第十一話 目覚める雷帝
「はああぁぁあ!」
雪が右腕を振り上げると共に、魔力の刃がウェーバーへと迫る。
ウェーバーは動じること無く魔力のシールドでそれを防いだ。
「まだです!」
地面を蹴り、高く飛び上がりながら何もない左手に魔力の短剣を作り出した雪は、それをウェーバー目掛けて突き刺した。
「くだらんな」
つまらなそうに腕を振り上げ再びシールドを作るウェーバー。それを見て雪がにやりと笑った。
雪はウェーバーの真上でなく、目の前に着地すると体を右に回転させ、無防備なウェーバーの右わき腹目掛けて短剣を突き刺す。
「く!」
少し焦った表情を浮かべたものの、その不意打ちを軽くいなし、雪目掛けて反撃の一撃を繰り出す。
それを軽々と避けた雪は距離を一度離した。
「思ったよりはやるようだな」
「お褒めに預かり光栄ですね」
2人の戦闘が始まってから今のが5回目の仕切り直し。
ウェーバーからの攻撃は未だ無く、雪の攻撃もウェーバーの体にかすりもしない。
戦況は5分と5分……と言うわけにはいかないようだ。
雪は額に汗を浮かべ、軽く息を乱しているのに対して、ウェーバーの表情は最初とまったく変わっていない。
雪の不利は明確だった。
助けに行きたい。
しかし、俺の能力は防御の力。雪と一緒に戦おうとこの状況が打壊されることはまず無いだろう。
しかも俺の体は雪に刺された傷でボロボロだ。
今だって雪の戦闘を見守るのが精一杯で、いつ気絶してもおかしくない。
また俺は何もできないのか。
悔しさに唇を噛みしめる。
「そろそろ諦めたらどうだ小娘」
「……どういうことですか」
「自分でもわかっているのだろう。私に攻撃は通せても、殺すことはできないと」
ウェーバーの言葉に、雪の眉が微かに動いたのがわかった。
「そうですね。私の魔力ではあなたに致命傷を与えることはできないでしょう」
俯き立ちつくす雪。
「それでも!」
自分を鼓舞するように大きな声をあげ、両手を握りなおす。
「このまま黙って悠樹さんを殺させたりなんかしない!」
再び地面を蹴り、ウェーバー目指して駆け出す雪。
「やれやれ。強情なお嬢さんだ」
困ったように右手の人差し指と中指を眉間に押し当てるウェーバー。
それと同時に左手を肩の辺りまで持ち上げ、割れたガラスから剣を作り出す。
俺の直感が告げた、あいつは次の一撃でこの戦いを終わらせるつもりだと。
しかもあんなガラスで作った剣一本でだ。
要するに、それだけの実力差が2人にあるということなのだろう。
たぶんこのままいけば、雪は確実に殺される。
「ゆ……!」
雪を止めようと声をだそうとするが、肺からだされたのは空気ではなく大量の血。
どうやら雪に刺された中に肺も混ざっていたようだ。
「か……はっ!」
冷静になったとたん息苦しさに襲われ、呼吸と共に意識まで持っていかれそうになる。
{このまま意識を失うわけには}
傷口に指を突っ込み、激痛で無理やり意識を戻し呼吸を止め目を見開き、目の前を凝視する。
ウェーバーが剣を振り抜き、その剣戟を雪がスライディングでかわし後ろに回りこんでいる。そんな状況だった。
驚きと安堵に俺の瞳は限界を超えて見開き無駄に痛い。
驚いたのはウェーバーも一緒だったのか、目を見開いている。
背後に回りこんだ雪は跳ね起きると、その力を利用し体を回転、ウェーバーのわき腹目掛けて刃を突き出す。
その時俺は気がついた。雪の目が真っ赤に輝いていることに。
「この小娘が!いい加減に!」
雪に二度も攻撃をかわされたことに腹を立てたのか、怒声をあげながら剣を振った反動を利用して、
無理やり背後の雪へと剣戟を延ばす。
しかし、それすらも読んでいるかの様に右手の刃を落とすと、自由になった右手でウェーバーの左手を掴み、
その反動を利用して宙返りの要領で剣戟をかわす。
ウェーバーの頭上を獲った雪は、脳天目掛けて左手の刃を突き刺す!
