婚約者は令嬢を蔑ろにするのでこちらから捨ててさしあげます〜ブーケとリバーシで世間を楽しませる〜
ラフィリカは、ため息をそっとついた。
この世界に転生してきて、早十年。
ようやく掴んだ婚約者の座が、風前の灯火のようだ。
目の前には、愛らしい顔をした婚約者。
シャリオンと、その腕にぶら下がる従妹のマエリス。
「シャリオン様、わたくし、あのバラの花が欲しいですわ!ラフィリカ様もそう思いますでしょう?」
マエリスが上目遣いでシャリオンを見上げ、そしてラフィリカにまで同意を求めてくる。
その瞳には、悪意がちらりと見えた。
ストレス過多。
ラフィリカは内心で舌打ちをしたが、表情には出さない。
「マエリス様は、本当に可憐でいらっしゃいますね。わたくしには、そのような無邪気さは持ち合わせておりませんので、共感しかねますわ」
ラフィリカはにこやかに答えた。
シャリオンは眉をひそめ、ラフィリカを咎めるような視線を送る。
「ラフィリカ、マエリスに何を言っているんだ。マエリスはただ純粋なだけだろう」
「あら、シャリオン様。わたくしはただ、マエリス様の愛らしさを称賛いたしましたのよ? それとも、シャリオン様は、わたくしが純粋さに欠けていると仰いたいのでしょうか? 婚約者であるわたくしに対し、そのような物言いをされるのは、少々心外でございますわね」
ラフィリカは笑顔のまま、シャリオンを射抜くような視線を送った。
シャリオンの顔が、みるみるうちに青ざめていく。
マエリスはきゅっと唇を結び、ラフィリカを睨んだ。
「ラフィリカ様は意地悪ですわ!」
「まあ、マエリス様。わたくしは事実を述べたまででございます。ご自身の感情を正直に表現なさることは、素晴らしいことかと存じます。しかし、それを他者にぶつけることは、いささか幼いかと存じますわ」
ラフィリカは首をかしげ、まるで幼い子供を諭すかのように言った。
マエリスの顔が真っ赤になり、ついに涙目になる。
シャリオンが慌ててマエリスを慰める。
「ラフィリカ、もうやめろ! マエリスを泣かせるな!」
「え?シャリオン様?わたくしはマエリス様を泣かせた覚えはございません。ご自身で涙を流されただけかと存じます。まさか、シャリオン様は、他者の感情すらもわたくしの責任にされるとお考えでいらっしゃいますの?それでは、わたくしはシャリオン様の感情の波に、常に翻弄されなければならないということになりましょう。そのような婚約関係は、わたくしには少々重荷でございますわね」
ラフィリカはすっと立ち上がり、シャリオンとマエリスを一瞥。
「わたくしは少し、お茶の準備をしてまいりますわ。お二人でごゆっくりなさってくださいませ。ただし、あまり長居なされますと、周囲の目が気になりますわよ。特に、婚約者がいる身でありながら、他の女性と親密になさるのは、はしたないことかと存じますので、お気をつけあそばせ。失礼いたします」
にこりと笑い、そして優雅にその場を後にすれば、残されたシャリオンとマエリスは、顔を見合わせ、呆然としていた。
ラフィリカは、両家の親が揃う場で、これまでの出来事を証拠と共に訴える決意をした。
シャリオンの実家である侯爵家の広間は、重苦しい空気に包まれていた。
向かい合うソファには、シャリオンの両親と、ラフィリカの両親が座っている。
シャリオンとマエリスは、広間の隅で俯いていた。
冷静な面持ちで口を開いた。
「本日は、皆様にお集まりいただき、誠にありがとうございます。わたくし、ラフィリカは、この場で皆様に、シャリオン様との婚約について、いくつかお伝えしたいことがございます」
言って、懐から一通の手紙を取り出した。
それは、マエリスがシャリオンに宛てた、ラフィリカの悪口。
婚約を破棄してほしいという内容の、甘ったるい文面の手紙だ。
