第五話 思いの力
なんとか無事廃ビルへとたどり着いた俺たちは、一階最奥の部屋へと飛び込んだ。
このビルは7階建てで、入り口近くとこの一番奥の部屋の横、二つの階段が存在する。
正確な数は覚えていないが、一つの階層に5つぐらいの部屋があったはず。
故に入り口で階段を上がっても、そのまま1階の部屋をしらみつぶしに探されても、
この位置ならそれなりの猶予が確保できるはずだ。
それに、この部屋は管理人室だったらしく、すぐ裏手に出ることができる非常用扉もあり
最悪ここから逃げることもできる。
まあ動いてくれれば……の話だが。
開くのかどうか確認したい気持ちはあるが、エドアルドがどこにいるかわからない以上、下手な行動は死に繋がる可能性が高い。
ドアを開いた音で位置がばれでもしたらたまったものではない。
現状を確認し終えると俺は地面へと座り込み、抱えていた静を腕から降ろした。
さて、とりあえず静を地面に横たえてみたが……どうする?
ここにきて再び自分の無力さを痛感させられた。俺には何もしてやれることが無い。
どうすれば……。
無駄なことかもしれない、だけど何とかしたいと
考えを巡らしていると、静の手のひらが俺の腕を掴んでいた。
「……ありがとう。時間があれば、なんとかなる」
ごめんと言いながら、俺の腕を支えに上半身を起こした静は、
穴が開き、今なお出血している右足に手のひらを優しく当てた。
「ディー、ヒール」
静の呟きと共に、手のひらから青い魔方陣が展開され、そこから青白い光が漏れ出し始めた。
光はゆっくりと静の細胞を修復し、20秒ほどで穴を塞ぎ元通りにしてしまった。
どうやら痛みも一緒になくなったらしく、静の表情はいつもの冷静なものに戻っていた。
戦闘状態?も解いているのか、瞳の色もいつもの黒に戻っている。
「なんでもできるんだな」
「……なんでも……じゃない。傷口を塞いだだけ。……だから足自体は動かない」
「そうか……」
「……そんなに落ち込まなくていい。悠が運んでくれなかったらたぶん私は殺されてたから。
だから、ありがとう」
「……そうか」
何もできないと思っていた自分にも、静の助けになることができたんだと思うと、なんだかとても嬉かった。
ただ、自分がいたからこんな状況になっているのではないかとも思えて、少し複雑な気分だったりもするのだが。
「……手、見せて」
「手?……くっ!」
静の一言で思い出したが、俺の右手は重度の火傷を負っていたんだった。
逃げてる間はあまりに必死すぎて感じなかったけど、今になって痛みがぶり返してきやがった。
痛みと共に大量の汗が額から流れ出す。
こいつは少しやばいか?
「大丈夫」
静の両手が俺の右手を優しく包んむ。
すると先程静が足を直した時と同じように、青白い光が漏れ出した。
温かかった。まるで静の温もりに全身を包まれてるような錯覚すら覚える。
「……終わった」
静の手が離れると、火傷は嘘の様に消えていた。
痛みも無くなり、手を握ることもできるようになっていた。
「ほんと凄いな」
「……あんまり褒められると恥ずかしい」
静は俺の顔を見てられないのか、顔を真っ赤にしながら背中を向けてしまった。
まったく可愛いやつめ。
……どうやら俺も少し落ち着いてきたみたいだ。
さて、問題はここからだ。
静は動けない、俺は動けるが何ができるわけでもない。
勝てる見込みは……正直なところ0に近い。
万策尽きた……なのか?くそ、俺に力があれば。
悔しさから唇を全力で噛みしめる。
「……悠」
顔を上げると、こちら側に向き直った静が俺のことを見つめていた。
「どうした?」
この真剣な表情はなんだ?……まさか!
