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無限のグリモワール  作者: 鏡紫朗
第一章 グリモワールの魔術師
3/20

第二話 砕け散る日常

今回は若干グロテスクな表現がありますのでご注意ください。

それでは第二話をお楽しみください。

「だから、なんで教えてくれないんだよ!」

「……面白いから」

な・ん・だ・と。

「……冗談」

「なんだ冗談か」

お茶目さんめ、こいつ~。

「……半分は」

「半分かい!」

俺の名前は朝霧悠樹……いかん。のりで二度目の自己紹介をするとこだった。

自己紹介すらしたくなるいつもの光景。

通学路を二人で駆け抜けるいつもの光景。

まあようするに、遅刻寸前ってわけだが……。

まったく、個人的には毎朝愛を語らいながらゆっくり歩きたいものだが……。

「……恥ずかしい思考禁止」

静……その台詞はいろいろまずい。

「そんなこと本当に思ってるなら……別れる」

な・ん・だ・と。

「じょ、冗談に決まってるだろ」

……半

「半分なら絶交……」

読まれている、完全に思考が読まれている!

「……冗談」

……どうやら完全に静に遊ばれているようだ……。

が、その無邪気に微笑む顔を見せられては怒るに怒れんな。

だめだ、顔がニヤけてくる。

「……喋ってると遅刻になる。悠ギア上げる」

い!そ、それは、俺に限界を超えろということか?

「ちょ、これ以上は、授業受ける体力が」

「……どうせ寝てる」

か、確信をついた一言でして。

「……それに男の子、弱音吐かない」

あ~しょうがないな~。そこまで言われたら走るしかあるまい全力で。

「了解」

「ん」

何も無いけれど、いつまでも静と一緒にいられる。

こんな平凡な日々がいつまでも続くと思っていた。

そう……この日、この時までは……。


少し離れたビルの屋上から、静を眺める人影が1つ。

フード付きのコートをはおっているため、性別や、どんな体系をしているかはわからない。

身長はそれなりに高く、170から175の間といったところだろうか。

眼光は鋭く輝き、フードの暗闇からもはっきり確認できる。

右手には奇妙な文字が刻まれた宝石が3つ。

それらを器用に手のひらの中でぐるぐるとまわしている。

目的を果たしたのか、遊ぶ右手を止めると、人影はくるりと踵を返し、屋上の入り口へと足を向ける。

そして一言こうつぶやいた。

「みつけた」

人影は、フードの奥の闇で獰猛どうもうな笑みを浮かべたのだった。


今日も今日とていつものように、勢いよく教室のドアを開ける。

「セーフ」

そしていつものように、自分の机の椅子へと体を投げ出す。

ふぃ~疲れた~。

……ん?なんか教室の様子が変だぞ。何だ、皆して俺を見てる?

そうか、遂に皆俺のかっこよさに気づいてしまったか。ふ、罪深い男だ。

いいだろう、さあ俺を崇め、そして奉るがいい。

「それはあれですか、俺を崇めろ~。のポーズですか」

……興が削がれた。

「無視は酷いんじゃないかな~。ま、いいや。

 いや~今日は早いね。何かあったん?もしかして、静っちと朝まで~とか?」

ニタニタした表情の俺の同級生、中学時代からの腐れ縁である藤村真央ふじむらまおが、何か変なことを言っているが気にしな……何?は・や・い、だと?

黒板の上に貼り付けられている時計を見上げると、8時20分。

「どういうことだおい!」

「いや、それあたしが訊きたいんだけど」

と、走るのに必死で、いついなくなったのかさっぱり気づかなかった静が、ゆっくりとした足取りで教室に入ってきた。

この感じ……まさか。

「静、これはどういうことじゃい!」

黒板の上に貼り付けられている時計を指差しながら一括!彼氏らしく!

「たまには早く着くようにしたんだけど……彼女らしく」

むむむ、そうか気を使ってくれたのか……ん?まてよ。

「なあ静?普通に時間を早くすればいいのでは?」

「……悠に早起きは無理。それに、悠からかうの面白い。……最近気づいた」

ああ、そういうことですか。さっきの無邪気な笑顔、あれは小悪魔の微笑みだったんですね!

