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戦国小町苦労譚  作者: 夾竹桃
小話 其之弐
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死に場所を捨てた

慶次は縁側で一人月見酒を楽しんでいた。夜空を彩る幾千万の星々、ひときわ明るく輝いている月、現代では決して味わえぬ夜空の煌めきが酒の肴だった。

寝転んでは夜空を堪能し、思い出したように起き上がっては杯を傾ける。ゆったりとした、しかし自由な刻の流れを慶次は堪能していた。


「良いかな」


慶次の耳に足音が届くと同時、彼に向かって声が飛んできた。声の主は最初から座る気だったようで、慶次の返事を待たず縁側に腰を下ろす。


「可愛い女子の一人も連れて来いよ、才蔵」


「酒を飲むのに女子を連れてくる必要はないだろう」


隣に座った人物、才蔵におちゃらけた声をかけた慶次だが、才蔵から真面目に返されると苦笑する。

元より本気ではなかったが、才蔵はいつも真正直に受け取る。だが、それが慶次には心地良かった。


「一つ聞きたい」


暫く互いに無言で月見酒を堪能していたが、その沈黙を破ったのは才蔵だった。彼は視線は月に向けたまま、言葉を続ける。


「ここ最近、どうも気が抜けているように見受けられる。何やら心配事でもあるのか?」


「……そうじゃねえ。ただ、死に場所がなくなったなあと思っただけさ」


「そうか」


慶次の返答に才蔵はそれだけ言うと酒を飲む。言いたければ話せ、話したくないなら話題を変えろ、と慶次は才蔵の態度からそう受け取った。

慶次は一度小さく笑うと、杯にある酒を飲み干す。


「俺と戦った真田は「これからは鉄砲の世だ」と言った。そんな事、とっくの前に理解していたよ。あの銃を見た時にな」


「それと死に場所を失った事に、何の関係がある」


「簡単だよ。あれは強力な武器だ。これから刀や槍でやり合ういくさは減る。金の力とあの銃の力、それだけで敵は降伏する。俺が死に場所と定めるいくさは、もうどこにも残ってはいない。それが酷く悲しい」


「死に場所か……確かに言うとおりだな。もう武士の世は終わりを迎えるかも知れぬ。世は金で回り、金で動かぬ者は、はみ出し者として扱われる」


「寂しい世だ。だが、これが世の流れなのかもしれない」


酒を飲み干すと慶次は寝転がる。それを見た才蔵も、自身の盃に残っている酒を呷り、慶次に続いた。

縁側に男二人が寝転び月を眺める。華はなかったが、気を緩められる心地よい空気があった。


「鉄砲の世か。本当はもっと前に知っていた。静っちのやり方はいくさを減らし、世を平穏にしようとしているという事もな」


「そうか」


「理解して、それでも思ったよ。静っちが描く世はどんなものなんだろうかって。たとえ死に場所を捨てる事になっても、な。ははっ、真田の奴は今ごろ笑っているかもな。そんなに死に場所をころころ変えるなって」


「良いではないか。死に場所はいくさ場だけとは限らぬ」


そう語ると才蔵は盃を傾けて酒を口に含む。


「某は単純だ。これまでも、そしてこれからも静子様にお仕えする。願わくば、死してなおあの方にお仕えしたい」


才蔵らしい、と慶次は思った。視線を月に向けると、慶次はこれまでの事を思い返す。

最初はデコボコな組み合わせだと思った。暴れん坊の勝蔵、気難しい才蔵、そして傾奇者の自分。普通に考えれば、まともに機能するとは思えない組み合わせだ。

だが静子という潤滑油が間に入る事で、かみ合わない歯車が一緒に回り始めた。静子の存在を純粋に凄いと慶次は思った。


「勝蔵の奴はどうするのだろうな」


「ふっ、奴は色々と言うが、何かにつけて静子様に甘えておる。今さら奴が静子様の許を離れるとは思えぬがな」


「あー、違いない。仮に引き離されそうになったら、全力で駄々をこねるな」


もし静子の許を離れるとなった時、長可がどういう行動をするかを想像した二人は、声を殺して笑い合う。


「まあ、そういう俺も離れる気はないがな」


「旨い飯に酒がなくなるからな」


「豊かな人生を送るのに、旨い飯と酒は大事だぜ」


「違いない。しかし、飯の話をすると腹が減るな」


「倉の鍵は貰っているのだが、以前のような失敗をしたら問題だな」


「それは言えている」


慶次のいう以前の失敗とは、酒の肴を求めて倉を開けたとき、静子が信長に献上するために用意した「アワビ肝の塩辛」を、お酒に合うといって全部食べてしまった件だ。

きちんと壺に「つまみ食い禁止」の札が貼られていたが、取り出したときに外れていたようで、全く気付かなかった。元より酔っていたから、札があっても気付いたか不明だが。

無論、翌日に食べ尽くした事を知った静子に、慶次と才蔵、そしてここにいない長可が揃って謝罪したことは言うまでもない。


「しかし、酒が飲めないのに、静っちはどうしてあれだけ酒の肴を作れるのだろうか」


「何でも父上殿や祖父殿によく作っていたとの話。ゆえに、材料があればある程度は作れるとおっしゃっていた」


「そっか。でも織田の殿様から相変わらず禁酒令が出ているんだろう。あれだけ旨い酒の肴が作れるのに、酒が飲めないなんて勿体ないな」


「酒の肴は飯にも合うから、そう困る事はなさそうだがな」


「違いない」


その後も話は尽きず、二人はたまに酒を飲んでは月を眺め、寝転んでは談笑を続けた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 前回の正親町猫帝に続きほのぼのやなぁ
[一言] 幸せとはこういう時をも言うのであろう。
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