第六話 戻りし日常は地獄の特訓?
「ということだ。わかったか朝霧」
「いや……全然わかんねえっす」
エドアルドとの戦いに勝利した俺たちは、無事静の家へと帰ってきた。
魔力が尽きて動けなくなっていた俺は、長時間における静の膝枕による愛のパワーで
みごと復活したのであった。
「……悠、愛のパワーは恥ずかしい」
公の場で堂々と膝枕する度胸があるんだから、そのぐらいはスルーしなさいって。
まあそこはいい。
今がいつなのかというとその翌日、静の部屋で魔道の勉強会が開かれている。
勉強会なのだ……。内容?そんなもの俺にわかる訳が無かった。
大気だ、元素だ、何だと言われてもさっぱりだし、
専門用語がとにかく多すぎる。
しかも魔法なんぞ昨日まで空想の産物だと思っていた訳で、
頭の悪い俺にはちんぷんかんぷんだ。
「やれやれ、やはりおまえに勉強という形で教え込むには無理があったか」
ため息をつく愛美姉。
「……だから最初に言った。悠には無理って」
はっきりと俺が駄目人間だと主張する静。
「静……おまえ自分の彼氏にけっこうきついこと言うな」
「……誰も馬鹿とは言ってない。悠には向いてないって言ってるだけ」
遂には馬鹿とはっきり言われてしまった。
自分でも馬鹿だと思ってはいるが、はっきりと言われるとけっこう傷つく。
しかも自分の彼女と彼女の姉からだというのがさらに傷口を広げている。
心の中で大量の涙を流しながら、俺は苦笑いを浮かべることしかできなかった。
「……それに、私の言うことがきついのは姉さんのせい」
しかし何に怒っているのかわからないが、静の毒舌は絶好調で
明らかにご機嫌斜めだ。
それを聞いた愛美姉も苦笑いを浮かべている。
「ふう、仕方が無い。今日の講義はここまでにするか。
家の可愛いお姫様は、王子様と2人で会話してる時間が無くていらいらしてるみたいだしな」
「な!……べ、別にそんなこと無い!」
顔を真っ赤にしながら全力で否定する静。
どうやら怒っていた理由はそこらしい。
確かに戻ってきてから2人で会話した記憶は無いからな。
「さて、私は少し準備をしてくるから、その間2人で存分に話しあってくれたまえ」
そう言って手をふりふりしながら愛美姉は部屋を出ていった。
まあ、俺も2人で会話したかったしちょうどいいか。
しかし、こんな些細なことでやきもちを焼いてくれたりするのが
個人的にはとても嬉しかった。
さて、愛美姉が部屋をでていき2人きりにはなったのだが……何故だろう、逆に気まずい。
面と向かって2人きりになると恥ずかしいというか、やけに照れてしまう。
2人の距離が本当の意味で近づいたせいか、意識が強くなってしまったようだ。
これじゃあ付き合い始めたときに逆戻りじゃねえか。
俺たちが付き合い始めたときもこんな感じだった。
目線を合わせれば気恥ずかしさにすぐ目を逸らし、手が触れ合えば顔を真っ赤にし合い、
それがとても嬉しくて、2人の気持ちが一緒なのが嬉しくて……。
あ~そんなこと考えててもしょうがないか。とりあえずまず一言。
「「あ、あの」」
みごとに被った。
「し、静の方からでいいよ」
「……悠が先で……いい」
譲り合い再び気まずい沈黙の空気が流れる。
……だめだ耐え切れない!
俺は意を決っして静の名前を呼んだ。
「静!」
「!は、はい」
まるでどこかのドラマのような空気だなこれ……。
って、そんなことを考えてる場合じゃないんだった。
静の名を呼んでみたものの、何から話すべきかまったく収集がつかない。
何から話せば……そうだ。
今一番言っておきたいこと。それから伝えることに俺は決めた。
「ありがとうな」
「あ……それはこっちの台詞。……悠がいてくれたから私は今ここにいられる。
それと……運命の人が悠でよかった」
運命の人。そう言われるのはとても嬉しいけど、やっぱり気恥ずかしいな。
「……悠の左腕と私の体は繋がってたの」
「どういう意味だ?」
「……悠の左腕にある力の正体はね、無限のグリモワール」
突然の告白に俺の頭は一瞬停止した。
なん……だって?
