千五百七十八年 九月下旬
恵瓊が懸念していた通り、東国征伐に赴いた軍の大部分は論功行賞の決定を以て帰還の途に就いた。
今後も戦後処理は継続するが、それらは駐留する信忠を筆頭とする首脳部の部隊が行うこととし、主力部隊は畿内へととんぼ返りするのだ。
この復員(軍隊の編成を『戦時』から『平時』に戻すこと)は信長の下した『静子の東国管領就任』を了承するという意思表示でもあった。
これによって静子軍を東国に縛り付けられたと喜ぶ者も居たが、彼らは静子軍が織田軍の中で兵站を担っていることを失念している。
兵站という機能は軍の行動に付随する性質があるため、静子軍の部隊はそれぞれ小部隊に分割されて復員部隊に編成され直した上で帰路に就いていた。
逆に工事やインフラ整備を得意とする黒鍬衆は、諸将の要請によって各地に散っていた部隊の多くを東国へと招集することになる。
「何をするにしても、まずは東国各地に於いて巡検が必要だね」
戦国時代の関東は、史実に於いて徳川家康が行った大規模な治水工事が実施されていないため、幾つもの川が複雑に流れ込む不毛な湿地帯であった。
ただしこれは関東だけに限った話ではなく、静子の義父にあたる近衛前久が管轄する大坂も同様である。
大坂に関しては静子軍の機甲部隊(戦車などの戦闘車両を配備された部隊ではなく、工事用重機を運用する黒鍬衆の専門部隊)がパワーショベルに相当する仁王や、動力揚水ポンプに相当する『水天(仏教に於いて水を司る神の名)』を用いて大規模な治水と干拓工事を行っていた。
緻密な事前調査と重機を用いた効率的な計画を推進することにより、人力のみで行う事業とは比較にならない進捗を確保することが出来ている。
工事規模が大きすぎるため、計画段階で六次開発までが策定されており、現在は一次開発の半分ほどを消化した段階だ。
それでも野放図となっていた河川が取捨選択の末に整備され、凄まじい規模の造成工事を実施している様子は堺の商人達を甚く刺激した。
これらの工事が完成すれば西日本屈指の商業都市が誕生することが確実であり、何とかして自分たちもその利権に食い込むべく虎視眈々と狙っている。
尤もその程度の思惑については前久も把握しており、既に核心的な利権の囲い込みは完了していた。
堺を超える巨大な港湾都市となることが見込まれ、経済の動脈となり得る大坂―京都間の街道に関しては近衛家が管轄することになっている。
工事は内側から同心円状に広がっていくように計画されており、既に簡素ながらも港湾機能が稼働し始めていた。
現時点で神戸や四国から物資の流入が始まっており、造成が完了した土地にはそれらを扱う市場が形成されつつある。
今はまだ食料や生活物資が中心ではあるが、将来的には埋め立て地帯に尾張から工場群を誘致して工業分野での発展を遂げる予定だ。
「大坂開発の機甲部隊が使用している重機の一部を関東開発用に回して貰いましょう。特に水天は新しい型番の物と入れ替える予定だったし、古い物の一部を関東に寄越すよう指示して下さい」
「はっ」
如何に静子の要請とは言え、仕掛かり中の大阪開発工事の中核メンバーを引き抜くわけにはいかない。
ゆえに関東へと回される人員や装備については、中堅未満の人員及び旧式の機材となることが見込まれる。それでも大坂開発に少なからず携わり、重機を扱う経験のあるメンバーが集まるため、関東開発の初動となる調査や見積りについては充分だと考えていた。
静子は小規模な調査チームを編成し、先遣隊として関東へ送りこみ、数か月かけて現地の調査を行う予定だ。
その結果、得られた情報から関東開発計画を策定する。立地が同じであるため、関東開発計画の中心地は江戸になると考えているものの、調査結果次第では別の場所に本拠地を構えることも考えられた。
そして静子自身も尾張から関東へと居を移し、基礎調査に同行する予定を立てていたのだが、その計画は最初から躓くことになる。
「関東での環境調査は承知しやした。しかし、静子様が下向(都から田舎へいくこと、この場合は尾張から関東)されるのは承服しかねます」
静子が尾張から関東へと居を移すことに関して、黒鍬衆は勿論のこと主君たる信長及び義父である前久までもが反対した。
信長や前久が尾張と比べて安全が確保されておらず、何が起こるか判らない関東へ『掌中の珠』たる静子を送りだせるはずもない。
また黒鍬衆からすれば自分たちの家族や一族が生活する尾張に静子が居を構えているからこそ、国許を離れ日ノ本中の何処へでも出向けるのだ。