「仲いいね~二人とも、お姉さん妬けちゃうよ~。よ!ラブラブカップル!」

「誰がお姉さんだと」

「……」

「ははは~、静っち~冗談だから睨まないで欲しいんだけど~。

 ってそうそう、これが本題ではないのだよ君たち」

本題って……なんかそんな流れあったか?藤村の本題にしそうな話題……あれか。

「なんだ。昨日も学校帰りにガチャしたら、蔓延る混迷はびこるこんめいのレアフィギュアでも当たったか?」

「残念ながら、変身憂さうさこはまだなのです……ってだから違う!」

何だ違うのか。

「で、なんだよ」

正直疲れてるから寝たいんだが5分でも。

「う~~~~~~。ごほん、最近この辺りで怪事件が起きてるの知ってる?」

怪事件……なんじゃそりゃ?

「いや、俺は知らない。静は?」

「知らない……どういう事件」

ん?静の目つきが変わった?なんだ、こういうオカルト的な話も好きだったのか。ほんと普通の女の子なんだがなこうやって見てると。

「え~とね、若者が10人突然同時に失踪したりとか。放課後、学校に残ってた生徒全員が昏睡状態で起きないとか。

 連続殺人鬼が出るとか。二足歩行で歩く動物に殺されかけたとか。何も無いところから炎が起きて、マンションが全焼したとか」

「多いな……」

「これでもほんの一部だし、どこまでが本当に起こったことか定かじゃないんだけど、結構話題になってるんだよね」

「この量……まさか……?」

ん?

「まさかって、静、なんか心当たりでもあるのか」

「何々、静っち何か知ってるの~。教えて教えて」

うお、いちいち俺の机の上に乗り出すな。邪魔だろうが。

「!し、知らない……独り言。ごめん忘れて……」

「な~んだ、残念」

何だこの静の動揺のしかた。何か知ってるのか?