「俺の左手が……」
左手がグリモワール、静と同じ力だっていうのか。
「うん……。姉さんはまだ話してないけど、無限のグリモワールは
あらゆる大気や元素を操る書物の総称」
つまりは……。
「どういうことだ?」
俺にはよくわからなかった。
「う~ん……簡単に言えば、魔法を使って何でもできる本。それがすべてグリモワール」
ふむ、なるほど。
しかし静の言うことが正しいのなら、俺の左腕もなんでもできるはずだが……。
炎よ~~~出ろ!
念じるも俺の左腕は何の反応も示さなかった。
「……悠のグリモワールはたぶん断片なんだと思う」
「断片?」
「そう。一冊の書物じゃなく、たぶん1ページ」
1ページって……。ということは、俺にできることは本当の意味で護ることだけか。
少しだけショックだった。
「……でも、そうだからこそ私は嬉しい」
静が突然嬉しそうに微笑んだ。
「なんでだ?」
「だって……悠のそれは、私の欠けた1ページだから」
な・ん・だ・と。
それはあれか?静が俺で、俺が静ということか?
「……私にはわかる。悠の左手から私を感じれるから」
ということは、俺の中には本当に静が、静の力が……。
う、嬉しいけど、な、なんか、凄く恥ずかしいな。
……ん?でも待てよ?
そこで俺は一つの疑問にぶち当たった。
「それならこの力は静に返した方がいいんじゃないか?」
これが静の力だというなら返した方がいい、
その方が静の戦いも楽になるはずだ。
しかし、その問いに、静は首を横に振った。
「……それは悠がもってて。きっとその子も悠に使われた方が喜ぶだろうから」
言ってることの半分がよくわからないが、
静がもっていて欲しいというなら今は素直に借りておくことにした。
「わかった。それから、その……」
「ん?」
「これからもよろしく……な」
「……うん」
瞳を閉じてゆっくりとうなずく静の顔がとても輝いて見えた。
静の表情は静かで、満面の笑みとかはあまり浮かべないけど、
それでも可愛くて、とても綺麗だと再認識させられた。
俺もよかったよ。静が俺の運命の人で。
「それで、そろそろいいかお二人さん」
声のした方を向くと、そこには愛美姉がつまらなそうな顔をして立っていた。
「うお!い、いつの間に」
「!……姉さん気配消して立つのはやめて」
「いや、私は普通にいただけだが。おまえたちが固有結界を作ってただけだろう?」
そ、そうか。俺たちは完全に2人の世界を作り上げていて、入ってきた愛美姉に気づかなかったという訳か。
……ということはどこから聞いてたんだこの人?
「……姉さんどっから?」
「だって……悠のそれは、私の欠けた1ページだから。の件からだ」
あまりの恥ずかしさに静の顔が真っ赤に染まる。
まあ、どこから聞かれていても静の反応はあんなだとは思うが。
そんな静の初々しさに、少しだけ笑みがこぼれた。
「朝霧も笑ってないでいくぞ」
こんどは何故か愛美姉がご機嫌斜めだった。
そして……ん?いく?どこへ。
「とっくに準備は終わってるんだからな」
「準備って何の」
そうだ、さっぱりスルーしていたが愛美姉はそう言って出ていったんだった。
「実践訓練の……だよ」
俺はとても嫌な予感がした。
何故なら愛美姉の眼光が鋭く輝いたように見えたからだ。
愛美姉が外に用意をしてあるというので、俺たち三人は庭先へと移動した。
外に出てから、俺の体はいつもと違う違和感を覚えている。
空気が悪い。まるで1週間密閉されていた部屋に放り込まれた気分だ。
「朝霧。この感覚がわかるか?」
「ええ。正体はわかりませんが」
俺の答えに、愛美姉は微笑を浮かべた。
「それでいい。この感覚が世間一般的に使われる結界の感覚だ。覚えておけよ。」
なるほど、これが結界の感覚か。
エドアルドと戦っていたときは、血塊の感覚など感じている余裕はなかったからな。
「……それにあの血塊は特殊だから。あまり役に立たない」
フォローはありがたいけど、心を読まれるのが完全に普通になってるな……。
俺は心の中でため息をついた。
「やはりおまえは実践訓練の方が向いているな。まあそれがセンスなのか、左手のおかげなのかはわからないがな」
ニヤニヤという擬音が聞こえてきそうな笑みを浮かべる愛美姉。
だめだ、本当に嫌な予感しかしない。
「さて、ここで一つ確認しておきたいことがある」
そう言うと、愛美姉は左手を俺の方に向け、魔法陣を展開すると、
ファイアーボールを俺目掛けて打ち込んできた。
打ち込んで……ちょ、まっ!