静子が関東へと移ってしまえば、この前提が崩れてしまうことになる。
静子の代わりに尾張を収める代官が、静子と同様に彼らの家族を守ってくれるかが心配でとても国許を離れられない。
何よりも隆盛を極める尾張に比べ、関東は何もない僻地であり、如何なる政治的思惑があろうとも大恩ある静子が左遷されているようで我慢ならなかった。
「静子様はあっしらに東に向かえ、そうお命じ下されば良いのです」
自分たちが関東へと派遣されるのは問題無いが、静子が尾張を取り上げられるのは容認出来ないと言うのが家臣たちの意見だった。
静子としても気が逸った結果として先走っており、即座に関東へ移住しようなどとは考えていなかったのだが、この様子では関東への移住は断念せざるを得ない。
今や絶大な権力を持つ静子だが、彼女自身は多くの家臣たちによって支えられているからこそ今の自分があると考えている。
ゆえに家臣達の強い反対を押し切ってまで関東へ移住するかと言われれば、否である。
何より彼らの意見の根底には、自分に対する敬慕があっての進言だ。それを跳ね除けてまで我を通そうとは思わなかった。
(いっそ参勤交代みたいに関東と尾張を交互に行き来するかな? それには尾張と関東間の街道がしっかりと整備されないと駄目だよね)
静子は本拠地を完全に関東に移すのではなく、一年ごとに所在地を移すという案を考えた。
これを実施すれば静子の往復に伴って街道に莫大な金が落ちることになり、高い需要の見込まれる延線上地域が活性化するため中々の名案に思われる。
いずれにせよ関東の安全が担保されて信長及び前久からの許可が下り、その上で家臣たちが納得する程度の関東開発が進んでいなければならない。
どうすれば皆を納得させることが出来るかを彼女は数日間思い悩むが、魔法のように全てを綺麗に解決する案は浮かばなかった。
地図を広げて城の形をした駒を指先で弾きながら悩んでいると、思いのほか強く弾いてしまった駒がとある場所に転がっていく。
その様子を見て閃いた静子は、すぐさま紙に計画を箇条書きにして頭の中身を整理した。そうして言語化された素案を一刻程掛けて草案にまで昇華し、満足げに頷く。
「まずは上様の許可が必要だね」
静子の計画を現実のものとするためには、尾張・美濃地域だけが豊かな現状では到底不可能だ。
少なくとも中部地方全域から関東に掛けてが豊かになり、可能であれば東北までもを繁栄させねばならない。
それには戦略的な観点から秘匿されてきた様々な技術を他国へ開示する必要がある。これは日ノ本全体の問題となりかねないだけに、自分だけの考えで実行することは出来ない。
特に土地の生産力を飛躍的に向上させ地域全体に余力を生み出す農業技術は、即効性こそ無いものの慎重に取り扱う必要があった。
食べていくことだけに汲々としている状態から、余剰人員を生み出して経済を担う産業を勃興させる方針は信長の覇道と合致するため、信長が許可を下すであろうと考えた。
(これを推し進めれば即座に徳川領が影響を受け、長期的には上杉領なども発展するでしょう。彼らの懐を潤わせ、その上で彼らにも東国開発に参入して貰うようにしないとね。まだ大きな火種になっていないけれど、尾張・美濃からの持ち出しについて民たちが不満を抱き始めているでしょうしね)
尾張・美濃が東国随一の繁栄を誇っているとは言え、その財力にも限度はある。ことあるごとに尾張・美濃から富が流出する現状に、土地に根を下ろしている大店の商人たちから不満の声が出始めていた。
これに加えて東国開発の負担までもが圧し掛かれば、燻っている不満が一気に爆発する可能性すらある。
たとえるなら税負担が苦しい中、他国ばかりがODAの恩恵に与っていると言えばイメージしやすいだろうか。
必要な先行投資なのだが、自分たちにもっと還元して欲しいと望むのは人の常である。今は静子というある意味カリスマの存在によって糊塗されているが、いつまでも現状に甘えているわけにはいかない。
そこで静子は東国開発に先んじて、延線上の東国各地を発展させようと考える。いくさが禁じられた東国には、食うに困った牢人があぶれている。
そんな彼らにいくさ以外で活躍の場を与える必要もあるため、街道沿いの開発は丁度良い公共事業になると静子は思った。