「これは、先日、シャリオン様の執務室で偶然発見いたしました、マエリス様からシャリオン様への恋文でございます。内容は、わたくしへの誹謗中傷と、婚約破棄を促すものでございますね。わたくし、このようなものが、ごく自然に執務室に置かれていることに、大変驚愕いたしましたのよ?」
声は静かだが、言葉には明らかな怒りが宿っていた。
シャリオンの母親が、顔色を変えてマエリスを睨む。
マエリスは、びくりと肩を震わせた。
「また、こちらは、シャリオン様とマエリス様が、わたくしを無視し、まるでわたくしが存在しないかのように振る舞われている際の、使用人たちの証言をまとめたものでございます。皆様、ご存知の通り、わたくしはこれまで、シャリオン様やマエリス様の、度重なる無礼な行いを、寛大に受け止めてまいりました。しかし、度を越えた行為は、看過できかねます」
さらに、侍女が記録していた、シャリオンとマエリスの密会の日時や場所。
その際の、シャリオンのラフィリカへの冷たい態度について、詳細に記された日誌を提示した。
筆跡鑑定の結果も添付されており、それがシャリオンとマエリスの筆跡であることも示されていた。
「これらは、わたくしがこれまで、お二人の行いを静観してきた中で、集めさせていただいた証拠の数々でございます。わたくしは、婚約者として、シャリオン様を信じ、尊重してまいりました。しかし、このような状況が続く中で、わたくしの心は深く傷ついております。わたくしは、これ以上の心労に耐えることはできません。申し訳ございません」
静かに、毅然とした態度で言い放った。
ラフィリカの父親が、怒りを滲ませた声でシャリオンの父親に詰め寄る。
「これは一体どういうことですか、侯爵殿! 我が娘が、このような不誠実な扱を受けていたとは、到底許しがたい!」
シャリオンの母親は、真っ青な顔でシャリオンを叱責し、マエリスを強く咎めた。
シャリオンは顔を覆い、マエリスは泣き崩れる。
「ラフィリカ様……わたくし、わたくしは……」
マエリスが何か言いたげにラフィリカを見たが、冷たい視線を向けた。
「マエリス様、貴女の稚拙な演技に、これ以上付き合うつもりはございません。ご自身の行いが、どれほど他者を傷つけるか、今一度お考えになるべきかと存じます。シャリオン様。わたくしは、このような不誠実な方と、今後の人生を共にすることはできません。つきましては、大変残念ではございますが、この婚約を、白紙に戻させていただきたく存じます」
ラフィリカは、深々と頭を下げた。
その言葉は、広間に響き渡り、誰もが息をのんだ。
シャリオンが顔を上げ、絶望したようにラフィリカを見つめる。
だが、ラフィリカはもう、彼に何の感情も抱いていなかった。
婚約破棄後、ラフィリカの生活は一変。
かつての窮屈な日々とは打って変わり、彼女はまさに悠々自適という言葉がぴったりな毎日を送っていた。
自由を謳歌するように。
朝は、小鳥のさえずりで目を覚ます。
以前は社交界のしきたりに合わせて慌ただしく準備していたが、今は好きな時間に好きなだけ眠り、好きな時間に起きる。
朝食も、これまでのように形式ばったものではなく。
庭で摘んだハーブを使った、ハーブティーを淹れ、焼きたてのパンをゆっくりと味わう。
午後は、もっぱら読書と庭の手入れに時間を費やした。
前世の知識を活かし、この世界のハーブや植物について深く学ぶことに没頭。
時には、珍しい植物を探しに、街外れの森まで足を延ばすこともあった。
護衛の騎士は「お嬢様、あまり奥まで行かないでください」と心配そうに声をかけるが、ラフィリカはにこやかに「大丈夫でございますわ」と答えるだけ。
社交の場に出ることはほとんどなくなった。
たまに開かれるお茶会に顔を出すことはあったが、以前のように気を遣う必要はないのだ。
