11
樹海に入る。
討伐対象はスライムだが、他の魔物もうようよいるので奥に行くほど注意が必要となる。
スライムは天敵が極端に少ないので増えやすく、ちょくちょく間引く必要があるらしい。
「あ、スライム見っけ。えぅぅ、かわいいよぅ」
「周囲の警戒はー」
「わたし達がやるからー」
あれ?いつもなら、最後にカリンちゃんが締めるのに、どうしたのだろうと見ると、ニヒルな表情で喉をかっ切るジェスチャーをしてサムズダウンした。
それ放送禁止のやつーっ!!!
カリンちゃんってば時々過激なんだからーっ!
「えっと………【ファイアボール(火球)】」
手の平から放たれた炎の塊がスライムに飛んでいく!
しかし当たらず通り過ぎて消えた。
心なしか、スライムが首をかしげているように見える。
「おしいー」
「もっかいー」
「やれー」
「【ファイアボール(火球)】」
結果は同じ。
スライムは元気にぴょんぴょん跳ねている。
『ボクに当ててごらん、スララ~』とでも言っているようだ。
「ナナー」
「目つぶったらー」
「当たんないよー」
だって、倒したくないんだもん!
「ほらー」
「もっかいー」
「がんばー」
えぅぅ、この世界で生きていく為には自衛できた方がいいんだから、やんなきゃ…っ!
「ファイアボール!ファイアボール!ファイアボール!」
下手な鉄砲も数撃ちゃ………当たらなかった。
今度は目を瞑らなかったのに!全部ハズレ!
掛け声の威勢とは裏腹に、火の玉はヘロヘロだったし。
「何やってんだ?」
スライムに夢中になってて、人が近づいている事にも気づかなかった。
これが獰猛な魔物だったら取り返しがつかなかったかもしれない。
「あれー?」
「アデル達だー」
「なんでー?」
「この樹海の調査だ」
本当は『影』の報告でナナ達のことが心配だったから近くに行ける依頼をわざわざ受注したくせにと、サイラスとレスターはによによした。
「お前達は討伐か?」
「そだよー」
「スライム狩りとー」
「ナナの特訓ー」
「へえ、ちょっとやってみろよ」
アデルはナナがテイマーだと思っているので『よわよわ』だと認識している。
迷宮に潜るには、少しでも強くなった方がいい。
少し、アドバイスできればと思っていた。
もっかいチャレンジするも、見事に全部外した。
森で火属性魔法は止めろと注意するまでもない貧弱な火の玉。
ワザとかと疑うほど外す腕前。
逃げる様子のないスライム。
最弱の魔物に危険だと思われていないナナ。
「どこからツッコんだらいいんだ…?」
アデルのつぶやきに、サイラスは真面目に思考を巡らせた。
「…生き物を殺すのが苦手なのか?」
サイラスはナナの深層心理を見抜いた。
「それもあるし、スライムかわいい。もっちもちなんだよ、もっちもち!まるっこいフォルムで手の平に乗せたら少しひんやりしてて丁度いい重量感。ゼリーみたいな見た目なのにサラサラスベスベ。見て良し、触って良しの奇跡の生き物だよ!」
「お、おう…」
魔物の良さを熱く語る、テイマーあるあるである。
「なら、石でこれを狙ってみろ」
レスターが7,8メートル離れたところで木に盾を立てかけた。
石を3つ拾って投げた。
全部外した。
「……それ以前の問題だな」とサイラス。
ただのノーコンだった。
笑い転げるアデル。
泥団子を投げつけてやったが、もちろん外した。
「やめろ、笑い殺す気か!」
「…………ワザとだもん」
サイラスとレスターも吹き出した。
「ナナー」
「最初はやっぱりー」
「”ひのきのぼう” なんだよー」
カリンちゃんが渡してきたそれは、握るところに布が巻き付けてあるだけの棒きれ。
まごうことなき”ひのきのぼう” だった。
気づけばスライムが集まっていた。
何やらこちらを見物しているのではないかという雰囲気なのだが…
先程から狙っていた1匹に近づく。
逃げずにその場でぴょんぴょん跳ねている。
こんなにかわいいのに、狩らなきゃなんないなんて!
覚悟を決めて、大きく振りかぶった。
「~~~~~~~~~えぃっ!」
ぽよん。
大して力の入っていない一撃は見事に弾かれた。
「………………むりぃぃぃぃぃ」
涙目でシロクマちゃん達を振り返ると、3匹とも手に”ひのきのぼう” を持っていた。
大丈夫、まかせてと言わんばかりに大様に頷く3匹。
そして見物していたスライムをスッと見据える。
一瞬にして場を支配する緊張感。
見合って見合って…………はっけよーい…………のこった!
スライム達は蜘蛛の子を散らすように慌てて逃げていった。
逃げて!超~逃げて!
