表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無限のグリモワール  作者: 鏡紫朗
第一章 グリモワールの魔術師
2/20

第一話 俺と彼女の平凡な日常

第一話には多分にイチャラブ成分が含まれています。シリアスな空気や、バトル物の流れが欲しい方は、第一話を飛ばして第二話からお読みください。二話からでも十分理解できる内容となっております。それでは本編をどうぞ。

「いってきます」

誰もいないリビングに向け、いつも通りの挨拶をして玄関のドアを開ける。

俺の名前は朝霧悠樹あさぎりゆうき高校三年生。

成績は中の下、運動はそこそこのいわゆる一般的な高校生だ。

一般って言うのがどういう基準なのか定かではないが……。

まあ、そんな真面目な話はいいだろ。朝から疲れてしまう。

……その程度の頭だと察してくれればそれでいい。

今の季節は夏。高校生活最後の夏休みが始まろうとしている直前なんだが……。

「あちぃ~~~」

くそ、地球温暖化め、オゾン層の破壊め、熱くてしょうがない。

今日も朝から気温は28度。さっき何気なくつけていたニュースの天気予報によると、

最高気温は35度まで上がるとかいってたな。

こんな気候で学校など行きたくない、行けるはずがない!死んでしまう!

「よし、ここは……」

「……おはよう」

などと、暇潰しにずる休みの算段を立てるだけ、という無駄な遊びをしていると、後ろから聞きなれたか細い声が聞こえてきた。

「よう」

と、軽く挨拶をしながら振り返ると、そこには同級生の如月静きさらぎしずが、少しむっっとした表情を浮かべて立っていた。

どうやら俺の挨拶がおきに召さなかったらしい。

「はいよ。おはようさん」

さらに渋い顔を浮かべる静。

……これでもあまりおきに召さない様子だが……首を縦に一回振ってくれたのでよしとしよう。

彼女はあまり言葉を発したがらない。いわゆる寡黙系女子というやつだ。

日常会話ではほとんど喋らないことから、根暗とか、気味が悪いとまで言われたこともある。

喋るときは結構喋るし、俺はそう思わないんだが。

ん?なんで日常会話以外の一面を知ってるかって?そりゃ静は俺の彼女だからな。

べ、別に自慢してるんじゃないんだからね!

