しむ余裕がある人間は数少ないのだ。


「ま、去年は栽培に失敗したし、今年も駄目かもねー」


極めて気楽に言った後、静子は籠を背負い直して歩き出した。

その後を彩がすごく微妙な顔をしつつついていく。


(森様の話通りだ。この人の価値観はどこか違う……)


鼻歌を歌いそうなほど陽気な静子の背中を、彩は睨むような感じで見る。

殺気すら窺えるほどの視線だが、向けられた当の本人は全く気付く事なく気楽に山を登っていく。


「もうすぐしめじ畑だから、籠の用意をお願いね」


それどころか彩に全く悪意のない笑顔を向ける始末だった。

本当に静子という人物が分からないと思った彩だが、彼女はあくまで自身の仕事に忠実でいようと思った。


「(時間をかけるしかないか)分かりました。後、ちゃんと前を見ないと危ないですよ」


静子が持つ才能を調べあげるという仕事を。







会話を繰り返しながら歩く事数十分、二人はようやく静子の目的地その一であるしめじ畑に到着した。

しめじ畑といっても自生しているのが固まっているエリアであって、本格的に人工栽培しているわけではない。

単に取れやすい区域を、静子がきのこの名前をつけて畑と言っているだけだ。


「これは食べごろだね。これはまだ……これは毒きのこ。おっと、これは凄い大きさだ」


鋭い嗅覚があるのか、静子は次々ときのこを見つけては籠に入れていく。

あっという間に手持ちの籠一杯にきのこを入れ、それらを背負っていた籠に丁寧に入れる。

周囲にあったきのこは軒並み収穫され、残ったのはまだ小さいのと毒きのこだけになった。


「次は舞茸ー。その次が松茸ね。椎茸は最後でいいや」


彩に口を挟む暇すら与えず、静子は籠を背負い直して次の採取場所に向かった。

彼女の後を慌てて追いかける彩だが、山に慣れている静子に追い付くだけで精一杯だった。

とてもではないが疑問を口にする余裕がなかった。

登りかけの時は彩の体調を気遣って歩くスピードを落としていた事に、彼女はようやく気付いた。


「よっし、舞茸の狩場についたぞー。早速見つけた!」


ようやく到着したので少し休憩出来ると思った彩だが、静子は舞茸を見つけたのか凄い勢いで走っていった。

流石に走るだけの元気はないし見失うような距離でもないので、額の汗を拭った後腰に下げている竹水筒で喉を潤した。

少しだけ冷えた水が火照った身体にとても心地良かった。


「これだけで十キロぐらいはあるかな。あ、あっちにもある! 今年は当たり年だぞー!」


木にもたれかかって休憩してる彩を放置して、静子はひたすら舞茸の採取に勤しんだ。


しめじ類、舞茸、松茸を採取した所で、籠が一杯になったので彼女たちは一度山を下りた。

静子は椎茸は今度でいいと思っていたのだが、彩がどうしても見てみたいという事で、彼女たちは再び山に上る事になった。

そして山を登る事十分、二人は静子が作った椎茸の栽培場所に到着する。


「今年は育ったかー」


遠くを見るようなポーズで静子がのん気に呟く。

反対に彩は息を飲んで目の前の光景に見入っていた。


一面とは言わないが、それでも大量といえるほど椎茸が生えていた。

これだけあれば一財産になると断言出来るほどだ。

なのに静子は椎茸が栽培成功した事だけ喜んでいた。お金云々の欲望が全く感じられない。


「(これは……)流石にこの量はお館様にご報告しないといけませんね」


「え? そうなの? たかが椎茸で?」


瞬間、彩は物凄く疲れたため息を、これみよがしに静子に見せつつ吐いた。







結局椎茸を根こそぎ採取して持ち帰った二人だが、静子は早速焼いて食べようとした。

それを全力で彩に止められ、虫食いを除いて全てを乾燥椎茸にするため加工を行う。

椎茸を天日乾燥させるとビタミンBを失うが、代わりにビタミンDが十倍に増加する。

旨味成分も増加し、更に香りがよくなるので椎茸は生より干してる方が断然良いのだ。


「それにしても、椎茸ってそんなに高価なの?」


いまいち椎茸の価値が分からない静子は、黙々と作業をする彩に椎茸の価値を尋ねる。

彼女は手を止めて小さく息を吐いた後、干すための籠に並べている椎茸を見ながら言った。


「私もどれほどかは存じませんが、噂では15かん(約56.25キロ)ほどあれば、城を一つ買うことが出来ると聞いております」


「じゃあこれだけあれば、おっきな家が買えるねー。掃除が大変だからいらないけど」


「……もしも人を多く雇えるなら、広い家を建てますか?」


「え? そんなに家が広かったら使い切れないじゃん。今の家で十分だよ」


仮定の話をして静子がどの程度欲を出すか調べようとした彩だが、帰って来た答えは彼女の予想を遥かに超える無欲さだった。







山の幸を収穫するのは一日や二日では終わらない。

何日も山に登っては目的のものを収穫し、それらを家へと持ち帰っては加工を行う必要がある。

しかもその日その日で取りに行くものが違う。

自生している渋柿や甘柿を収穫したと思えば、落ちている栗をイガごと収穫したり、自然薯(じねんじょ)を掘り起こしたり、そこら中落ちているどんぐりを拾ったりと、多種多様の山の幸を収穫していた。

柿以外の果物も収穫したが日持ちしない為に、大体は採取中のおやつとしてその場で食べた。


「渋柿はさっさと干し柿にしちゃいましょ」


ぐつぐつ煮えている鍋の前で静子は渋柿の皮を剥く。

剥き終えると彼女は柿の軸に紐を括りつけ、五秒程度沸騰した鍋の中に柿を入れた。

それらが終わると用意していた干場に、柿が重ならないように注意しながら紐を括りつける。

柿の数はそれほど多くなく、三〇個程度だったが彼女は彩も驚くほどの手際だった。


「これでよし。大体四〇日程度で完成かな」


椎茸や柿など多種多様の干物が並べられている光景に、静子は満足気な笑みを浮かべる。


「秋は実りが多いからいいねー」


「……そうですね。ところで静子様、きのこについて見識をお持ちのようですが、その様な知識はどこで覚えたのですか?」


干している品々をチェックしている静子へ、彩はあくまでもナチュラルな話に流れるように注意しつつ質問した。

下手に勘ぐられないようにするためだが、あいにくと静子は若干抜けているため、彩がそんな事を考えているとはつゆほども疑っていなかった。


「ん? あぁ、親戚がきのこ学者さんでねー。『きのこは面白いぞぉ、静子!』と興奮気味にあれこれ教えこまれたねー」


「そうですか」


「昔住んでいた所は高齢化が進んでてね。だから皆、後継者が欲しかったのかな? なんかあれこれ教えこまれたよ。幼いころから教えこまれたお陰で、農林水産省直轄の農業高校に入学出来たんだー」


「の、農林? 農業……高校? にゅ、入学?」


静子の言葉の内、後半の言葉は全く意味が分からなかったが、彼女が幅広い知識を持っているのは村の人間が後継者欲しさに教え込んだためだと分かった。

つまり静子はその村が持つ知識の集大成、と彩は考えた。


(これほどの技術を持つ村……聞いたことがありません)


「よし、終わった。そろそろ寒くなるし、部屋に戻ろうっか」


「……そうですね」


静子の素性を知ろうとしたが、余計謎が深まり途方に暮れる彩だった。


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[気になる点] 甘柿は人工的に接ぎ木しないとできないと聞きました、山に自生していないのでは?
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