エドアルドが近くまで来ているのではないかと思った俺は、意識をドアの方へと集中させる。
「……それは大丈夫。まだ少し遠い」
よかった。どうやら俺の勘は外れたみたいだ。
力を抜きため息を一つつく。静はまだ俺のことを見つめていた。
「それじゃあなんだ?」
「……悠に頼みがある。危険な頼み」
静の瞳をじっと見つめる。やはりその眼差しは真剣だった。
初めてじゃないか、静が俺に危ないことを頼むのは。
俺はそれを、自分が本当の意味で静に信頼してもらえたのだと解釈した。
だから俺は内容も聞かずに、
「で、何をしたらいい」
二つ返事で了承した。
風が吹き荒び、地面のほこりが舞う。
俺はゆっくりと歩いてくるエドアルドを睨みつけた。
「まさか小僧の方が一人で出てくるとは思いませんでしたね」
俺は今エドアルドと一人で対峙していた。
「騎士が姫を護ろうとするのは当然のことだろ」
精一杯のかっこいいと思う台詞で虚勢を張る。
怖くないといえば嘘だ。少しでも判断を間違えれば俺は殺されてしまうだろう。
全身が小刻みに震え、額から冷や汗が流れ出てくるのがわかる。
もしこれを見ている第三者がいたらとても滑稽に見えるのではなかろうか。
でも、ここで逃げ出すわけにはいかない。静と約束した以上やり遂げなければならない。
俺は大きく深呼吸して心を落ち着けると、静に強化とシールドを施してもらった鉄パイプを握りなおす。
「こいよ、俺がおまえをたおしてやる」
鉄パイプを握った右腕を顔の辺りまであげ、エドアルドに向けて突き出す。
予告ホームランよろしく、俺の知識での挑発はこの辺りが限界だった。
悪かったな発想が貧困で
「ふふふふふ、面白い、面白いぞ小僧。気が変わった。貴様もじりじりといたぶって、
絶望を味あわせながら殺してやる」
かかった。
これで静の作戦の第一段階は成功した。
後は俺がどこまでやれるかだ。
エドアルドが空中に浮かび上がる間、自分に対してそう言い聞かす。
正直緊張で胃に穴が開きそうだ。吐き気も酷い。
テスト用紙が30分たっても白紙の時より酷いなこりゃ。
落ち着きを取り戻すためにもう一度深く深呼吸をする。
そうしているうちにエドアルドが動きを止め、右腕を上げ始めた。
よし……いくぞ!
気合を入れなおし、走り出す構えをとる。
エドアルドの腕が上がりきり、突き出され、
魔方陣が展開した瞬間、俺は全力で廃ビルを反時計回りに走り出した。
静の作戦はこうだ。
まず、俺が一人でエドアルドの前に現れ、注意を引くと共に少しでも油断させる。
次に挑発をして所定の位置にエドアルドをおびき出す。
そして静が不意打ちでエドアルドを倒す。
挑発までは成功した。
静の言うとおり、ねちっこい性格の奴は俺を追い込んで殺す方向性に切り替えた。
これで、当たり所が悪くない限り一撃で殺されるということは無くなった……はずだ。
ただ足を抜かれた場合、詰みになる可能性もあるが……考えてもしかたない。
とにかく走り続けるだけだ。
俺の後ろでは、エドアルドが大量に打ち出し続けるレーザーが怒号と共に地面を抉り続けている。
ここで想定外のことが起きた。
後ろからレーザーで抉られた地面の欠片が、背中、足、腕に突き刺さってくるのだ。
特に足にたいするダメージが地味に響いてきている。
しかもこれ、今は大丈夫だけど頭に当たったらやばいかもな。
気絶する……それって足を抜かれるよりやばいんじゃないか?
そう思った俺は、走る体制をより低くした。
これだとほとんど前が見えないが、こうなったら自分の感覚を信じるしかない。
「さて、そろそろ当ててみましょうか」
エドアルドガが高らかに宣言するのだが、大音量で抉られる地面の音でまったく聞こえてこない。
何て言った?地面が爆ぜる音で聞こえねえ!