ガラガラガラ

ん、この開け方は愛美姉さんか。もうそんな時間……うは寝れなかった。

「ホームルーム始めるぞ~席に着け」

「うわ、愛ちんきちゃった。それじゃあ後でね」

この話、続けるんかい……。

「藤村、その呼び名はやめろと言っているだろうが。私のイメージが崩れるじゃないか」

どんなイメージなんだおい……。

「朝霧、言いたいことがあるなら聞くぞ。藤村もだ」

「いえいえ、滅相もございません愛美ティーチャー」

うお、はもった。しかも敬礼までまったく同じだとは。

「はあ、まあいいだろ。今日はだな……」

ひとつの思考が命取りか……ええ、今の静の視線のように……藤森と被ったの絶対怒ってるなこりゃ。


4時限目が終わり俺たちはいつも通り屋上にやってきた。

「が、そこには邪魔者が一人紛れ込んでいたのである」

「悠たん酷い!邪魔者はないんじゃないかな」

「悠たんやめい!」

そう、今朝方絡んできた藤村真央である。

「神聖な屋上に入り込み、二人のラブラブお弁当タイムを邪魔しおって」

「……悠、それ恥ずかしい」

「神聖っていうかさ、ここ一応公共の場なんだけど……」

「で、何のようだ」

早く今日の静の弁当を食べたいんだ。

「何って今朝の話の続き」

「そ・の・た・め・に・ラブラブお弁当……」

「悠……お願いだから」

「お、おう」

静の顔真っ赤だな。相当恥ずかしいんだなラブラブ……可愛いやつめ。

「だって~話せるのはお昼休みぐらいじゃん。放課後までは私が待てない~」

ええい、こらえ性の無いやつめ。

「で、後は何を話したいんだ?概要はだいたい聞いたと思うんだが」

「いや~二人ともどう思ってるのかな~って。特に悠樹のほう」

「はあぁ~!そんなの唯の噂話だろ。……というか、何故俺の意見が特に聞きたいんだ」

「そりゃ悠樹がこの手の話信じてないだろうから。そして予想通り」

「あのな、お前も言ってただろ。確認はとれてないって。

 そりゃ実際に起きてるって証拠があれば俺も信じるけどよ」

「静っちはどう思ってるの~」

……訊いておいて無視かい。

「私は……全部が嘘だと思わないほうがいいと思う」

「静はこういう話信じる派か」

「……信じるというか……こういった話の中には一つや二つ真実が混ざってることが多い

 ……だからバカにしないほうがいい……」

「そ、そうか」

静の俺に向ける視線がやけに真剣だな……。

どうやら俺が巻き込まれないよう心配してくれてるみたいだ。

もしかしたら、昔の知り合いに、こういった事件に巻き込まれた奴がいるのかもしれないな。

「ほら~静っちもそう言ってるんだから~」

「わかったよ。静が心配してくれるなら俺も信じるよその話」

「ん」

「よ~しこれでさっぱりした~。これで悠樹の危険も一つ減ったわけだ」

「お前が俺を心配してるのか……気持ち悪いぞ」

「気持ち悪いって……酷い!私はいつも悠樹のこと心配して……」

な、なんだ。泣くほど俺のこと心配……右手になんか見えるぞ。

「じゃあその手にもってる目薬はなんだ?」

「ばれたか」

こいつの考えてることは静以上にわからんな。どこまでが本気で、どこまでが嘘なのか。

「……藤村さん、一つ質問……いい?」

「ん?なにかな~静っち?」

「……あなたが何故この話に詳しいのか気になる」

「詳しいって……別に詳しくないよ~ネットとか、友達の噂聞いただけだよ~」

「……本当に?」

「ほんとほんと、真央さん嘘つかないよ~」

「……うん、わかったそれでいい」

いきなり空気がぴりぴりしだしたんだが……。

というか、静の藤村に向ける視線がなんか怖いな。

藤村は……いつも通りへらへらしてるだけか。

「よ~し、それじゃあご飯食べよう。購買の焼きそばパンが私に食べて欲しくて、激しくうずうずしているのだ」

激しくって……自分でビニール袋振り回してるだけだろうが。

ん?ちょっとまて。

「まさか、このままここで食べていくんじゃないだろうな?」

「うん。だって時間無いじゃんそんなに」

……うお!もう45分回ってるのかよ。10分ねえぞ。

また静のおいしい弁当をゆっくり味わえないのか。

藤村……恨むぞ。

「おお~それは伝説のタコさんウインナ~。いただき」

のんきに弁当箱を開けていたのがまずかった。藤村の手が俺の弁当箱の上を掠めた次の瞬間!

な・ん・だ・と。

俺の弁当箱の中から、タコさんウインナーが無くなっている!

「きさま~」

と、抗議しようとした時にはすでに遅し。タコさんウインナーは藤村の口の中に!

「う~~~~~ん、ほっぺが蕩け落ちますな~。毎日こんなもん食べてるとは悠樹の幸せ者め」

殴りたい、殴りたい、殴りたい。が、たとえこんなんとはいえ私事で女性を殴るわけにはいかん。紳士として!

……藤村を女性とか言うと寒気がするな。

「……悠、私の食べる?」

それに比べて、静のこの健気けなげなこと。

「大丈夫だから、それは静が食べればいい。その代わりまた作ってくればいいさ」

「ん……わかった」

「ぶ~~~~」

なんか、藤村の機嫌が非常に悪そうなのだが。

そして、静が藤村の視線に対抗してるような気がするんだが。

……何故に?


昼食を食べ終えた俺たちは、安定の睡眠スルーと言う手段をとり、無事に5時限目を終えたのであった。

「……悠、まるで私まで寝てたような説明はやめて」

そこにツッコミはいらんぞ静。

「さて、それじゃ帰るか」

「あ……悠、ごめん……今日は先帰って」

「なんか用事があるなら待ってるぞ」

「その……時間かかるから」

「さっきの藤村の話もあるだろ。だから静のことあまり一人にしたくないんだがな」

「……悠の気持ちは嬉しい……でも……」

珍しく静の歯切れが悪いな。俺が一緒にいるとまずい理由でもあるのか?