髪形は黒のショートカット、身長は低めで、胸はあまり無いんだが、顔は可愛いし、

気配りできて、料理も上手いと、俺にはもったいないぐらいの彼女なわけですよ。

まったく、どうしてこいつの魅力がわからないのか、周りの奴らの気が知れん。

「悠……今胸が無いとか考えなかった」

「!い、いや、考えてない考えてない」

「……そう、それならいい……」

ふう、あぶねえあぶねえ。そうなのだ、静は人一倍勘が鋭くて、よく俺の心の声を当ててくる。

ほら、思春期の男子って色々妄想したくなることもあるじゃない。

でも静の前では下手なことを考えられないのがたまに傷だったりする。

……まあ、これに助けられたことも数知れずなのだが……テストとか、テストとか、テストとか。

なにやら静の家は代々魔術師の家系らしく、人より感覚が優れていたり、魔術が使えるとか何とか言ってたんだが。

まあ正直俺は気にしてない。静は静だからな。む、俺今いいこと言ったぞ。

「悠?」

「ん、どうした?」

後ろにいる静の方へと振り返ると少し渋い表情を浮かべながら時計を確認している。……このパターンはもしや……

「……遅刻する」

その言葉に勢いよく時計を覗き込むと、針が示しているのは8時15分。

確か校門が閉まるのが25分。ここから徒歩役15分……歩いたら完全に遅刻だった。

「……いつものパターン」

「い・く・ぞ・静!」

「ん」

全力で通学路を走り抜ける俺と静。いつもの光景がそこにあった……。


「ま、間に合った~」

ホームルームの鐘が鳴るとともに、俺たちは教室に飛び込んだ。

俺は倒れこむように自分の席に座り、静はゆっくりと隣の席に座り込む。

相変わらず静は息ひとつ切らしていない。

これだけ全速力で走ったというのに……恐ろしい。

「まったく、いつもいつも、走らせおって~」

「今日も悠が悪い。物思いにふけってた」

「だったら、注意、してくれ」

「……ん、解った。気をつける」

息も絶え絶えに、要望と愚痴をぶつけたら今日も簡単に了承を頂きました。

といっても、注意してもらったためしがないんだがな……。

静いわく、彼氏である俺のことを立ててくれているらしいのだが。

こういう時はありがたくないぞ……。

ふう、やっと呼吸が落ち着いてきた。

「おまえら~ホームルーム始めるぞ~」

教室前方のドアが開く音と同時に、騒がしかった教室が突然静かになる。

どうやら、愛美姉が教室に入ってきたようだ。

「なんだ、朝霧はまた遅刻いっぱいいっぱいか?」

教団に立って最初の言葉がそれっすか。

「ええ、いつも通り」

「まったく、静にあまり迷惑かけるなよ」

「わかってますよ」

「ハハハ、まあがんばれ。そんなんじゃ静の隣は務まらないぞ」

クラスの人間は俺たちの関係に大体気づいてはいるみたいだが、堂々と言われると恥ずかしいものがあるなやはり。

というか、自分の妹とその彼氏をホームルームで辱めて楽しいのかねこの人は。

「姉さん、ホームルーム……」

どうやら静も同じ気持ちのようで、表情が少しご立腹だ。

「おお、悪い悪い。というか、学校内では姉さんって呼ばない!」

「ん」

ああそうそう、この茶目っ気のある姉御肌気質の女性は、如月愛美きさらぎまなみ

俺のクラスの担任兼、静の姉さんだったりもする。

まあ、その、静との馴れ初めでは大変お世話にもなったりしたのだが……それについてはまたの機会にしよう。

髪はロングで色は赤、眼鏡をかけていて顔はかなりの美人さんなのだが、性格のせいか彼氏無し、現在鋭意募集中。

そして、愛美……どう見ても名前負けである。

「朝霧……何か言ったか!」

げ、読まれた。

「な、何も、言って、ませんよ」

「……まあいいだろ」

ふう。と、ごらんの有様である。

このきつい性格のせいで、付き合う前に何人の男が逃げ出していったのやら。

そしてまあ今のでわかるように、あの人も魔術師……らしい。

魔術師といわれても、俺にはピンとこないんだよな。

今のところの2人を見ていると、勘が鋭い人ぐらいにしか……今はまあいいや。

ということで俺の考えてることは大抵見抜かれるようで、愛美姉さんの授業は正直地獄である。

寝れないし、考え事はできないし。

「なあ、朝霧。そんなにボーっとして私を怒らせたいか?」

頭の上から突如聞こえた声に顔を上げると、目の前に愛美姉の顔が存在していた。

な!い、いつの間に目の前に!しかもボーっとしてたって……嘘だろそれ?

怒ってる理由は別のところだよな確実に。

だからといってそんなことを正直に言えるわけも無く、その台詞を心の奥にしまうと

とりあえず今の状況を乗り切る方向へと頭を切り替えた。

「い、いえ!そ、そんなことは!」

「本当か?本当に思ってないんだな?」

「お、思ってないです!」

……ん?おかしいぞ?ボーっとしてたことを怒っているのに思ってない?

……読んでるだろ!確実に俺の心読んでるだろ!

などとはやはり言えるわけが無かった。

言ったところで理解できるのは静を含んだ俺たち三人だけだし、

むしろ俺が変人扱いされて不利な状況に立たされてしまう。

というわけで、再び心の奥にその台詞をしまいこんだ。

「そうか~思ってないか~。なら今日の私の授業はしっかり聞けよ~い・い・な?」

顔は笑顔だが目が笑っていなかった。

こいつは……俺に拒否権は無いな。

「はい!」

とりあえず勢いよく返事だけしておいた。

「よしよし。それじゃあホームルームはこれで終わりにする。今日も勉学に励むように!」

確か今日の愛美姉さんの授業は5時間目か……。

今からその時間のことを考えると、とても鬱で死にたかった。

俺は力なく机へと顔を埋めため息を一つついた。

「……今のは悠が悪い」

……なあ静、もう少し俺の心を読むのを自重してくれないだろうか。

どうやら、俺の脳内にプライベートは無いようだ……。


めんどくさい午前中の授業をほぼ寝てすごした俺たちに

学生の心のオアシス、昼休みの時間がやってきていた。

今日はこの時間までに特に寝た。

何故って?そりゃあ次の時間が勝負だからな。

俺にとっての愛美姉との授業は戦場なのだよ。

そして俺たちは今、屋上にあがり、静の手作り弁当を広げていた。

「手作り!ここ重要だから!」

そう、愛美姉と戦うためには静の手作り弁当である必要があるのだ!