内容は聞こえなかったが、奴の性格ならこの宣言は、次の攻撃で当てるぞ、といったところだろう。
俺の勘が当たっているならどこだ?奴が最初に狙ってくるとしたらどこだ。
焦りながらも考えを一瞬で練り上げる。
腕か、脚か?……ここは!
狙ってくるのは脚だという結論に俺は達した。奴の性格上いたぶるなら動けなくしてからだ。静の時もそうだったしな。
確信を得るために後ろを振り返ろうにも、レーザーの光と、地面の飛び散る破片で振り返ることができない。
しかたねえ。
どうせ見えても反応しきれないだろうと諦めた俺は、右手にもった鉄パイプを逆手に持ち帰る。
そして足首より少し上の部分で構えた。
後はもう賭けだ。
一瞬だけ弾幕の密度が下がり、予想通りエドアルドは一発だけ俺を正確に狙ってレーザーを放ってきた。
俺に向かって飛んできたそれは……見事鉄パイプに直撃しコーティングされたシールドによって離散した。
しかし直撃した衝撃で足がもつれ体制を崩される。
ここで倒れたら……確実にやられる!
一瞬、レーザーによって蜂の巣にされる自分の姿が脳裏をよぎった。
くそ、殺られるわけにはいかないんだよ!
気合で右足を踏み出し、無理やり体制を立て直す。
「馬鹿な!魔力コーティングだと!」
後ろから地面が爆ぜる音が聞こえなくなった。
動揺しているのか?
どうやら、あのいかれねちねち魔術師は想定外の事に弱いらしい。
よし、今のうちに少しでも距離を!
前方を確認するため首を少しだけ持ち上げる。
現在位置はちょうどビルの曲がり角だった。
ナイス。
ビルの壁を使って瞬時に曲がり角を曲がり、再び全速力で走り出す。
ここまでは何とかこれた。だが、この時点で俺の手の内はばれてる。
次がきたら……何とかできるのか?
不安が脳裏をかすめるが、迷ってる暇も立ち止まってる暇も無い。
何とかするしかないんだよな!
左腕で額の汗と共に不安を拭い去り次の一歩を踏み出した瞬間だった。
風を切り裂く音と共に、エドアルドがビルの角から姿を現した。
「ハハハ、面白い、面白いぞ小僧!そしてグリモワール!そんな手があるなら最初に言ってくれたまえ」
最初に自分の手の内明かす馬鹿がどこにいるんだよ。
しかし速い。俺があれだけ一生懸命走った距離を一瞬で移動してきやがる。
「そんなのがあるんだったら遠慮は無しだ。是非受け止めてくれたまえ私の一撃を
そして耐えてくれたまえ何度でもな!」
エドアルドが叫ぶと共に場の空気が急激に重くなった。
何だこのプレッシャー。それにこの殺気と悪寒。だめだ、背中を向けてたら確実に、こ・ろ・さ・れ・る。
そう直感した俺は走るのをやめ後ろを振り返る。
俺の目に飛び込んできたのは、今までとは比べ物にならない大きさの魔方陣だった。
軽く見積もってもそのサイズは今までの二倍以上。ということは飛んでくるレーザーは今までの比じゃない。
「ひゃっはぁ!」
奇声と共に魔方陣からは予想通りの巨大レーザーが射出された。
くそ!
地面を力強く踏みしめ、両手持ちで構え直した鉄パイプをレーザーめがけて全力で振り下ろした。
あまりの衝撃に、鉄パイプより先に自分の腕が折れそうになる。
頼むから、耐えて……くれよ。
シールドが離散させる量よりも、レーザーの質量の方が圧倒的に多く鉄パイプとシールドが悲鳴をあげる。
次の瞬間、ミシッ、っと嫌な音がした。
まずい!このままじゃもたねえ!