これは複数の領地を横断して権限を振るえる東国管領にしか成し得ない事業となるだろう。単に力を持て余し、暴れたいだけの人間も当然いるだろうが、そういった人間は長可に丸投げしてしまおうと考えを纏めた。
「これを定時通信で流して」
静子は小姓を呼ぶと、信長と臨時通話を申し込むよう伝えさせる。その日は生憎と信長の都合が合わず、翌日に信長との通話が実現した。
挨拶や近況報告を終えると、静子はすぐさま自分が発案した計画のメリット及びデメリットを伝えて提案を行う。メリットは東国全体の経済を底上げできることであり、様々な資源や労働力までもが手に入ると説いた。
「関東全域を開発するに当たり、まずは先立つものが必要です。今までのように尾張・美濃からの税収を持ち出すのは限界でしょう。いくさを禁じたがため、差し迫った脅威に対処するためという理屈が通りません」
「……確かにな。何かあれば尾張が割を食うという状況は問題だな」
「先の北条征伐は後顧の憂いを断つためと説得出来ましたが、東国から敵という脅威がなくなった以上は尾張に旨みがありません」
北条征伐に関しては関東を含めた経済圏を掌握するという体で資金を投入してきたが、それが現実のものとなった以上は投入した資金が回収されなければ民たちも納得しないだろう。
勿論、日ノ本全体の経済を底上げすれば巡り巡って自分たちも恩恵にあずかれるのだが、トリクルダウン理論のように自分たちまで利益が再配分されるまでに相当な時間を要する。
経済を専門的に学んだ尾張の文官ならばまだしも、利に敏い商人たちですら数年先を見据えているに過ぎず、民たちに至っては今年一年を家族皆で無事過ごすことが大事である。
「尾張と関東を結ぶ延線上を富ませる必要性は解った。しかし、余力を得た結果として奴らが反抗心を持った場合はどうする?」
「恩を仇で返すような不届き者には、その身の破滅を以て応じます。とは言え余程の無茶をしない限り、謀反することは出来ないでしょう。何しろ彼らには掲げるべき大義名分が無い」
同盟関係にある徳川領や上杉領を繁栄させた結果、欲をかいて織田家に反抗するのであれば全力を以て叩き潰すだけだ。
マスメディアが存在せず、情報統制が容易な戦国の世に於いて、反織田を唱える大義名分を捻りだすことは出来なくもない。
しかし、そうした反抗の芽は積極的に情報発信をすることにより潰すことも出来る。そうなれば搾取するどころか富を分け与えた恩人に対し、仇で報いる恩知らずとして末代まで語り継がれることになる。
「みすみす大義名分を与えるような隙は見せません。また余力が生まれれば、それを再投資するよう誘導します」
「ならば構わぬ。貴様に任せると言った以上、必要と思うならば実行するが良い。存分に奴らへ繁栄という甘い蜜を吸わせてやれ」
「はっ! お任せ下さい。金と暇を持て余すからこそ反逆心を抱くのです。暇など感じないほど振り回してみせましょう」
「楽しみにしておるぞ。だが、貴様が関東へと赴く話は、当分許可できぬ。未だ西国を平定しておらぬ状況では、馬鹿が調子に乗りかねぬ。貴様が尾張から睨みを利かせていることで大人しくしている馬鹿がおるゆえな。わしが許すまで貴様は尾張より、関東開発の指示を出せ」
「……承知しました」
「現地視察程度ならば許可するゆえ、そう不満そうな声を出すな」
通話口の向こうにいる信長の声は愉快そうだった。そんなに露骨だっただろうかと静子は反省し、同時に気分を一新すべく咳ばらいをする。
「繰り返しになるが、未だ西国が平定出来ておらぬ。更に東国についても支配が充分とは言えぬ。貴様が尾張から東国を睨んでいることで、わしは背後を気にせず西国平定に臨むことが出来るのだ」
「そこまで評価して頂いているとは知りませんでした。東国管領という大役に心躍らせ、少しばかり気が逸っておりました。家臣達も挙って反対しておりますし、暫くは尾張から様々な指示を出すようにします」
「関東に移れば口うるさいわしの小言が届かなくなると思うたか?」
信長の思わぬ指摘に静子は背筋を冷たいものが伝った。基本的に信長からの小言はありがたいと思っているのだが、僅かでも煩わしいと思わなかったかと問われれば嘘になる。
少々気まずい空気が流れたが、静子はそれを振り払うかのように言葉を返した。
「上様のご配慮はいつも有難く思います。私を思うが故のお言葉と存じております」
「関東に移れば貴様が頂点に立つことになる。家臣たちは貴様を諫めることは出来ても、強引に止めることは出来ぬことを心得よ」
「はっ、心に刻みます」