「!……悠?熱でもある?今朝もボーっとしてたし……」

しまった!つい、思っていたことを口に出してしまった。

……しかし役得か?その心配そうに見つめる上目使い。可愛いぞ静。

そう、静は基本無表情なせいか、感情を表に出すとやたら可愛くみえてしまう。微笑む姿しかり、本気で怒る姿しかり、心配する姿しかり……

いけない、静を安心させてやらねば。ほっておくとおでこに手が伸びてきそうだ。そいつはとても嬉しいが流石に恥ずかしい。

「悪い悪い。今日の静の弁当も凄く上手そうだったからな。つい自慢したくなった」

「……誰に?……それにいつもとそう変わらない……でも、おいしそうって言われるのは悪くない」

照れながら微笑む静のこの顔!これが特に可愛い。俺、生きててよかった~~!!

これで鬱は脱した。静のこの顔があれば5時限目も戦える!

さて、それでは可愛い静をおかずにご飯を食べて、万全の体制で愛美姉を迎え撃つか。

……決して変な意味じゃないぞ?

それでは軽く弁当の中身を紹介しよう。

静は女の子らしくかわいいものが好きだ。それはこの弁当にも表れている。

ご飯の上にのったヒヨコさんの形に彩られた卵のそぼろ。定番のたこさんウインナー。

某子供向け番組のキャラをかたどったポテトなど、なかなかにこった内容となっている。

さてと、それでは静の弁当の定番たこさんウインナーから。

「うん、うまい!」

実はこのウインナー、結構な力作だったりする。この香ばしい焼き加減が実に絶妙なのだ。

「……悠」

もう一個ウインナーをつまもうと箸を突き出したところで静に声をかけられた。

言おうか言うまいか悩んでる雰囲気であるが。……ウインナー以外も食えということか?

「どうした静?この鶏型に揚げた唐揚げも食べてみろと?」

このセンス……やってみろと言ったのは愛美姉だな。

「それは姉さんが作ってみろって言ったけど……そうじゃなくて」

そこはやはりそうなのか……。

「今日の放課後、付き合って欲しい」

「!」

な・ん・だ・と……。

びっくりだった。まさか静の方から積極的にお誘いが来るとは……。

「ど、どこに?」

こ、こういう時はあれか。ショッピングして、食事して、最後には……。

「……悠の思ってるようなとこじゃない」

あらら。……というか、何を読み取った静?微妙に顔が赤いのだが。

俺はその先を想像して……いや、脳裏にはあったかもしれんな。

「図書館……付き合って欲しい」

まさかの図書館だった。

「図書館って、俺死にそうなぐらいに暇なんだが?」

寝るぐらいしかすることが無いからな。

「悠のためでもある……嫌なら別にいい……」

行きたくない、正直行きたくないのだが、その悲しそうな表情で言うのは反則だぞ静よ……。

「わかったよ。まあ、暇してたしな」

しぶしぶとだが承諾する。

まあ、静の頼みを断るという選択肢が俺の中には無いんだがな。

「……悠はいつも暇」

「おい、そこまで言うか」

いくら俺でもそれは傷つきますよ流石に。

やることぐらいいくらでも……い、今は無いだけだからね。

「でも……ありがと」

まあ、なんだかんだ言って人ごみの多いところには俺が付いていくことになっている。

迷子になるから?いやいや、流石にそれは無い。

静は人ごみが、人が多くいるところが苦手だ。

だからこうやって昼休みも人の少ない屋上で昼食をとっている。

人の視線が苦手なんだそうだ。

まあ、これだけの美少女で、かつこれだけの存在感を発しているのだ。必然的に視線の嵐にさらされる、いい意味でも悪い意味でも。

そこで、彼氏である俺が近くにいれば安心できるということらしい。

「……悠、ちょっと自惚れてる」

ぐはあ

「……でもそういうことにしておく」

少し染まった頬を見る限り、全否定というわけではないようだ。

よかった。……と思うと、少しだけこっぱずかしかったりもする。

「ごちそうさま」

ん?って!もう食べ終わってる!まだ半分も食べてないんだが!