とっさに地面から跳躍し、レーザーの衝撃であえて吹き飛ばされた。
それとほぼ同時に、鉄パイプにかけられていたシールドは大きな音をたて消失し、
鉄パイプはレーザーの高熱で一瞬にして蒸発した。
あぶねえ。でも、これでなんとか。
と思ったのが甘かった。俺の体は予想以上に高く、そして遠くへと吹き飛ばされていたのだ。
まずいこの高さは!
そう思うも時すでに遅く、俺の体は地面へと叩きつけられた。
背中にとんでもない激痛が走り衝撃で逆流した血が口から大量に吐き出される。
どれだけ……折れた……息が。
かなりの数の骨が折れただろう。もしかしたら内臓はボロボロで生きてるのだって奇跡に近いのかもしれない。
何よりも呼吸ができない。これが一番苦しい。
やべえ、これ、死ぬ。
「いいねえ、その潰された蛙のような表情。実に愉快だよ」
エドアルドの声が、死神が奏でるレクイエムのように聞こえた。
脳が警告を鳴らし無理やり体を動かそうとするが、だめだ動けねえ。
「君はすばらしいよ。ただの人間風情がここまでよくやれたものだ。賞賛に値するよ」
そいつはどうも、嬉か無いけどな。
「だけど、これで終わりだ~」
エドアルドの顔が嬉しさと凶器で歪んだのがよくわかった。
見なくとも理解できるほどその声は不快だったからだ。
ここまできて何とか呼吸をすることには成功したが、体のほうは首すら動きそうにない。
魔方陣が展開しエネルギーが収束される音が聞こえてくる。
こいつはもうだめかね。
今度こそ本当に死を覚悟した。
体が動かない以上どうしようもできない。
動いたところで結果は同じかもしれないが。
諦めた俺はゆっくりとまぶたを下ろす。
ごめんな静。悔しいけど俺やっぱりダメだったわ。
自分でも意識しないうちに歯を強く噛みしめる。
ああ、俺って結構諦め悪いのな。
それがなんだかとても嬉しくて、自然と笑みがこぼれた。
そしてなんとなく、ただなんとなく、大切な人の名前を呼んでみたくなった。
「静」
爆音が聞こえたのはその時だった。
「悠!」
今一番聞きたかった声に、俺は勢いよくまぶたを上げる。
真後ろにあった非常ドアが勢いよく吹き飛ばされ、中から静が飛び出してくる。それが俺の目の前に広がっていた光景だった。
着地と同時に静の制服のスカートが風になびく。
男ってのは馬鹿な生き物だなと正直思う。こんな時でもスカートの中のパンツをガン見してしまうとは……。
白か……うん静らしい清純な色だな。
静の紅い眼光がエドアルドを射抜く前に、俺を一瞬睨んでいった。
「何!?」
「……これで終わり」
静の目の前に紅色の特大魔方陣が展開されると同時に、エドアルドの周りに同色の無数の魔法陣が展開される。
「……バーストエンド」
左手を握り締めると、それを合図に俺が逃げている間に静が蓄積させていた総ての魔力が、爆炎となってエドアルドを喰らい尽くした。
……ついでに、何故か俺の心臓やいろんなところが握りつぶされたかのように萎縮した。
怖いっす静さん。
……まあそれはともかく、高層ビル一つぐらいなら軽く吹き飛ばせそうな爆発をもろにくらったんだ、
流石の奴もお陀仏だろう。
安堵のため息と共に、力を抜くと、血液が再び体の中から逆流し吐血する。
パンツで忘れてたけど、俺死にそうなんだった。
……そうだな、静のパンツで最後を迎えるっていうのも悪かないな。
「……馬鹿」
そう思い瞳を閉じた瞬間。静のパンチが俺の顔面にめり込んだ。
け、結構痛いぞこれ。
どうやら静はけっこうな怪力のようで……ってこれだけのことをやってるんだ、
力がつかない訳が無い……か。