「貴様は仕事に没頭すると己の負担を無視するきらいがある。少しは他人に任せることを学ぶがよい。才ある者を見つけ、育てるのは得意なようだが、自身の仕事を他者に任せるのは不得手とみえる」
「……そんな風に見えますか?」
「見えるではなく、貴様は他者に任せることが下手だ」
静子の問いに信長はきっぱりと断じた。耳に心地よい言葉で包まない処に信頼関係の深さが窺えた。
「精進いたします」
「良い返事だ。それに免じて一つ教えてやろう。多くの者は他者から認められたいと望んでおる。その者を信じて仕事を託すということは、信頼の証とも言える。貴様の家臣達ならば、貴様から仕事を託されれば誇りに思いこそすれ嫌がることなどあり得ぬ」
「そうでしょうか?」
「いきなり大きな仕事を任せよとは言わぬ。まずは雑用でも構わんから任せてみよ、涙を流さんばかりに喜ぶだろうよ」
「それは流石にないような……」
そう返した静子だが、後日信長の言葉が真実であったことを知ることになった。
信長との通話を終えた静子は、自身の関東行きを中止すると家臣達に告げた。基本は尾張から指示を出して、必要があれば現地に視察として一時的に赴くに留めると説明する。
家臣たちは静子の決定を歓迎し、黒鍬衆の頭領たちも先遣隊として安心して関東へと向かうことになる。手隙となった静子は御馬揃えに集中することとし、関東開発に関する細々とした下準備を配下に任せるようにした。
並行して東国の行く末について気を揉んでいるであろう上杉謙信及び徳川家康に文を送る。詳細は記さず、東国の今後について会談を持ちたいとの旨だけを伝えるものだ。
これを受けた二人が会談の調整をしてくれれば良いと考えていた静子だったが、彼らの行動は予想外に迅速だった。
「比較的近場の徳川様は判るけれど、上杉様も尾張にお越しになったのね」
東国の統治に関しては自身の領土も含まれるため、双方ともが気にしていることは把握していたのだが、全てを放り出してまで尾張入りをするとは意外であった。
御馬揃えが十月中旬から下旬ごろに予定されていることを考えれば、その前に二人との会談を終えていた方が好都合と考えた静子は二人との会談を急ぐ。
静子は小姓を招くと尾張滞在中の両者に最大限の便宜を図るよう指示すると、また東国開発の草案から両者に関係する箇所を抜粋した資料を作成するよう事務方に命じた。
これに対して謙信及び家康は早期に尾張入りを果たしたものの、特に会談の日程を確認してくるでもなく情報収集に熱を上げている様子だった。
それぞれの思惑を抱えながら九月も下旬となり、ようやく調整が済んだことで三者会談が催されることとなる。
「まずは急な呼びかけにも拘わらず、早い段階から尾張まで足をお運び頂いたことに感謝いたします」
会談は静子の挨拶を以て口火を切った。参加者は越後から謙信と彼の側近数名、さらに景勝や兼続など静子邸預かりの面々、三河からは家康と彼の側近数名が並び、なぜか藤次郎(伊達政宗)と小十郎(片倉景綱)も同席することとなった。
これに加えて静子の側近たちも同席しているため、それなりに広い謁見の間が狭く感じる。参加者はいずれも己の行く末が懸かった会談に必死になっており、その熱量から静子は息苦しさを覚えるほどであった。
(流石は戦国時代を生きる人たちだ、こうして対峙すると威圧感が凄いね。彼らも生き残りが懸かっているから当然なんだろうけど、まずは少し肩の力を抜いて貰わないとね)
静子もそれなりに長く戦国時代を生き抜いてきたため、多少の事では動じない自信があったのだが、流石に上杉謙信や徳川家康のような歴史に名を残した武将の重圧を受け続けるのは厳しい。
早々に利害が一致していることを告げ、会談の雰囲気を和やかなものとすべく口を開く。
「既に皆様はご存じかと思いますが、改めてご説明いたします。この度、上様は帝より東国の惣無事を任じられました。そして上様は私に朝廷からの命を遂行するようお命じになりました。婉曲な表現は余計な誤解を生むため、はっきりと申します。今後、東国に於いて原則いくさは禁止となります」
いくさが禁止されるとの言葉に参加者の側近たちは動揺を見せた。今までいくさで武功を上げてきた者にとって、己の価値が無くなるに等しい通達だからだ。
「原則と申しましたのは、例外がございます。現在、伊達家が陸奥及び出羽を支配下に置くべく開戦中ですが、これは惣無事を叶えるためのいくさと捉えるため問題ないと上様よりお言葉を賜っております」