「早く食べたほうがいい。……4時間目長かったから」

時計を確認すると、長針は10の数字を回っていた。

そういえばそのおかげでぐっすり寝れたんだった……。

しかたない、ここは一気に食べつくすか……。

このおいしい弁当をゆっくり食べられないのがとても残念である。

「……あと、悠にツンデレはいらないと思う」

そしてまさかのツッコミが飛んできたのであった。


昼食後、テンションが下がった俺は5時間目も寝てやり過ごそうと思ったのだが……忘れていた……愛美姉さまの授業だった。

先程も言ったがあの人の授業で寝ようものなら地獄絵図を見るという、かくも恐ろしい授業なのだ。

今日は何とかしのいだがおかげで眠い。おっとあくびが。

「……悠?眠いの?」

「ああ、5時間目寝れなかったからな」

「いつも寝てるのに……」

「寝る子は育つ、って言うだろ。成長期の俺はいくら寝ても眠いの」

「はあ……」

どうやらあきれられてしまったらしい。

そんな会話をしながら俺たちは図書館へと向かっていた。

「……睡眠……たりないのかな……」

「ん?なんか言ったか?」

「!な、なんでもない!」

なんだ?いきなり顔真っ赤にして。静の視線の先は……ああ、大体察しはついた。

静の視線は明らかに自分の胸へと注がれていた。

俺は別に気にしないんだがねサイズなんか。

うお、に、睨まれた。

と、こんなことしてる間に図書館についてしまった。

入り口の自動ドアをくぐると、その先は冷房がガンガン効いていて、

まさしくこの暑い夏を耐え切るためのオアシスだった。

この無料のオアシスを求めてうちの学校の生徒もちらほら目線に入る。

まあ半分はいつもの俺といっしょで寝にきてるみたいだが。

「悠……いきなり寝ちゃダメ」

「へいへい」

完全に読まれておる。

やはり今日は、寝ることは不可能なようだ。

しかしまあ、これだけ人がいると静が独りで行くのを嫌がるわけだ。

とくにうちの学生が多いってことは、静を奇怪な目で見る輩もいるわけで

気分のいいものでは無いだろうな。

しょうがない、今回は真面目に起きてますかね。

俺の心は無駄に使命感に燃え上がっていた。

しかしここにくると初めて静に会ったときのことを思い出すな。

……まあ正確には初めて静という存在を意識したというべきか。

そう、この場所で起きたちょっとしたハプニングが、俺に静を意識させるきっかけを与えてくれたのだった。

確か二年前の、時期もこのぐらいだったか。

宿題の調べ物でしかたなくきて、本を探して上を見上げたら……ああ、忘れられないさあの衝撃は。

そう忘れられるわけが無かった。見上げた先にあったスカートの中の……。

「バックプリント」

「!」

しま!つい口に!

しかも何故ちょうど、脚立を上り始めてますか静さん!

完全に最悪のタイミングだった。いや、言葉に出してしまったこともすでにやばいんだが。

若干高所からの、む、無言の圧力……。

こちらを向いた目が笑ってない。笑ってないですよ!

「……悠。あの本とって。もしくは殴らせて」

脚立を握る手に力がこめられているのがわかる。

しかもよく見ると脚立の握られている部分が微妙に変形していた。

や、やばい。マジで怒ってる。

ま、まさか見られたとか思ってるのか?……むしろ今日もなのか?き、気になる!

「悠……」

「わかった、わかった。とってくるからちょっと待ってろ」

これ以上の冗談は命の危険を伴うなこりゃ。この辺でやめておこう。

「後……」

「ん?」

「あれは忘れて……何度も言ってる」

「悪い」

そうはいっても忘れられるわけ無いだろ。

最悪とはいえ、あれは大切な人との出会いの思い出で、

俺にとって一番大切といってもいい記憶だ。

静が本気で忘れろっていうならそうしなくもないが……。

それはちょっと寂しくて、悲しかったりもした。

おっと、この本か。

本棚の最上段にあるちょっと分厚めの本を取り出し、脚立を降りて静へとわたす。

「ほれ」

「ん」

静の受け取り方がいつもより素っ気無いように感じた。

う~む、気まずい雰囲気になってしまったが……。

どうする?ここは一発おどけて空気を変えるか?