鼻をさすりながらゆっくりと目を明けると、頬を真っ赤に染めた静の顔がそこにあった。
俺の体のほうからは、優しい淡い光が漏れ出ているのが見える。
そうだ、これがあったんだった。
体中から痛みが引き、死が遠ざかっていくのがわかる。
死にかけの傷でも直してしまうんだから恐れ入るよなまったく。
「……これで大丈夫だと思う」
左右の腕と足の感覚を確かめ、最後に首を少し動かす。
どうやら動けそうだ。
「ありがとな」
ゆっくりと体を起こす。背中の骨や筋肉が動くぐらいには回復してもらったらしい。
エドアルドがいた方をちらりと覗くと、そこにはまだ煙が舞っていた。
「……終わったのか」
安堵したとたんに恐怖で体が震えだした。
ははは、情けねえ。今になって震えだすなんてよ。
自嘲気味に笑っていると静の腕が、体が俺を抱きしめてきた。
不意を付かれた俺は顔を真っ赤にし、緊張で体の震えが止まる。
初めて……じゃないか、静から俺を抱きしめてくれたのって。
なんだろういつもと何か違う。こんなにも静の温もりが心地よい。
安心できる。
抱きしめられるってこんな感じなのか。
静は俺に抱きしめられるといつもどう思っているのだろう?こんな感じなのか?
もしそうなら嬉しいな。
そんなことを考えてしまった。
「……少しは安心した?」
静の体が俺から離れていく。
正直名残惜しいです。
と言うわけにはいかなかった。
……もしかしたら読まれてるかもしれないけどな。
「……ああ、もう大丈夫だ」
強がりながら静の顔を見つめ優しく微笑み、帰るかと言おうとしたその時だった。
「帰らせねえよおおおおぉぉぉぉ!!」
一生聞くことは無いはずの声が、地獄のそこから響き渡る。
この声は……嘘……だろ?
俺は急いで声のした方へと向き直る。そこには爆炎に飲み込まれたはずのエドアルドが
無傷で立っていた。
あれだけのものを受けてなんで無傷……あれは!
その理由はすぐにわかった。
静が起こした爆炎の煙が総て晴れると、
エドアルドの前に白銀の光を纏った美しい女性が浮いていたのである。
薄い布を纏い、純白の翼を広げた姿はさしずめ女神というべきだろうか。
「切り札は最後まで取っておくものだ。そうだろうグリモワール!」
「……三つ目の秘宝石」
「そう、その通りさ」
エドアルドの右手にはキラキラと輝く石が握られている。
どうやらあれが秘宝石というやつなのだろう。
「まさか我が愛しのスイートハートまで使わされることになるとは恐れ入ったよ。
彼女もね、私がこれだけ傷つけられて今もの凄く機嫌が悪いらしい」
エドアルドの言葉に反応するように女性の纏っている白銀の輝きが増す。
凄いプレッシャーだ。普通の人間の俺でもわかるぐらい今までの魔法の比ではない圧力を感じる。
しかし、スイートハートっていうのはいったい……。
「……女神アリア。エドアルドの死んだ妻を模して作った高出力魔道兵器」
「魔道兵器とは心外だな。彼女は今でも私の妻さ。これは私たちの愛の力が作り出した奇跡なのだよ」
そう言うとエドアルドはアリアの美しいブロンドの髪を優しく撫でる。
それにあわせて無表情だったアリアの顔が少しだけ微笑んだように見えた。
「……そんな愛は幻。大切な人を死んでまで戦いに駆り出す、それのどこが愛なの」
「そこの小僧をそれだけボロボロにしておいて、言いたいことを言ってくれるなグリモワール」
「……それは」
「同じなのだよ。所詮貴様は魔術師、愛するものあればそれがたとえ普通の人間でも、同じ舞台で戦わせなければならない。
そんなおまえに私たちの愛を侮辱する権利は無い!」
「……私は……ごめん」
俯き、涙を流し始めた静を見て、俺の足は自然と一歩を踏み出していた。