「朝霧!ちょっと頼みたいことがあるんだが」

愛美姉……愛美先生?俺に頼み事なんて珍しいな。しょうがない、いっちょいきますか。

「ちょっと行ってくる」

「ん」

「なんですか?」

「悪いんだが朝霧……このプリントを職員室まで持っていって、製本するのを手伝ってくれないか」

このプリントって……うわ、ダンボール一個ぶんもあるのかよ。

しかもなになに……夏休みのしおりって、何故しおりにした……。

「正直一人だと終わりそうになくてな。どうせ静を待ってるつもりだったんだろ」

「まあ、そうですけど」

「ならほれ、手伝う手伝う。私を助けることは静を助けることと同意語だからな」

絶対違うと思うが……。しかも同意語……まあいいか。

「その代わり、静の用事が終わるまでですよ」

「それで十分十分。いや~助かるわ~。持つべきはよき義弟かな」

義弟って……まあ、悪い気はしないけども。

「そういうことで静、朝霧借りていくからな~」

……って俺は物ですか!まったく。

「静、また後でな」

「ん」

な~んか不機嫌そうなんだよな。……俺またなんかやらかしたのかな。

「ぼ~っとしてるんじゃないぞ朝霧。おまえがこれをもって行くんだからな」

おっといけね。……いや、ちょっと待て。

「まさか、このダンボールを一人でもって行けと」

「当たり前だ。そのために呼んだんだからな」

この量、俺に死ねというのか。

「私は先に行ってるからな~がんばれよ~」

っておい!手を振りながら優雅に歩いて行くんじゃない!

……こうなりゃやけだ、やってやるよ!

そして10分後。

「お~遅かったな朝霧」

「ざけ……んな」

ドスン

俺は職員室横の、使われなくなった会議室の中にダンボールごと倒れこんだのだった。

腕も、足も、もうぼろぼろだ。

「まったく、悠樹は軟弱だな」

軟弱って、こんなもん一人で持つもんじゃねえって。しかも、何故タバコなぞ吸っている。学内は禁煙だぞ。

……いや、まてよ。何か聞きなれない呼び名を聞いたような。

「愛美先生……今名前で呼びました」

「ああ、呼んだが。別にいいだろ誰もいないところなら。

 正直、静が悠っと呼んでるのに、私が朝霧と呼んでるのはどうもしっくりこなくてな。

 それと、誰もいない時は愛美姉でいいぞ。おまえに愛美先生って言われるのは気持ち悪くてかなわないからな」

いや……その不意打ちはちょっと……ドキッとしたじゃねえか。

「顔が赤いな。ほう、いきなり私に名前で呼ばれて照れたんだろ」

「!、べ、別にそんなんじゃないですよ」

「まったく、おまえも静と同じで恋愛事にはとことんうぶだな。可愛いぞ悠樹。静の彼氏でなければ私が食べてしまいたいぐらいだ」

食べ、ってちょ、ちょ、まっ。

「ハハハハハ、冗談だよ冗談。少しは休めただろ。そろそろ始めないと日が暮れても終わらなくなりそうだからな」

……冗談かよ。……今始めて静の姉さんなんだなと確信がもてたわ。

こういうところはよく似てるよこの姉妹。

しかしこの人、めんどくさがりなのに手際はいいんだよな。

もうプリントは重ねる順に並んでるし、いつの間にか長机も用意されてるし……。

「ほらいつまでもぼ~っとしてんな」

「あ、はい」

そして、しおりの製本作業を始めて5分……もうだれてきた。

作業中は会話がないと駄目だなやはり……逆に効率が落ちる。

よし、ここはあれを聞いてみるか。

「愛美姉」

「なんだ、悠樹」

あえて呼ぶんだな名前……。今うっすらと笑った。確信犯かよ。……まあいい。

「なんか静が隠し事……いや、どっちかっていうと機嫌が悪い気がするんだけど、何か知らないかな」

「ふむ、あれか……」

愛美姉の手が止まり、静に聞いたときと同じように渋い顔になった。

やっぱり俺には教えられないことなのか?

「俺には教えられないこと……なんですかね」

「そうだな……おまえは知らないほうがいいことだ」

はっきりと隠し事してます。って宣言されると堪えるもんだな。

「……そうですか」

「だが、勘違いはするな。静はおまえが嫌いになったから教えないんじゃない、

 お前のことが心配だから教えないだけだ。それだけは忘れないで欲しい」

それはまあ、嫌いになったとかは思ってないですけど……。

「ふう、なんなら本人に直接聞け。ガッと押し倒して聞くのも許可する」

な!お、押し倒す!し、静をか……。ゴクリ。

「興奮してないで人の話を最後まで聞け」

……あんたが言ったんだろうが。

「もし、静がリスクを犯してまでも教えていいと思ったなら教えてくれるだろう。

 ただ肝に銘じておけ、お前が聞いていい事のある話ではないということ、

 聞いたことを後悔するかもしれないということ。覚悟があるならぶつかってみろ。

 私が言えるのはそれだけだ」

……なんだよそれ。あ~くそ、頭の中が混乱しやがる。

「……悠樹、悩むのもいいが、悩んでる暇があるなら手を動かせ。仕事が終わらん」

そうだな、とりあえず答えもでそうにないし、手を動かしてみるか。

それから20分ほど、無心でしおり作りを続ける……いや、続けたつもりだったが、頭の中はさっきのことで堂々巡りだった。

それでも答えは見つからない。たぶん迷っている、愛美ねえの後悔するかもしれないという言葉がやけに心に突き刺さる。

どうする……俺はどうしたい、俺はどうしてもらいたい。

「悠、お待たせ」

「あ、静……」

なんだ?静の制服、ところどころ汚れてる?なにかあったのか?