とも思ったが、ここは図書館だった。

そんなことしたら最悪追い出されて、静のご機嫌はますます斜めになってしまう。

しかし、静のことだ1時間ぐらいは調べ物をしているだろう。

1時間もこの空気、……俺がもたんぞ。

「はあ」

!!し、静様がため息をおつきになられておる。な、なんだ?何か言われるのか?

「別にいい……悠も狼だし、しょうがない」

「お、おう?」

許してくれてる……んだよな?というか狼って。

そりゃそういうことに興味が無いわけでもないですけど……。

まあ、なんだかんだいって静も大切な思い出として残してくれてるのかな?

うん、そう思っておこう。そう思いたいです……。

さて、少し頭を切り替えて席でも探すとするか。

ちょっと混んでるけど、え~と、空いてる席は……。

きょろきょろと視線を彷徨さまよわせていると、

本棚と観葉植物に囲まれている席が空いているのを発見した。

お、ちょうど人目の付きにくい席が空いてるな。

静のことだたぶんあそこに座るつもりだろう。

「ここでいい?」

やっぱり。

心の中で少しだけガッツポーズをしながら席に着く。

「ほいよ。それで、今日は何を調べにきたんだ?」

「夏休みの歴史の宿題。姉さんがこっそり教えてくれた」

いいのかよ、あのダメ教師……。

「悠はどうせ真面目にやらないだろうから、調べてやれって」

な!お、俺のためですか!ありがとう愛美姉さん。あなたは天使だ。

俺は肩膝を地面につけ、顔の前で手を組み、愛美姉の姿を浮かべた。

ああ、笑顔の愛美姉さんに後光と翼が見える。

「悠……コロコロ変わりすぎ」

……人の心読みすぎですよ静さん。

「悠は顔に出やすい」

なるほど、気をつけよう。

「それで直ったら苦労しない」

明らかに後半は読んでますよね!

まあいいや、俺のためにやってくれてるんだし、静の調べ物が終わるまで静かに待ちますか。

……ギャグじゃないよ?

ふう、後でなんか奢ってやろうかな。

そう思いながら俺は瞳を……だから閉じないって。


静の調べ物は予想通り1時間ほどで終わった。

俺はというと、一応寝ませんでしたよ。

というか、あの状況で寝たら何言われるか……。

静のことだから許してくれてるとは思っているのだがちょっと怖い。

まあそんなこんなでお礼やら、お詫びも兼ねて、どこかでお茶でもしようかと思いつつ近場の商店街へと足を運んだ。

都内ほどではないがお店はそこそこ充実していて、友達と買い物してはしゃぐ女子高生や、

買い食いしている男子グループなどもけっこう見られる。

そんな若者達がキャッキャウフフする中を、ウインドウショッピングしながら歩くこの状況は、

まさしく放課後デートという認識でよろしいんですよね?

意識すると顔がにやけてしまう。平常心、平常心。

「あ!」

雑念を振り払うように首を左右に振っていると、珍しく静が大きな声をあげ、一目散に駆け出した。

「ん?どうした?」

静が駆け寄った先は……ゲームセンター?

興味を示したのはどうやらクレーンゲームの筐体のようだ。

珍しいな、静がこういうものに興味をもつなんて。

静の後に続いて近づいてみると、筐体の中には見覚えのある猫を模したぬいぐるみが山のように積まれていた。

ああ、なるほど。

「ニャルーのぬいぐるみ。もうでてたのか」

ニャルーとは、某ネットゲームのマスコットキャラクターでかなり人気があるらしい。

というか、このキャラの人気でそのネットゲームはもっている、という噂もあるぐらいだ。

まあ正直、俺から見ると結構いかつくゲテモノ臭のする感じのキャラなのだが。キモかわいいという奴だろうか?

「かわいい……」

どうやら、俺のお姫様もその一人のようで。

ここで俺は妙案を思いついた。

うむ、ちょうどいい。さっきの恩返しといきますか。

ここでかっこよくぬいぐるみをとれば、恩返しにもなるし、俺の株も上がるという寸法だ。

「とってやろうか?」

「え……悠、できるの?」

なんかその、懇願と疑いの混ざったような眼差しが若干しゃくなのだが。

まあ、実際さほど得意じゃないけどさ……。

「なんとかしてみせるさ」

根拠の無い自信を振りまきながら財布から100円玉を取り出し、投入口に入れる。

すると、軽快な音楽が筐体から流れ始めた。

久々だなこの感覚。

そう、クレーンゲームなどやるのは久しぶりだった。

最後にやったのはいつだろうか?