「ちげえよ。俺は自分の意思でここに立ってる」
相変わらず考えなんかまとまっていない。それでも何か言わないと気がすまなかった。
「だから静を侮辱することは許さない」
たぶん内容の理解もできていないけど、言葉は止まらない。
「おまえとは違う。そんなまがい物を愛でるおまえと、俺たち2人を一緒にするな!」
「……悠」
「フフフフフ、威勢だけは本当にいいな小僧。だがな、弱い犬ほどよく吼えるっていうんだよ。
君は最初から気に入らなかったけどね、まさか私ではなくアリアを侮辱するとは」
エドアルドの魔力が高まりプレッシャーの密度が増す。
こ、れ、は、ま、ず、い。
足が今まで以上にがくがくと震えだす。
うまく立っていられない。
く、プレッシャーだけで心臓が握りつぶされそうだ。
顎の震えが酷く、歯が噛み合わない。
「万死に値する」
アリアの目の前に巨大な魔方陣が展開される。
逃げなければと思うものの足が動かない。
絶望が心を支配していく。この状況、相手のこの魔力、勝算は……無い。
何もできないまま俺は……。
「……ありがとう」
その言葉と、背中に感じた温もりで正気に帰る。
俺は後ろから静に抱きしめられていた。
「……短い間だったけど、悠に出会えて幸せだった」
静の腕は震え、言葉の端々に嗚咽が混じっていた。
静が、俺の大切な人が恐怖に震えて泣いている。
そうだ俺はなんのためにここにいる?静を守るためだろう。
その時、俺の心の中で静を守りたいという弱気な思いが、静を守るという確固とした意思に変わった。
「ありがとうはこっちの台詞だろ」
俺は静と出会えて変わり、救われ、大切なものを掴んだんだから。
抱きしめている静の腕を、ゆっくりとどける。
「……悠?」
心配そうな静の声が俺の心へと響く。
自分が行おうとしている行為を考えると心が痛むが、その思いを振り切り一歩を踏み出して両腕を広げた。
「何のつもりだ小僧?」
「言っただろ。姫を護るのは当然だって」
戦うことができないなら守ればいい。
俺は盾だ。姫を護る盾だ。
皮一枚の薄っぺらい盾かもしれないけどそれでもかまわない。
盾である以上最後までその職務をやり遂げる!
「ふ、無意味なことを」
「いや……だめ……だめだよ」
いやいやと静が首を振るのが背中から伝わってくる。
ごめんな静。最後の俺の、俺のわがままを通させてくれ!
「きやがれ!人形使い!!」
「無様に消えはてろ!グリモワーーール!」
「いやああああぁぁぁぁ」
静の絶叫と同時に、魔方陣から極太のレーザーが発射された。
俺は死の瞬間を待ち瞳を閉じる。
これで、ほんとのほんとに終わりか……ごめんな……んだこれ?
ふと、頭の中に雑音が混じる。
{左手をそのまま突き出して}
それは女性の声だった。
{急いで突き出して}
{なんだよこれ?おまえだれだよ?なんで俺の頭の中に}
{いいから!早く!}
その一言に自然と体が反応し左手を前方に突き出す。
何故だろう。不思議と嫌な感じがしない。
信じていいと俺の心が囁いている。
これは……そうだ懐かしさ。
{念じて守りたいと}
言われるままに念じる。
いや、言われるまでも無く心は強くそれを念じていた。
それに呼応するように左の手のひらから今まで感じたことの無い力が溢れ出す。
それは瞬時に膨張し、俺と静を護る光の盾を作り出し、
俺たちに向けて放たれた魔力の塊を……受け止めた。
「ば、馬鹿な!我らが愛の結晶を受け止めるだと!」
エドアルドがあまりの出来事に騒ぎ驚き動揺しているが、正直驚いてるのはこっちだ。
いったい何が起きてる?俺に何でこんなことができる?