「……どうしたの悠」

……まさか!

「静!まさか誰かにいじめられてるのか!怪我は!やってるのはどこのどいつだ」

「ッツ!……痛い、悠」

「あ、ご、ごめん」

どうやら興奮するあまり、静の肩を力いっぱい握ってたらしい。バカか俺は、自分で傷つけてどうすんだよ。

「ップ、ハハハハ、そうか、そういう風にくるか。おまえらしいな朝霧。大丈夫だ、そういう類のもんじゃない。

 むしろ、静のことをいじめてるやつがいたら、私がとっくにのしている」

「そうなのか、そういうんじゃないのか」

「ん……大丈夫、そういうのじゃない。これは……転んだだけ……気にしなくていい」

「そういうことだそうだ。まあ今日は帰れ。後は私一人で終わりそうだしな。

 あまり思いつめても、いい答えは浮かんでこないぞ」

「……姉さん、悠に何吹き込んだの」

「吹き込んではいないさ。少年の純粋な疑問に答えただけだよ」

「まったく……悠、帰ろう」

「お、おう」

暴力沙汰とかそういうのじゃないというのはわかった。ただ、それでも不安はぬぐえない。

二人が嘘をついているのがわかってしまうから……。

今はただ静の手に引かれて学校を後にすることしかできなかった。


「……姉さんの言うことはあまり本気にしないほうがいい」

「ああ……」

愛美姉が手伝わせたのと、待たせたお礼を兼ねて静が何かをおごりたいと言うので、俺たちは商店街の方に足を向けていた。

さっきから静が色々と声をかけてくれているが、俺は上の空だ。

愛美ねえには考えるなと言われたが、どうしても考えずにはいられない。それで答えが出ないこともわかっているのに。

「……ねえ悠」

「ん」

気がつくと、隣を歩いていたはずの静は、だいぶ後ろで立ち止まっていた。

「どうした?」

「……それは私の台詞。……どうしても知りたいの」

さっきのことか……俺は……。

「そうだな……できれば隠し事は無いほうがいいかな……」

「……心配、だから?」

「ああ。どうせその制服の汚れも転んだわけじゃないんだろ。

 おまえが俺の知らないところで、何か危険なことをしてるんじゃないかと思うと……な」

「……なんで危険なことだって思うの?」

それは……いたってシンプルな答えだろう。

「俺に教えてくれないから」

「……そう、そうだね、そうかもしれない」

「じゃあ教えてくれないか?」

「……ごめん。悠が心配してくれてるのは伝わってくる。……でも私のことを思ってくれるなら知らないほうがいい。

 私のためにも、悠のためにも……」

これだけ頼んでも駄目か……まあたぶん、俺が静と逆の立場なら同じことを静に言うんだろうな……。はあ、しょうがないか。

「わかったよ。これ以上は訊かない。ただ無茶だけはするなよ絶対に」

「ん……ありがとう」

おごってくれるってことだし。気分を切り替えていくか。

「さてと、それじゃあどこ……に」

ぞくっ!

今のなんだ?全身に悪寒が……!

それに、なんだよこれ?

今まで青かったはずの空が、急速に色を変えていく。

空が……赤色?夕焼け……違う、こんなに紅く染まるわけがない。

それに悪寒が、不快な感覚がさらに強く。

「くっ……しつこい」

駄目だ、ここにいちゃいけない。

「静、走るぞ!」

「悠……まって、私は」

静が何か喋ってるが、そんなこと気にしてられない。

強引に静の左腕を掴み走り出す。

振り返ってはいけないと、俺の中の何かが叫んでいる。

それに従い、ただ走る、走る、走る。

疲れきって足を止めたのは、商店街を抜けた先にある小さな公園の中だった。

「ここまでくれば、ぜえ、大丈夫だろう、ぜえ……!」

嘘……だろ?