確か中学の時に友達とやったのが最後だったと思う。

いきなり自信なくなってきたぞ。

……ええい!男は度胸!

自分を鼓舞し勢いよくボタンを押す。

狙うはなるべく近場のとれそうな奴。

1度目……みごとに玉砕した。

次は500円玉を投入する。

2~7回目……徐々に場所はあっていくが、なかなか上がらず。

軽くやけになってさらに500円を投入。

8~13回目……ほとんど進歩無し。

「なかなかやるではないかニャルー。面白い、俺は貴様をとるまで諦めんぞ!」

500円は無残に消え去った。しかたない、100円で弔い合戦と。

と100円玉を投入口に入れようした所でシャツの袖がクイクイっと引っ張られた。

「ん?」

引っ張られた方を向くと、そこには残念そうに俯く静の顔があった。

「もういい……大丈夫だから……」

そんな顔見せられたら、むしろやめれるわけ無いだろうが。

ええい、こうなったら破産覚悟で。

再度100円玉を投入口に入れようした所で再びシャツの袖がクイクイっと引っ張られた。

「絶対とってやるから安心しろ」

「……やめないなら、私も手伝う」

「手伝う、って言われてもな」

クレーンゲームで協力プレイなんかできないし……。

「私が指示をだすから、悠はそのタイミングで放して」

なるほど、その手があったか。

「OK。まかせる」

「ん」

「いくぞ」

俺の右手が最初のボタンを押し、クレーンが動き出した。

獲物にどんどんと近づいていくクレーン。そして。

「そこ」

静の言葉に合わせてボタンから手を放す。うむ、確かにいい位置だ。

「次、行くぞ」

2つ目のボタンを俺の右手が押し込む。

クレーンは動き出し、そして。

「そこ」

再び静の言葉で手を放す。止まったクレーンはニャルーめがけてアームを下ろしガシ! っと捕まえる。

「この感触なら」

ウィーンという音をあげながら上がるクレーン。若干揺れるもののニャルーが落ちる気配は無い。

が!問題は動き出す瞬間。ここで安心してはいけない。

先ほどからそれで何度苦渋を飲まされたか。

アームが上がりきり、クレーンが動き出す!

反動により揺れるニャルー。しかし今度は、落ちない!

俺たち二人が見守る中、クレーンは景品取り出し口の上の穴までゆっくりと戻り。

アームを広げる。

ぽとん。

「よし!」

無事穴を通り抜けたニャルーのぬいぐるみを取り出し、静に差し出す。

「ほら。やったな静」

ニャルーにうっとりした表情を浮かべた静は。ゆっくりと手を伸ばし、俺の手から受け取ると、力いっぱい抱きしめた。

「う~~~~~~ニャル~~~~~~」

俺にもまだほとんど見せたことの無い満面の笑みを浮かべながら頬ずりする静。

よっぽど嬉しいらしい。

おっといかん、静のそんな顔をみてたらニヤニヤしてきた。

そんな俺の表情に気づいたのか、静は少し恥ずかしそうにニャルーに顔を埋めた。

「……ありがとう……」

実はさっきのがなけなしの100円だったのだが、まあよしとするか。

とるまで諦めんって言ったじゃないかって?そりゃ、虚勢に決まってるじゃないか。

彼女の前でかっこつけたくなるのは当然だろ。

さて困ったぞ。今ので現在の手持ちは0だ。

おごるにおごれん……。

ニャルーで満足してくれるとは思うが、どこかでお茶でもと言ってしまった手前、このまま引き下がるのも。

う~む……ん?

ふと俺の視界にベンチに座った一人の少女が飛び込んできた。

年齢はたぶん小学生、少し赤みをおびたロングヘアーに、ワンピースと麦藁帽子という

どんだけベタなかっこうやねんとツッコミをいれたくなるような服装をしていた。

いや、別にそこはいいのだが、どうやら泣いているらしい。

母親とでもはぐれたのか?