「ほっ……」
信長から了解が出ているとの言葉に当事者である藤次郎は胸を撫でおろした。既に戦端を開いたいくさに関しても中止を命じられるのかと気が気でなかった藤次郎は、国許に色よい返事が出来ると安堵する。
「このいくさの禁止とは国単位の話ではありません。流石に個人間の争いにまで口を出しませんが、村同士の武力衝突もいくさとみなして禁じます。今後は村同士の諍いがおこれば、織田家が間に入って調停します。調停結果が守られなければ相応の罰を下すこととなります」
いくさとは武士同士の争いだけでなく、水利や山の資源を巡って村同士が争うこともあった。
村同士の諍いとは言え、生き死にが関わっているため熱が入り易い。最初は口論や話し合いの形を取るが、膠着してくると武力を以て解決を図るようになる。
中世日本に於いては国家の権力が隅々まで浸透していないため、村落は自治を確立し自検断(治安行政と刑事司法を行う事)を行使するようになっていた。
戦国時代では国が分割され、領主が裁定を下していたため自検断が行使される場面は少なくなっていたが無くなったわけではない。史実に於いても刀狩りが行われ、江戸幕府が開かれて以降も、村落によっては害獣駆除の為に必要だとの名目で相当量の刀や槍、鉄砲などを隠し持っていた。
明治に入ると廃刀令によって帯刀が禁止されたが、保有自体に関しては咎められなかった。この為多くの人間が刀などの武具を家に保管しており、有事の際に使用されることもあった。
村落の自検断が完全に廃止されたのは、戦後に行われた占領軍による武器狩りが行われてからなのだ。
「しかし、織田家だけで日ノ本の隅々まで目を配ることは不可能です。そこで皆様にお声をかけた次第です」
静子の言葉に張り詰めていた緊張の糸が緩んだ。この話の流れで声をかけたとなれば、悪い話にはならないだろう判断できた為であった。
勿論、蓋を開ければ悪い話だったとなれば元の木阿弥となるのだろうが。
「上杉様には引き続き北陸を治めて頂き、伊達家には陸奥と出羽を、徳川様におかれましては関東の管轄をお願いしたいと考えております。しかし、関東は皆様もご存じの通り不毛な湿地帯です。現状では負担になりこそすれど、徳川様にとって利がありませぬ」
関東は現在でこそ日本経済の中心地となっているが、戦国時代に於いては農耕に向かない湿地帯である。関東を任せると言えば聞こえは良いが、食い扶持すらままならない土地を一から開墾せよということになる。
これまで織田家の同盟国として尽力してきた徳川家にとって、関東への国替えを命じられるというのは処罰に等しい処遇と言える。
「そこで私が関東開発を先行で行います。徳川様に相応しい領土となった処から徐々にお任せすることとなりますが、開発にご協力頂ければ引き渡しも円滑に進むかと存じます」
徳川家の扱いだけは特殊にならざるを得なかった。現時点での関東は、広さの割に見入りの少ない土地と言える。静子の東国管領就任が知らされる前は、織田家内でも関東に対するイメージが悪く、関東に飛び地となる領土を貰うぐらいなら茶器の方がマシとまで評された。
そんな場所へ功労者たる家康を放逐するというのは、徳川家を冷遇するどころか敵対すると告げるに等しい。そこでまずは関東を織田家主導にて開発し、頃合いを見て徳川家へと割譲する運びとなったのだ。
「一つ宜しいかな」
それまで黙って話を聞いていた謙信が初めて声を上げた。静子は少し考える素振りを見せたが、大きく頷く。謙信は静子に対して敵意ではなく全てを見透かすような透徹した視線を向ける。
「織田殿は……いえ、貴女はどの様な世を目指しておられる?」
「どの様な……ですか?」
「然様。貴女は我らにあれをせよ、これをしろと命ずる立場となられた。それであるならば、どの様な治世を胸に描いているのかご教示願いたい」
表現は穏やかだが、謙信は己の信義に反することならば手を貸さないと言わんばかりの決意が滲んでいる。
皆が気になっていたことだけに、同席する者全てが固唾を飲んで静子の言葉を待った。
皆の視線を一身に集めた静子だが、少しも気後れすることなく応える。むしろよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに満面の笑みを浮かべて告げた。
「我らの子や孫たちが腹一杯飯を食べられ、安心してよく遊び、また学べる世を目指しております」




