多彩な技術者集団
静子が率いる黒鍬衆はローマ軍団をベースにしているが、戦国時代の風土に合わせて細かい改良が加えられている。
ローマ軍は優れた兵士であると同時に、優れた工兵でもあった。土木建築技術の基礎を叩き込まれた彼らは、自前で何十キロもの道路を整備し、駐屯地を手早く構築したと言う。
静子の黒鍬衆もそれに匹敵するレベルとなっていた。兵士としての軍事訓練は一通り受けた上に、土木建築技術をみっちりと仕込まれていた。
ローマ軍団との相違点は、兵士たちの精神状態にあった。
「親方、今日は何の用ですか?」
集合をかけられた『子守』たちが、『親方』と呼ばれる人物に招集理由を尋ねる。
当然の事だが黒鍬衆にも階級は存在する。親方はある程度の規模の黒鍬衆を率いられる人間、子守は小規模の黒鍬衆メンバーを率いられる人間を指す。
いわば武将と部隊長との関係性に似ている。それゆえ親方の下には何人もの子守がつくのが基本だ。ただし現代の親方と違い、子守は親方の弟子ではない場合もある。
「我々は水車作りを得意としている。その関係で、静子様より直々の仕事を任された」
仕事、という単語に子守たちが反応する。黒鍬衆は各方面から仕事を請け負う。基本的に静子を通して依頼されるが、時々武将から直接依頼される事もあった。
現代では情報が氾濫しているため簡単に目当ての技術者を探せるが、戦国時代は腕の良い職人を探すだけでも一苦労なのであった。
また職の細分化がされているため、目当ての技術を持つ職人を見つけること自体が至難の業だ。
それゆえ様々な専門分野の人間が集まり、そこへさえ依頼すれば必要な職人を見繕ってくれる窓口があると言うのは、画期的な制度であった。
「水車なら二人で三ヶ月もあれば十分でしょう。全員が集まる必要はないのでは?」
「話は最後まで聞け。慌てるなんとかは貰いが少ない、と言うだろう?」
子守の一人が意見を述べたが、親方に諭され意見を引っ込める。親方は改めて子守たちを見渡しながら言葉を続ける。
「先ほど意見もあったが、水車など2、3人で十分だ。材料も備蓄があるゆえ、三ヶ月どころか二ヶ月もあれば良い。それでもなお集めた理由は簡単だ。水車を作る場所が多い。ここまで言えば貴様らなら分かるだろう?」
親方の言葉で子守たちがある考えに辿り着く。すぐ理解した事に気をよくした親方はニヤリと笑った。
「そうだ! これは静子様からの挑戦状だ! 我々が『早さ』と『質』を兼ねているかのな! テメェら気合いを入れろ! 期間は三ヶ月だが、そんなに必要ねぇ! 一ヶ月で全部終わらせるぞ!!」
当然ながら静子に職人たちへの挑戦、という意図はない。単純に老朽化した水車を一新するため、期間を多く見積もっているだけだ。
「うおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「やっぱりそう来たかああああああ!!」
「さっすが親方! 無茶ぶりが過ぎますぜ!!」
言葉とは裏腹に子守たちは歓喜の声を上げる。当初はただの職人集団だったが、様々な職人が集まることで影響を受け合ったのだろう。
いつしか彼らは『早さ』と『質』を両立させるようになった。通常数ヶ月かかるものを半分の期間で終わらせもしたが、決して手抜きはしない。
手早く、されど完璧に、が信条となった彼らに、手を抜くという考えは存在しない。いかに早く、されど人々を唸らせる質の良いものを作るかを目指し、日夜技術を開発し切磋琢磨していた。
こうした考えが、刻一刻と状況が変化するいくさ場において、彼らが珍重されている理由の一因となった。
「設置場所は十一カ所だ。材料は申請すれば物流衆が運んでくれる。そこを考えて一ヶ月! 勿論、連れて行ける人間は五人までだ。普通なら苦情が出そうだが、貴様らなら問題なかろう?」
「大丈夫ッス。うちは俺合わせて四人いれば良いかな」
「おいおい、水車なんて腐るほど作ってきただろう。俺は二人もいれば十分だ」
「いや、一人は飯炊きな。飯を疎かにすると静子様がすっごい怒るだろ」
「ああ、ちゃんとしたもの食べないと叱られるな。普段、ろくでもない計画も笑顔で許可くれるけど、こと食事に関しては静子様は厳しいからな」
子守連中の言葉に親方は腕を組んで頷く。
「そいつが言った通りだ。飯炊きはちゃんと連れて行け。針みたいに細くなったら、静子様はカンカンだぞ。あの人、食事と睡眠を疎かにすると、仕事を取り上げるからな」
「そうっすね。前に遅れそうになったから無茶を承知で徹夜したら、作業場から追い出されて強制的に寝かされましたしね」
「道具全部没収された上に、兵で囲まれた家に押し込められたっすね。最初、あそこまでやるか? と思いやした」
「いやぁでも寝た事で頭がスッキリしたし、結果的に納期に間に合ったからな。やっぱ飯と寝る事は大事だよ」
「そうだ。いいか、徹夜して早く終わらせようとするな。普段通りに働き、そして早く終わらせる。何、遅れそうになったら俺にいえ。責任を取るのは俺の仕事だ」
「うっす。まぁ親方が頭を下げる事はないです」
「そうです。俺たち、そんなヘマはしないですよ」
「馬鹿野郎、慣れているからこそ気を引き締めるんだよ。ちょっとした油断から、事故ってやつは起きるからな。お前たちも肝に銘じておけ」
軽口を叩く子守たちだが、親方の言葉にハッとなり気を引き締める。
「ようし、いい面になったな。それじゃあ話は終わりだ。各自、担当箇所を聞いたら作業に取りかかれ」
「ういっす!」
子守たちの返事に親方は満足げに頷く。
その後、彼らは普段通りに仕事し、いつものように水車を一ヶ月で製造及び設置した。