とはいっても、スライム10体分の魔石を集めないと、討伐クエは失敗となる。
そもそも、このゆるい討伐クエは若葉マークの付いた新人冒険者に割り振られる、いわば適性検査のようなもの。
今後、どんな依頼を振り分けてもらえるのかに関わってくる。
「はっ、皆てんでバラバラ。このままじゃ遭難しちゃうよ!」
「はい、ストップ」
走り出そうとした私のケープのフードを掴むレスター。
「ここは樹海。パニクって来た道を逸れると戻れなくなるぜ」
「でも、シロクマちゃん達が!」
「魔獣が迷子になるなんて聞いたことねぇな」
ん?それもそうかも。
「ところで、アデル達の調査って?」
「受付で言われただろ?樹海の奥深くまでは立ち入るなって。最近、この樹海で変な目撃例があってな。そいつの捜索だ」
「何がいるの?」
「見たこともない、半透明の巨大な化け物らしいぜ」
「ヒュージ・スライムだったりして」
「だとしたら厄介なんで、オレ達が来たってワケだ」
普通のスライムはほぼ無害なのに、ヒュージまで成長すると熊も飲み込んじゃうらしい。
人間なんてペロリだ。
「やっぱ、シロクマちゃん達が心配…」
戻っておいで、と声を掛けるも無反応。
「こんな浅い場所にはいねぇだろうが…」
さっきから、妙に静かだった。
森の全ての生物が息を潜めているような…
「隠れろ」
サイラスの声に従う。
正面から何かが来ると言うので、各々木の影に入って身を隠した。
音がする。
凶暴な唸り声ではなく、子供の声?
「「「い―――――――――や―――――――――――っ!!」」」
シロクマちゃん達が泣きながらこっちに向かって走ってくる。
デジャヴ…
カリンちゃんがコケてしまった。
咄嗟に飛び出して助け起こして抱っこした。
が、その場で固まってしまった。
シロクマちゃん達を追いかけてきたモノは、まさに化け物だった。
肉食獣と、蛇と、蝙蝠と、蝿を混ぜたキメラ。
蛇の首の先には、鹿の角を持つ人間の顔。
私の顔の高さに合わせるように目と鼻の先にそれはあった。
まるで見つめ合っているかのようではあったが、視線は交わっていない。
それは私の目の更に奥を覗いているようだった。
なんて美しいのだろう…
純粋に人を怖がらせる事だけを目的としたデザインは潔く、機能美にあふれている。
神々しさすら感じられる。
恐怖を追求したら、こうなるのか…
恐怖に、『人』の要素は不可欠なのか……
「ナナ…っ!!!」
アデル達が3人で一斉に斬りかかった。
が、まるで切れない包丁で固まり肉を切断しようとした時みたいに、少し切れ込みが入っただけで肉がぐにょりと歪んで刃が弾かれる。
もともと剣は日本刀と違って刃が厚めで斬るより叩き割る事を目的としている。
そんな剣でこの化け物の弾力の強い肉体を断ち切るのは難しい。
っと、いかん。見惚れている場合じゃない。
目の前の化け物の背中から、複数の触手が出てきた。
先端が人間の手になっていて、私達を捕まえる気満々だ。
手は巨大なので、人間くらい片手で握りつぶせるだろう。
どこまでも伸びる手は素早く、木々を盾にしても追ってくる。
木にぶつかりそうになる度に分裂するので、追手が倍々ゲームで増えていった。
避けるのも無理になり、咄嗟に剣を振るい、触手を切り落とす。
分裂して細くなっていたので何とか切る事ができた。
落ちた触手は粘性を失った水となり、地面に染み込まれていく。
シロクマちゃん達に誘導されて茂みの中に隠れたが、このままではじり貧だ。
どうしたらいい?
自分にできることはないかと思考を巡らすも、一向にいい手は思い浮かばない。
ふと、化け物の動きが止まった。
触手を全部体に戻し、停止したのだ。
アデル達は距離をとり、肩で息をしていた。
それは一瞬だった。
化け物の体中から棘が生えた。
そしてまた元に戻したのだが、その先端にはスライムが刺さっていた。
そのまま体内に吸収されていく。
もしかして、あれはヒュージ・スライムなのでは?
スライムをスライムが食べて進化したのでは?
【擬態】を取得した特殊個体なのでは?
切り落とされた触手の分をスライムを捕食することによって補っているのでは?
スライムがたくさん集まっていたのは、あの化け物から逃げていたからじゃないの?
様々な疑問が脳裏を過ぎるが、今はそれどころじゃない。
今ココで倒さないと、大きな被害が出るかもしれない。
けど、私にはあんなスピードで動けないから出て行ったところで足手まとい。
「ちょっくらー」
「行ってくるー」
「ナナはここに居てー」
えっ、倒せるの!?
カリンちゃんが光線銃で雷を撃ち込み、ビリビリと痺れている隙にイチゴちゃんが巨大化してハンマーを叩き込み、倒れ込んだところをラムネちゃんが切り刻んだ。
やったか!?