ふむ……。

レディーが困って泣いているのはどうもほおっておけないな。

「静、ちょっと悪い」

「ん?」

俺はベンチに座っている少女の下に走り出した。

近づいてみるとかなり長い時間泣いていたのか、少女の顔は真っ赤で、声も少しかれている。

「どうした?お母さんとはぐれちゃったかな?」

「うっ、うっ、うっ」

声をかけても返事の一つも返ってこない。これは結構手ごわいかもしれんぞ。

「兄ちゃんその子の知り合いかい?」

声のしたほうを見上げると。そこにはモヒカン頭のいかつい感じの店員さんがいた。

しかもここ、アイスクリームショップか。

何故にアイスクリーム屋でバイトなど……。

「知り合いじゃないんすけど、ちょっと気になったもんで」

「そうかい。その子迷子みたいでよ、ずいぶん親御さん捜し歩いたみたいなんだが、

 見つからなくてよ、疲れてるみたいだからここで休ませてるんだが、

 泣かれてると商売上がったりで少し困ってんだ。どっかいけって言うわけにもいかねえしよ」

どうやらこの店員さん、見た目はともかく悪い人ではなさそうだ。

さてどうするか。母親が見つかるのが一番いいんだが、とりあえず泣き止ませるには……そうだ!

「お嬢さん、お名前はなんて言うのかな?」

「うっ、うっ、りさ……」

「理沙ちゃんか~いい名前だね~」

「……悠、会話内容が犯罪……ロリコン……しかも名前を勝手に漢字変換して……」

なんか酷いこと言われてるんですが……もしかして静さん怒ってらっしゃいます?

「ごほん。え~と、理沙ちゃんは何のアイスが好きかな?」

「うっ、うっ、い、いちご、うっ、うっ」

「よし、それじゃあストロベリーを、あ……」

しまった、俺、今、一文無し。

「……悠、はい」

差し出された静の手のひらには、おお!鮮やかに光り輝く500円玉!

「いいのか?」

「ん」

「それじゃあ、これでストロベリーを一つ」

「……私、バニラ」

「はいよ、ストロベリーに、バニラ一つずつね。……おまちどおさま」

「理沙ちゃん、はい」

理沙ちゃんの目の前にアイスクリームを差し出す。

「うっ、うっ、これ、は?」

「お兄さんの奢りだから遠慮なく食べていいぞ」

「……正確には私のお金」

「そこでちゃちゃいれんでも」

「正しいことを言っただけ」

やっぱり、なんか怒ってらっしゃいますよね?

「くれる、の?」

「ああ」

「わあ~~~~」

俺の手からアイスを受け取ると、理沙ちゃんは一生懸命食べ始めた。

一心不乱に笑顔でアイスを食べる少女の光景。うむ、いいものだ。

「おいしい?」

「うん!ありがとうお姉ちゃん!」

どうやらこのぐらいの年齢の少女でも、誰がお金を出したのかは理解しているようだ。

け、結構しっかりしておりますね理沙ちゃん。

「それじゃあ私も」

理沙ちゃんの横に座って自分のバニラアイスを食べ始める静。

……このキラキラ輝いた夢のような光景。いかん、ちょっと興奮してきた。

「……悠、変なこと考えたら絶交」

「ぐは」

「変なことって?」

「理沙ちゃんはまだ知らなくていいことだよ~。というか考えとらんわ」

「……悠は顔に出やすい。さっき言った」

凄く言葉の端々に棘を感じるのは何故ですかね静さん?

「兄ちゃんも大変だな」

「ええ、それなりに」

「まあ、がんばれ」

「はい」

店員のお兄さんに慰められてしまった。う~。


その後、すぐに理沙ちゃんの母親は見つかり彼女は笑顔で去っていった。

まあ、最後までお礼は言われなかったんですけどね。

「ありがとうお姉ちゃん。またね~」

これが最後の一言で、結局感謝されていたのは静だったりする。

どうやら俺はただのかませだったらしい。

そんで今は帰り道の土手を歩いているところ。

まあ俺の家はこっち側を通らなくてもいいんだが、静の家にいくにはこっちのほうが近いから。

で、その静さんなのですが、どうも機嫌が悪いようでして、沈み行く綺麗な夕日をバックに

ぴりぴりしたオーラが漂っているという状況。

なんか俺、やらかしたか?

機嫌が悪くなったのは、理沙ちゃんにあってからあたりなんだけど……まさか本当にあれか?絶交か?