反射的に左手を前に突き出すが、例の光は発動せず、炎はどんどん俺の方へと近づいてくる。
な!う、嘘だろ!
唖然とする俺の目の前に静が割り込み水の盾で炎を防いだ。
あ、危ねえ。
「ふむ、やはりか」
「ふむ、やはりか。じゃねえ!危うく死ぬところだったろうが」
「そうだ、これが実践だったらおまえは死んでいる」
俺の体に衝撃が走る。
そうだ、確かに愛美姉の言ったことは正しい。
もしここで愛美姉が試さなければ、突然誰かに襲われた時に、俺は確実に命を落としていただろう。
それを考えたとたん、俺の体は震えだした。
すると、静が突然俺の右手を優しく掴んできた。
「……静?」
「……大丈夫。怖くない」
静の声、そして静のぬくもりを感じ、俺の体は自然と落ち着きを取り戻した。
「実践訓練中にいちゃいちゃされても困るんだがな」
静の行動に呆れ顔の愛美姉。
「……今のは姉さんが悪い」
愛美姉のやり方に文句をつける静。
「ふう。戦いのことに関しては甘やかすと朝霧のためにならんぞ」
静と愛美姉の間に視線の火花が飛び散る。
これは止めないと危ないな……。
俺の本能がそう囁く。
何故ならここで姉妹喧嘩が始まった場合、被害を一番受けるのは俺だからだ。
俺が静の背中をちょんちょんとつつくと、静は少しばかり艶めかしい声を上げながらこちら側を振り向いた。
……なるほど。あそこが静の弱点か。
などと思っている余裕は無かった。明らかに静の怒りの矛先が俺の方を向いてしまったからだ。
わざとじゃないんだがな。
「……悠そこはやめて」
「悪い……ってそこじゃなくてだな」
「?」
「姉妹喧嘩はしなくていいから。それに愛美姉の言ってることも正しいし、
静が守ってくれただろ。だから結果オーライ。な」
「……悠がそういうなら」
渋々ながらも了承すると、静は俺から離れた。
ふう。しかし、何でだ?何故力が発動しなかったんだ?
「愛美姉?」
「おまえの聞きたいことはわかっている。何故力が発動しなかったのか?だろ」
読まれている……。楽は楽でいいんだけどな……やっぱりちょっと複雑。
「おまえのそれは断片のせいか、思いの力で発動するらしい」
「思いの力……」
「そうだ。それがなんなのか私にはわからないが……何か心当たりは無いか?」
思い……発動させるための願い……。あれか!
「守りたい」
俺は自然とそう呟いていた。
「なるほど。それが発動条件か。
静を守りたい。その強い思いが、秘められたグリモワールの力を解放したのだろう」
「……でも何で俺の左手に?」
「それは私にもわからないが、一つだけ言えるのはおまえが一人で行動するのは危険だということだ」
ん?それはどういう?
