麵戦争
現代日本は世界有数の麺好き国家と言える。
中国で発展した拉麺(中国や台湾では日本風の日式ラーメンとは区別されている)、イタリアのパスタ、日本に古くからある素麺にソバ、うどんなど和洋中を問わず、日本の至る所で食べられている。
中には本場に存在しない日本創作の料理も存在する。麺料理に限らず創作の料理を聞いて、本場の人が驚く事はよくある事だが、日本の場合は群を抜いて創作料理が豊富だ。
戦国時代、静子の街では様々な麺料理がしのぎを削っていた。もっとも手に入りやすいソバが一番強いが、うどんやラーメンも負けていない。
ラーメンと言っても現代日本のように小麦粉と水、かん水で打った麺ではなく、中国の拉麺である小麦粉と水、塩で麺が作られる。それゆえ、コシがなく柔らかいのが特徴の拉麺になる。
かん水もない事はないが調合するのに費用がかかるため、基本的に沖縄そばのように草木を燃やした灰汁を煮詰めて、上澄みをかん水の代用品として使う。
「いらっしゃい、いらっしゃい。うちのソバは尾張随一だよー!」
「しゃらくせえ! 男ならソバよりうどんだろうがー!」
「なんだと! うどんやソバより素麺に決まっているだろうが!」
「目新しい『らあめん』はいかが? ソバや素麺にはない、新しい味を堪能出来ますぜー!」
あちこちで客引きの口上と同時に、他の麺をけなす言葉が飛び交う。もはや摩訶不思議、混沌とした世界に静子は乾いた笑いしか出なかった。
「活気があるのは良いけど、あんまり活気が良すぎるのも問題だね」
視察する必要があるが、静子は喧嘩腰の騒々しさを見て帰りたくなった。しかし、視察しない訳もいかないので、腰が引けつつも通りを歩く。
どの店も客が興味を引くような、派手なのぼり旗を並べていた。宗家だの元祖だのと色々と書かれているが、もはや何が宗家なのか書いた本人も分かっていないだろう。
「蕎麦、素麺、うどん、拉麺が四大麺って所かな。しっかしまあ乗せるものにもこだわりがあるのね」
蕎麦一つとっても天ぷらに天かす、葱などの野菜、中には魚をのせている店もあった。
蕎麦ももりそば、ざるそば、かけそばと種類が豊富で、組み合わせは色々と楽しめるようになっていた。
「てやんでえ! ざるそばっつったら竹ざるに決まってんだろう!」
「馬鹿やろうが! 古くからざるそばはセイロに乗せるのが決まりだ! 竹ざるなんざ邪道だ!」
「かあ〜〜〜、おまえわかってねえな。天ぷらは最後にのせんだよぼけが!」
「月見そばの卵潰してんじゃねえー!!」
だが組み合わせの種類が豊富という事は、食べ方の派閥が出来る事をも意味する。現にあちこちから食べ方について口論している人たちがいた。
賑やかな事は良いことだが、そのエネルギーを別の事につぎ込めないのか、と静子は頭が痛くなった。
しかし食事、とりわけ味に経済的なリソースを割けるということは、人々にゆとりがある事を示している。
人々にゆとりがある時代は食事を含む様々な文化が醸成される。だが、生活にゆとりがない場合、華々しい文化など生まれないし、食事もシンプルなものばかりになる。
「麺だけでアレだけ荒れているのだから、他も同じようなものよねえ」
食事というものは文明の尺度であり、その国の縮図と言っても過言ではない。
人々が普段何を食べているかでその国の生産力、経済力が分かり、メニューの豊富さでそれだけ余剰生産されたものが、多くの人間に回っている事を意味する。
食材が豊富な事は流通が発展している事を教え、料理の色や見た目は人々の美的感覚がどれほど養われているかが窺える。
たかが料理、されど国の文化・文明の尺度を教えるもの、それが料理だ。
麺料理が並ぶ店通りを抜け、静子は他の料理店通りを歩く。
「他も大差ないね」
「麺だけが飯じゃないって事さ」
頭が痛くなった静子に、慶次が軽口を叩く。麺料理店と変わらない挑発的なのぼり旗、あちこちで行われる呼びかけ、食にかける熱意は麺料理に引けを取らなかった。
「近くには港がある。そして養殖して食材は大量生産されている。山の幸もまあある程度は流れているし、この街の人間が料理に熱を注ぐのも無理はないだろう?」
「熱意がありすぎるってのもね。まあ暴力沙汰の喧嘩をしたり、店を壊したりしているんじゃないなら、別にいいかな。知らない人からすれば、ガラの悪い通りにしか見えないのだろうけど」
そもそも静子が料理店通りを視察している理由は、料理店通りに苦情がある程度たまったのが理由だ。
事情を知らなければ、料理店通りの喧噪はのっぴきならない光景に見える。それが単に熱意がありすぎるのか、本当に争い一歩手前かを確認するため、静子は視察する事となった。
静子が慶次だけで、他のものを連れていないのも下手に視察だと知られ、人々が猫をかぶるのを防ぐためだ。
「俺はよく通りを歩いているから、大丈夫だと思ったがな」
「本当に危険なら、その前に報告が上がってきているしね。だからといって放置するわけにもいけないでしょう。ちゃんと自分の目で見て、耳で聞いておかないとね」
「そうだな。ま、問題ないってんなら適当に何か食べていこうや」
「悪くないね。でも帰らないと、家でご飯作っている人たちに申し訳ないよ」
「そうだな」
慶次は静子の言葉に頷く。それから料理店通りを視察し終えた静子は、慶次を連れて家に戻った。昼餉後、彼女は料理店通りの件で報告を書く。
介入の必要なし、という内容を。