が、その攻撃はギリギリのところで回避され、今度は逆にその左腕を掴まれ力任せに地面へと叩きつけられる。
「かっ!」
肺から搾り出された空気の音と共に、雪の体はぴくりとも動かなくなった。
「なるほど。そういうことか」
右腕一本で雪の体を軽々と持ち上げながら呟くウェーバー。
「近未来視の連続使用とは。まったくとんでもないお嬢さんだ」
雪があれだけの動きを軽々とこなした理由が俺にもやっとわかった。
未来視を連続で使うことによってウェーバーの動きを先読みし、あれだけの動きを無理やり可能にしていた。
そういうことだったのか。
「しかしそれも限界のようだな。まあ、使えたところで今の状況では何もかわりは無いわけだが」
唇から血を流しぴくりとも動かない雪の喉元に刃が突きつけられる。
そう限界だ……雪の能力も、たぶん体も。
助けないと、想いとは裏腹に、俺の体は当然動かない。
無力さに苛立つも地面を叩く気力すら俺の体には残っていない。
祈るしかなかった。
誰か雪を助けてやってくれと。
右手をゆっくりと伸ばす。意味が無いとわかっていても伸ばす。
「雪ちゃん!目を覚まして!」
藤村の悲痛な叫びが聞こえる。そうだ、雪はあいつの親友なんだ。助けないと、雪を助けないと。
あいつに大切な人の死に場所なんか見せられない。あの時の俺みたいな思いはあいつにさせちゃいけないんだ。
伸ばす、伸ばす、伸ばす、伸ばした先を魔力の波が駆け抜けていく。
それはウェーバーの右手に直撃したと共にウェーバーを吹き飛ばし、雪の体は地面へと放り出された。
ああ、よかった。安堵と共に体から一気に力が抜ける。もう限界だ。
冷たい廊下に体が投げ出される寸前、俺の体は細長い暖かなものによって受け止められた。
「よくがんばったな悠樹」
聞き覚えのある声に微笑が漏れた。そう、やっと来たのだ。俺の師匠が。
「おそ、ゲホゲホ!」
「無茶するな馬鹿者」
愛美姉にしては珍しい優しい声音と体を包む淡い光が俺を安心させる。
この感覚は、そうだ静の……。
「ほら終わったぞ。いつまでぼーっとしてる」
強烈な平手打ちによって天国から意識を引き戻される。
「いてて。死に掛けの人間になんてことするんだよあんた」
「傷は大体治したぞ」
声もでるし、少し体も痛むが何とか動かすことができる。
「と言っても大体だからな。後は静に治してもらえ。そっちの分野は私の専門外だ。
それにおまえにかけてる時間もあまりとれそうに無いしな」
ゆっくりと歩き出した愛美姉は雪の前で止まり、体を抱え起こすと俺と同じように回復魔法で
傷を治し始める。
「んん……如月先生」
「よくがんばったな倉島。それに藤村も。後は私に任せておけ」
雪の応急処置を終わらせ、壁にもたれかからせると、
ウェーバーの正面に立ち直り、左手でメガネの縁をくいっと押し上げる。
冷静に対処する愛美姉の動きにあっけにとられたような表情で立ちつくす藤村。
あれ?確かあいつウェーバーの操り人形に拘束されてたはずじゃ?
いつの間に抜け出したんだ……。
そんな疑問はあるものの、今はそんなことを気にしてる場合じゃなかった。
「さて、私の可愛い教え子達、……と妹を散々痛めつけてくれたようだな。この貸しは高くつくぞ」
静のことは数に入れようか悩んだな……。
「貴様も魔術師のようだが、たかが教師ごときに何ができる」
「……魔術師のくせに私を知らないのか?いや、逆に考えれば私の知名度も思っているほど高くないのかもしれんな……。
しかたがないそのたかが教師の力見せてやろうじゃないか」
唐突にメガネ、そして髪を結んでいたリボンを外す愛美姉。
次の瞬間、大気が震えだし感じたことの無い魔力の大きさに息が詰まる。
何が起き……!
体がいうことをきかなくなり、全身の毛が逆立つ。これは……静電気?
愛美姉の体が帯電を始め、雷が愛美姉の頭部を穿ち爆音が鳴り響く。
あまりの眩しさに両腕で目を覆う。
……爆音が鳴り止み静寂が周囲を包む。
なんだ今の……それよりも愛美姉は!?
ゆっくりと目をひらいた先に立っていたものを見て俺は息を呑んだ。
全身に雷と膝裏まで届くほどの長い金髪を纏った女性。
静に悪いと思いながらもその後姿はあまりにも美しく、まるで女神の様で俺は目を放せなかった。
「その金髪、青い瞳、電撃……なるほどおまえが青き雷帝か」
「やはりこっちの姿にならないとわからないと言うわけか」
愛美姉は首と腕をポキポキと鳴らしウォーミングアップを済ませると、左腕に膨大な量の雷を発生させた。
「私が誰かわかったところで悪いが、一瞬で決めさせて貰うぞ」
次の瞬間、愛美姉の姿はウェーバーの目の前に移動していた。
走ったのだと……思う。しかしそのスピードはあまりにも速く、俺の目にはまるでワープしたようにしか見えなかった。
ウェーバーもその姿を捉えられていなかったのだろう、目を見開きつつ慌てて後ろへと跳躍する。
が、愛美姉はそれよりも速くウェーバーの顔面を鷲掴みにし引き寄せる。
「言い残す……暇は与えん!」
おい!