ゆっくりと後ろを振り返り愕然とした。俺の右手の中にあるはずの静の腕も、目の前にいるはずの静の姿も……ない。

いない……なんで!

ゾクッ!

先ほどと比べ物にならない程の悪寒、そう、先ほどの恐怖とは比べ物にならないものを想像してしまった。

俺の勘が正しければ、たぶん静はあそこに戻った。

静は今、危険の真っ只中にいる。

最悪は……死。

「くっ!」

俺は何も考えずに、今来た方向へ全力で走った。

ほぼ休憩も無しの二度目の全力疾走だ、足が悲鳴を上げ始めたが、そんな事気にしてられない。

今考えるべきは……

「静、静、静、静、しず!」

大切な人の名前を叫びながら商店街の入り口に……。

「ぐあ」

入れない……だと。

なんだよこれ。見えない壁?

ふざけんな、静がこの中にいるかも……いや、いるっていうのに。

「どけよ!この壁!」

ドン!

パリン!

「うお」

いてて、な、なんだ、俺が両手で叩いたらいきなり割れた?

いったい何が……って、そんなこと気にしてる場合じゃないんだよ!

壁が割れた勢いで倒れこんだ体を、再び起こし俺は走り出す。

どこだ、どこだ、静はどこに……!

静を探して走る俺の目に、さらに不可思議なものが飛び込んできた。

な・ん・だ・こ・れ……。

頭が理解できない。こんなものがなんでここに転がってる。しかもこんなに。

人間の死体が……な・ん・で。

「うっ!」

状況を理解した脳が強烈な拒絶反応を起こす。

俺はそれに耐えられず、ひざをつきながら崩れ落ち、体の中にあるものをすべてその場に吐き戻した。

なんだよこれ、なんだよこれ、なんなんだよこれ!

あまりの非現実に脳の理解が追いつかず、本能だけが体を動かし腕と足が震えだす。止まらない、止まらない、止ま。

ズサ!

比較的聞きなれた擬音に、脳が我へと帰る。

靴のすれる音……!

顔を上げた視線の先にいたのは……。

「し……ず?」

どこかから飛び降りてきたのだろうか、高所から着地した体勢の静が目の前にいた。が……。

しず……なの……か?

見た目はどこからどう見ても静だ。なのに、雰囲気が、眼光が、いつものそれじゃない。

いつもの静がせいならば、今の静は動、発せられている空気は、まるで総てを食い殺そうとする獣の様だった。

頭の中がさらに混乱する。今日はわけのわからないことが多すぎる。こいつは誰だ?

目の前の人間がこちらをみる。

「!……なん……で」

驚きに目を見開いたその顔は……ああ、静だ、やっぱり静だ。

「くっ!」

が、その表情は一瞬で、再び先ほどの表情に戻ってしまった。少し渋い顔になったのは俺がきたからだろうか。

「ルフ、カット!」

静が何かを叫ぶと、風が舞った。何がおきてる?

風が何かを切り裂いた音とともに、不快な擬音が耳をつんざいた。

バシャ!

何だこれ?生暖かいものが上から降ってきて……。く、顔にかかって目が明けづらい。

ビタン!ビタン!

何か隣に落ちた?これはなんだ?よく目をこらさないと……人?人の……上半身!

じゃあ、反対側は!……こっちは下半身……じゃあ何だ、この体にかかってきたものは何だ?

手のひらに指を擦り付けてみた。あるのはヌルリとした感触。

目の焦点を手のひらにあわせてみる。そこには真っ赤な液体がたっぷりと。

そうかこれは血、人間の血なんだ……。

人間の血、たっぷりと全身に、やったのは……し・ず。

再び静がこちらを振り返る。その目はやはり凶器の色に染まっていて、その目に、本能が、警告を鳴らす。

こ・ろ・さ・れ・る。

見るな、見るな、その目で俺を見るな!

「やめろ、やめろ、やめろ、やめろ!うわああああぁぁぁぁぁっぁ!!」

遂に脳が限界を超え発狂する。

理解のできないこの現実に、俺の意識は……途切れた。




その、執筆スピードがそこまで速いんじゃないんだ。うん、できてたんだよ大体。どうも鏡紫朗です。やっとバトル物っぽい雰囲気になってきました。血の表現とか、悠樹の感情とか、リアルに伝わってるでしょうか?伝わってるといいな~。

それでは次回をお楽しみに~。

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