と、とりあえず問いただしてみるか。

「なあ静、俺なんか悪いことしたかな?」

「……別に、悠は悪くない」

「じゃあなんでそんなに棘棘しいんです……かね?」

突然静が立ち止まる。あ、あれ?俺、さらに地雷踏んだ?

「悠は私のこと、好き……だよね?」

振り向きながら言われたその一言はあまりに不意打ち過ぎて、俺の鼓動は一気に跳ね上がった。

「い、いきなり、ど、どうした?」

めんと向かってそういうこと聞かれると流石に恥ずかしいんだが。

「時々不安になる。悠は優しいから……私のことも同情じゃないかって」

……ああ、静のこの態度の理由がなんとなくわかった。

「なんだ、理沙ちゃんに嫉妬でもしたか」

「!べ、別に、そういうのじゃ……ない」

色恋沙汰に対しての静の正直な反応は本当に可愛くてたまらん!とか言ってる場合でもないか。

「心配すんなよ。俺はお前のこと大好きだから」

「うん……」

あ、あら。本気で言ってるのにその対応は結構傷つきますよ静さん。

やれやれ、久々に静の人間不信が顔を出しちまった、ってところか。

「ふう、それに同情で告白とかするかよ。俺、そんなに安っぽい男に見えるか」

「……見える」

ゲフ!い、今のは痛いぞ。

「それで救える人間がいるなら100人でも200人でも告白しそう。……だから怖い」

その……悪い意味ではないんだよな。

確かに、困ってる人がいると見過ごせないタイプだが……。

どうやら静は、好きになった理由が同情で、いつかもっと不幸な人が現れたら俺がそっちに

乗り換えるのではないか?と思っているようだ。

俺は静だから好きだというのに。

しょうがないなこいつは。

「静」

静の両肩に手のひらをやさしく沿え、そのまま一気に顔を近づけ唇に唇を重ねる。

「!」

静の唇はとても柔らかかった。それにさっきのバニラアイスのせいかとても甘い味がする。

……やべえ、予想以上に興奮してるんだが……ここは我慢だ。

これはそういう卑しい気持ちのあるキスじゃ……だめだ、もう離さないと無理。

少し名残惜しいが唇を離す。同時に、静の口からため息がもれたのが聞こえた。

どうやら静も同じ気持ちでいてくれたようだ。

「これが俺の、お前に対する気持ちだ。……少しは安心したか?」

「……うん、安心……した……気持ち……伝わった……でも、悠の顔……見れない……」

俯いていてよく見えないが、たぶん静の顔は真っ赤になっているのだろう。

やばい、顔がニヤニヤする。

「まったく、おまえは本当に可愛いな」

「馬鹿……いじわる……卑怯者……」

ひ、酷い言われようだな。

「でも……好き……大好き」

静の、普段見せないひまわりのような笑顔に俺はどきっとした。

そしてこの笑顔を、守りたい、護らなければならないとそう思った。

俺は自然と静の体を手繰り寄せ、抱きしめる。

「!え、えと、えと、あの……」

俺のもとから離れぬように、離さぬように、優しく、力強く。

「悠……恥ずかしい」

静にそう言われて、はじめて自分が長い間静を抱きしめていたことに気づいた。

静の真っ赤な顔の感じからして、どうやら通行人の視線が痛いらしい。

「ああ、悪い」

「悠は悪くない……嬉しかったし……でも」

「それ以上は言わなくてもいいよ。ごめんな」

「ん」

いまさらながら恥ずかしくなってきたな……。

ふと空を見上げると、すでに星が輝きを放ち始めていた。

時間も時間だし、そろそろ

「帰るか」

「ん」

静の手が俺の方へと突き出される。

俺はそれを自然と握り歩き始めた。

このたわいもない日常がずっと続けばいい。

これからも静との思い出を増やしていければいい。

二人でゆっくりと帰路を歩きながら、俺は切実にそう願った。

そして俺はいつも通りにおまじないの言葉を呟いた。

「明日もいい日でありますように……」



始めまして、鏡紫朗きょうしろうというものです。初投稿作品ですがお楽しみいただけたでしょうか。ここまで読んでいただいた方はお解かりでしょう。かなり長編小説です!気合入ってます!長くお付き合いいただけると幸いです。悠樹も静も喜びます。感想どしどし待ってます。……が、戦闘シーンがねえじゃねえか!とか、1話めから言うのはやめてください。ちゃんと出てきますから!それでは次話をお楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