愛美姉の左手から開放された雷はウェーバーの全身を駆け巡り、筋肉やら細胞やらをズタズタに引き裂いていく。
その威力は凄まじく、悲鳴をあげることすら許されぬまま焼け焦げた肉片へと化しウェーバーは絶命した。
あまりのできごとに息を呑む。
これが愛美姉の本気……
ようするにあれを敵に回したらああなるというわけか。
戦闘訓練でも愛美姉がかなり手を抜いていたのは感じていた。
しかし、しかしだ。まさかこんなに強いだなんていうのは予想の範囲を逸脱していて……
だめだ考えがまとまらない。
「まあ安心しろ。おまえにこの力を使うことはないさ」
いつの間にか元の姿に戻った愛美姉が優しく微笑みながら近づいてくる。
その言葉と表情に安堵し息を吐く。
「……たぶんな」
不吉な一言に再び俺の体が震え上がる。
「フフフ、冗談だよ。そもそも、そんなことをしようものなら静が黙ってないだろうし、私だって静には嫌われたくないからな」
そう言ってクシャクシャと俺の頭を撫で回す愛美姉。
不思議な感じだった。
よく考えて見れば俺には両親の記憶というものが殆ど無い。
物心ついた頃には叔母の家へと預けられ歳の近い義妹と一緒に暮らしていたのだ。
伯母は優しかったけど頭を撫でられたりした思い出は無かった。
だからまるで愛美姉が本当の姉さん、いや、母親の様な錯覚すら覚えた。
「母親は少し言いすぎじゃないか?これでもまだ20代なんだがな」
「あ……その……ごめん」
「まあいいさ。それともこのまま母親のように抱きしめてやろうか?ん?」
意地悪な笑みを浮かべながら大きな胸を強調しつつ迫る愛美姉。
「いや、そ、それは」
しどろもどろしながら後ずさる俺。
静への罪悪感を覚えつつも息を呑み目を奪われる。
「悠!」
俺の一番大切な人の声が聞こへてきたのは愛美姉の大きな胸が眼前へと迫り、頬へと触れそうになったその時だった。
我に返った俺が後ろを振り向くと、そこには息を切らしながら全力で走ってくる静の姿があった。
「静!無事か?」
走ってきた勢いのまま俺の背中に抱きついた静は、そのまま首筋に顔を埋めた。
「……バカ、それは私のセリフ。こんなにボロボロになって」
そこには少しだけ、ほんの少しだけ嗚咽が混じってて……。
「……わりい」
反射的に俺は謝ってしまった。
「……いい、それが悠のいいところだから。でも……やっぱりバカ」
「わりい」
静の感触を確かめる。この瞬間が生きているんだと、生き残れたのだという実感を与えてくれる。
「ところで悠樹、静、無事を確かめ合ってるところ悪いんだが2人の手当をしてやってくれないかな」
愛美姉の言葉で我に返ると傷口が開いたのか、腹部に痛みが戻ってきた。
「いつ!」
「悠!大丈夫!?」
「ああ大丈夫だ、それよりも」
そう言って俺は反対側で壁にもたれかかっている倉島へと視線を送る。
「倉島の……雪の手当を先にしてやってくれないか」
俺が雪と呼び直したことに少なからず動揺を隠せなかったのか、静の体がビクッと反応したのがわかった。
静がそういう反応を見せることは100も承知だったが、それでも今だけは、
俺の、俺達のために頑張ってくれた倉島のことを雪と呼んでやりたかった。
「……わかった。少しだけ待ってて」
ヤキモチやきの静のことだ、納得はしてないのだろう。
それでも俺から離れると倉島の横に座り込みながら治療を開始する。
「全くお前は女に愛想をふりまきすぎだぞ」
「すいません。それでもこれが俺のポリシーですから」
そう、あの時俺は誓ったんだ……何があっても大切なものを守るって。
「そこがお前のいいところでもあるからな。ただ、程々にしないとほんとに静に刺されても知らないからな」
「ええ、気をつけますよ」
ふとした瞬間俺は気がついた。この場にもう一人女の子がいた事を。
「藤村は……何処に行った?」
先程までこの場にいたはずの腐れ縁の同級生の姿は……すでになかった。
どうもお久しぶりです、1年半ぶりの投稿となります。絶対続きが来ないと思っていただろ、残念だったな!……す、すいません、冗談です、帰らないで(´;ω;`)ブワッ。ゆっくりではありますが投稿を再開しようと思いますので、新規さん、実は楽しみにしてたとか、いないと思いますが奇特なかたがいらっしゃいましたら改めてよろしくお願いします。