(今は余計なことを気にしない)
そうだ、気になることは山のようにあるが今はそんなことを気にしてる場合じゃない。
雑念を振り払うと左手に意識を集中させる。
(私に続いて。我が歩みを遮る力その総てを喰らい尽くせ)
「我が歩みを遮る力、その総てを喰らい尽くせ!!」
俺の言葉に反応し左手から新たな光が生まれた。
光はどす黒い闇の線となり、レーザに絡みつきながらアリア目掛けて駆け上がっていく。
そしてアリアの目の前にたどり着いた光は、黒き竜の形を成すと巨大なアギトでアリアを喰らい尽くした。
役目を終えた二つの光は粒子となり、大気へと帰っていく。
「……今のはもしかして」
後ろを振り向くと、静も驚きの表情をうかべていた。
そりゃあそうだろうな。なにせ本人も何がなんだかわかってないんだから。
しかし、静が驚いていたのはほんの一瞬だった。
何かを理解したのか嬉しそうに微笑をうかべると、
唇はそのまま獰猛な笑みへと変わり同時に瞳の色も赤色に変わった。
「……悠、少し時間を稼いで。今度はこっちが切り札を切る番」
「ア……リア?そんな、私の愛しのアリアが負けた?嘘だ、嘘だ、
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ
嘘だあああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
エドアルドは今極度の混乱状態にある。それに切り札も失った。
こんどこそ、勝てる!
「ああ、まかせろ。静には指一本触れさせないからな」
「……ありがと」
俺の後ろで魔法が練り上げられていくのがわかる。
さっきから少しだけ魔力を感じられるようになったみたいだ。
だから今、エドアルドの魔力が上がっているのも感じ取れている。
アリア程では無いけど凄い魔力の量だ。
だけど恐怖は感じない。今の俺には守るための力があるから!
「許さん、許さないぞきさまら。殺す、絶対に殺してやる!」
今更言う台詞でも無いだろうが。
そんなことを思いながら左手を再び突き出し、思いを、魔力を練り上げる。
左手から光が展開されると同時に、エドアルドがでたらめにレーザーを連射し始めた。
普通の攻撃とはいえ一撃一撃が重い。
でたらめに撃っているから総て当たらないのがせめてもの救いか。
流石に二つ名を持つだけのことはあるってことか。
徐々にではあるが左手が重くなり、腕が下がっていく。
そんなに長く持たないぞこれ。
「静……まだか」
「ごめん、おまたせ」
静が地面を叩く音と同時に俺たちの足元に巨大な緑の魔方陣が展開され、大気中の魔力の質が変る。
これは……風?
レーザーが地面を穿つ轟音の中、優しくなびく風の音。
それはエドアルドの周りに集まると、取り囲むように緑の魔法陣へと姿を変えた。
「これは!」
「チェックメイト」
風は静の言葉に従うように無数のカマイタチへと再び姿を変え、エドアルドを切り裂いていく。
「ば、馬鹿な、この私が負ける?負けるというのかあああぁぁぁ!」
「……スラッシュエンド」
静が指を鳴らすと、カマイタチは一つに集合し巨大なトルネードとなりエドアルドを飲み込む。
エドアルドは悲鳴を上げることすら、いや上げた悲鳴をもかき消され絶命した。
トルネードが消滅すると共に、世界の色が赤から青へと変わる。
「血塊が消えた……ということは」
「……うん、終わり」
そうか、俺たち勝……。
それを聞いたとたん俺の体から力が抜け地面へと倒れこんだ。
「悠!」
流石に限界だわ。
本当は生き残れた喜びを静と分かち合いたかったが、精神的、肉体的、魔力的総てにおいて限界だった。
俺はそのまま瞳を閉じ、深い眠りへと落ちていった。
待っている人がいたのかいないのか、長らくお待たせしました。後半部分の更新です。次のエピローグで1章が終わります。いろいろ至らない点はあると思いますが、ゆっくりでも更新は続けますんで読んでくれている方は是非感想ください。