「おまえのその左手が断片とはいえグリモワールである以上、
それを狙って現れる魔術師は出てくるだろう。
しかし、おまえの力は他人を守るという思いが無ければ発動しない。
すなわち一人でいることは危険極まりないということだ」
いつの間に取り出したのか、愛美姉はタバコを吹かしていた。
「……大丈夫」
「……私がそばにいる。私が悠を守るから」
その表情は真剣で、強い意志と思いを秘めているのが俺にもわかった。
静の俺に対する思いが伝わってくる。それがとても嬉しかった。
「なあ静、それは一生か?」
「……ん」
愛美姉の問いに首を縦に振る静。でも今の質問ってまさか……。
「……めんどくさいからおまえら結婚しろ。私が許可する」
ああ、予想通りの返答が帰ってきた。
「!……結婚はまだ早い……」
2人の結婚生活を想像でもしたのか、静は顔をトマトのように真っ赤にし俯いてしまった。
そしてぶつぶつと何かを呟いているが、俺には聞き取れなかった。
「許可する。って教師が言っていい台詞なんですかそれ?」
「朝霧。私は教師である前に静の保護者兼姉だ。妹の結婚に賛成して何が悪い?」
悪くは無いけども……せめてもう少し待ってからにしてくれ。
静を絶対に幸せにできる自信は俺正直俺にも無い。
「それと朝霧にもう一つ忠告がある」
唐突だなと思いながらも俺は話を聞くことにした。
「なんですか?」
「まず無いと思うが、静の攻撃は防げないぞ。その左腕ではな」
それは何故?という疑問よりも、何故愛美姉がそんな忠告をしてきたのかの方が不思議だった。
「なんでそんなことを」
隣を見ると静も同じなのか、私がそんなことするわけない、といった表情を浮かべていた。
「戦闘中に何が起きるかは想定できない。もしかしたら静の魔法を弾き返せる魔術書
を持つ敵が現れるかもしれないだろ」
なるほど。確かにその可能性が確実に無いとは言いきれない。
「……確かに。可能性はある」
静もそれに関しては同意権のようだ。
そこでふと、別の疑問が俺の頭の中をよぎった。
「何故静の魔法は防ぐことができないんですか?」
「ふむ、朝霧にしてはいい質問だ」
愛美姉の目が怪しく光ったような気がした。
また嫌な予感がする。ここは止めなくては。
「い、いえ。長い、もしくは難しい話なら……」
「現代に繁栄している魔術というのはな魔術式を使ったものが多い。特に言霊魔法だ」
まずい、始まってしまった。
教師だからということもあるのか、愛美姉は説明するのが好きだ。
そしてその話は大抵長い……。
「言霊魔法というのはな、術者が発言した、もしくは思ったことを瞬時に魔術の塊として放出し、
それを使って大気中のあらゆる物を使役することによって起こす奇跡だ」
授業中でも質問しようものなら、自分の気が済むまで話続けるのだ。
「それを魔法文字と呼び、朝霧の左腕、魔法消去はあらゆる魔術文字を破壊する力を持っている。
だが、静の魔法は魔法文字を使用しない精霊魔法だ。故に静の魔法には反応しない」
俺の頭ではさっぱり理解できない。
やばい頭痛が……。
「何故なら精霊魔法というのはだな」
だめだ、説明攻めで殺される。
「愛美先生。その辺で勘弁してください」
俺は盛大に土下座した。
そのぐらい俺の貧相な頭は限界に達していたのである。
「まったく、しょうがないな朝霧は。まあ必要な説明は終わっているからいいがな」
た、助かった。
と思えたのはこの一瞬だけだった。
「さて、講義はここまでだ。続きをやるぞ」
続き?
「何のことですか?という顔をするな。実践訓練の続きだ」
「ちょっとまってください。さっきのを試すためだったのでは……」
「何を寝ぼけている。本番はこれからだ。おまえには早く実践で動けるレベルまで
いってもらわねば困るからな。ビシビシいくぞ」
この後、3時間みっちり訓練は続き、俺の断末魔が響きまくるのであった。
話数は1章から続けていこうと思います。
そしてこの話ですが……キャラが動かないとダラダラと会話が続くなと。
もっといろいろと入れないといけない感情の動きとかあるんでしょうけど。後で修正かかるかもしれません。