縁起の悪いフラグだとしても、言いたくなるセリフだった。
だからというワケではないだろうが、化け物は立ち上がった。
そして、2度目の棘。
それはスライムを捕食するのではなく、シロクマちゃん達を突き刺した。
「………い…………やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
ブローチからステッキを取り出した。
「【フィールド(結界)】」
閉じ込めたのは化け物。
隔絶されたおかげで、棘は折れた。
地面に倒れたシロクマちゃん達に【エリアヒール(範囲回復)】をかける。
刺さったままだった棘が押し出され、完全に排出されると傷が塞がった。
むくりと起き上がる3匹。
「助かったー」
「まいったー」
「痛かったー」
よかった。
急所は外れていたのか。
安心したら、沸々と怒りが湧いてきた。
衝動のままステッキの魔石に魔力を溜め、閉じ込めたままの化け物に向けた。
「あ、そうだ」
腹はぐつぐつと煮え滾っていたが、頭の芯の部分は妙に冷めていて、『証拠』を残さなきゃと思った。
ラムネちゃんにカメラを渡し、化け物を数枚撮ってもらう。
いや、一緒に写らんでいい。
ピースしてる場合か。
はいはい、戻っておいで。
「んじゃ、シロクマちゃん達を傷つけたことは許さん。地獄に堕ちろ【インフェルノ(地獄の業火)】」
結界の中で燃え上がる化け物。
魔力を込め過ぎたせいか、自分で張った結界が壊れそうだ。
力を逃がす為、結界の上だけ開けた。
勢いよく立ち上る火柱。
化け物は完全に焼失した。
「魔石まんまるー」
「もしかしてー」
「スライムだったー?」
燃えた地面の上を「あちあち」と言いつつも歩いて拾ったのは化け物の魔石。
シロクマちゃん達はアイテムボックスから通常のスライムから取った魔石を取り出した。
透明で、真珠くらいの大きさだ。
対して先程の化け物の魔石は、色こそ透明で同じだが、大きさは野球のボールくらいあった。
シロクマちゃん達から受け取った大きい方の魔石と、写真を2枚アデルに渡す。
「えっ……いいのか?」
途中から空気だったアデル達はばつが悪そうにした。
「もち。だってアデル達のお仕事でしょ?」
「いや、トドメを指したのはお前だし…お前がギルドに報告すれば…」
「何言ってんの?たまたま私がトドメを刺しただけ。皆で戦ったんじゃない」
私はほとんど隠れていただけだし、アデル達が切り落とした触手が水になったのを見たから火属性の魔法で攻撃しようと思ったんだし、そもそもみんな森を破壊しないように上級魔法を使わなかったんだし、などと畳みかけた。
アデルはまだ完全に納得していないようだったが、物は受け取った。
「ところで、これ凄ぇな。魔道具か?」
「迷宮遺物だよ。このカメラで写したものが写真ね」
「お前、何でそんなに迷宮遺物持ってんだ?」
「エルフさんが商売下手だからなんじゃないかな」
「ひとつもわからんな」
「それにしても、豪快に燃やしたな。ちゃんと戦えるじゃないか」とサイラス。
「シロクマちゃん達の敵はかわいくないもん」
かわいいか、かわいくないかの2択で殺生を決めるのか。
子供の判断は恐ろしいな。
男性陣は遠い目をしたが、シロクマちゃん達をまとめてギュっとしているナナは気づかなかった。
「無事でよかった……もう、無茶しないで」
「ナナー」
「ごめんねー」
「泣かないでー」
えぅぅぅぅ、泣くよぉ。
死んだかと思ったんだよぉ。
今だって、真っ白な毛が赤くなってるトコあるんだよぉ。
心臓が凍ったよぉ。
幼女+3匹はアデル達と冒険者ギルドに帰ってきた。
また応接室に連行された。
「つまり、ヒュージ・スライムの変異体だったと?」
ギルマスは写真と魔石を見比べて唸った。
ヒュージ・スライムなんてただの食欲の塊だぞ。
捕食した人間の記憶を読み取って混ぜ合わせて変身したというのか!?
食欲から共食いを行うとは、ヒュージ・スライムはまるで罪の塊だな。
「こいつらにも労災手当として少し出してやってくれ」
わお。気が利くね、アデル。
「そうだな。それにしても、お前等しょっちゅう何かに巻き込まれてんな?」
「そうなのかな?」
「気にしてねぇのなら大丈夫だな」
殆ど消えていたが、ナナが泣いたであろう事は気づいていたギルマスは出されたお菓子をもっしゃもっしゃ食べる様子を見て深く追求しないことにした。
「そうだ、スライムの討伐に行ったんだろう?一緒に処理しといてやるから魔石、今出せ」
「あいー」
「ほいー」
「そいー」
シロクマちゃん達は3つずつ出した。
「1個足りねぇな?」
受けたのは、スライム10体の討伐だった。
顔を見合わせる3匹。
青い顔で顔を横に振る。
どうやら本当に足りないらしい。
「しまったー!化け物退治の所為で確認するの忘れてたー!」
討伐クエ、失敗か……
「そこにあるじゃねぇか」
アデルが指差すのは、野球ボール大の魔石。
「ああ、これもスライムだったな。おめでとう、討伐クエ成功だ」
その日の夕食で、ナナはおかずを1個アデルに貢いだのだった。