シャリオンやマエリスの話題が出ることもあったが、ラフィリカは涼しい顔で受け流した。
「あら、皆様。わたくしには、そのような過去のしがらみは、もう関係ございませんのよ。わたくしは、今を、そして未来を生きておりますもの」
そう言って微笑むラフィリカの姿は、周囲の目には自信に満ち溢れ、輝いて見えた。
読書や庭の手入れ以外にも、ラフィリカは新たな興味を見つけていた。
それは、薬学。
前世の知識とこの世界の植物の知識を組み合わせ、様々な薬草を調合する実験を始めたのだ。
最初は簡単な風邪薬や塗り薬からだったが、次第にその腕を上げる。
やがては、貴族の間でもラフィリカの作る薬が評判になるほどになった。
「ラフィリカ様のお作りになる軟膏は、本当に素晴らしい効き目ですわ!」
そんな声を聞くたびに、ラフィリカは満足げに微笑んだ。
誰かに認められる喜びは、婚約者だったシャリオンから得られなかった、真の充実感をもたらしてくれた。
また、以前は禁止されていた乗馬も再開。
広大な屋敷の敷地内を、愛馬と共に風を切って駆け抜ける爽快感は、さらに解放させた。
時折、婚約者候補を連れてきた父親に「少しは婚活もしては?」と言われることもあったが、にこやかに答える。
「お父様、わたくしは今が大変幸せでございますわ。焦る必要はございませんもの」
ラフィリカの顔には、一片の曇りもなかった。
かつて理不尽な扱いに耐えていた少女は、今、自分の力で新しい人生を謳歌している。
悠々自適な日々を送るラフィリカは、ある日。
ふと前世の記憶にあるボードゲームを思い出す。
白と黒の石をひっくり返すシンプルなルールながら、奥深い戦略性を持つゲーム、リバーシ。
「これなら、この世界でもきっと楽しめるはずだわ」
ラフィリカはすぐに、リバーシの盤と石の制作に取りかかった。
絵を描くのが得意だった彼女は、まずデザインを考える。
盤は木製で、マス目は丁寧に彫り込み、石は黒檀と牙石で作成。
これは、象の例のものにそっくりな石。
どちらも加工しやすい上質な素材であり、見た目の美しさも兼ね備えている。
領地の腕の良い木工職人を呼び出し、ラフィリカは自身の頭の中にあるゲームの設計図を熱心に説明。
「このマスは、正方形に。そして、この石は片面が黒、もう片面が白になるように、正確に削り出していただきたいのです」
「は、はい」
職人は最初は戸惑っていたが、ラフィリカの熱意と明確な指示に、やがて興味を抱き始めた。
「これはすごいですっ」
「ふふ、そうですわよね」
数日後、試作品が完成した。
手触りの良い木製の盤と、艶やかに磨かれた黒と白の石。
出来栄えに満足げに頷く。
いずれ貴族社会に広がる熱狂を、作り出した瞬間。
完成したリバーシを、まず自身の侍女たちに教えてみた。
最初はルールに戸惑っていた彼女たちも、一度理解するとその面白さに夢中になった。
「お嬢様、もう一度!今度こそ勝ちますわ!」
そんな声が屋敷のあちこちで聞こえるようになった。
ゲームが多くの人々に受け入れられると確信。
ある日。
親しい貴族のお茶会に招かれた際、ラフィリカは手作りのリバーシSと名付けて、盤を持参した。
「皆様、わたくしが考案いたしました、新しい盤上遊戯でございます。ルールは至って簡単。石を置いて、相手の石を挟むと、自分の色にひっくり返せるのです」
最初は戸惑っていた貴族たちも、ラフィリカの説明を聞きながら実際にプレイしてみると、その戦略性に魅了された。
特に、頭を使うことが好きな者や、勝負事が好きな者たちの間で、瞬く間に人気に火が付く。
「これは面白い!」
「もう一戦!」
お茶会の席は、リバーシSの熱狂に包まれた。
貴族たちは競ってラフィリカにリバーシS盤の制作を依頼。
ラフィリカの屋敷には、注文が殺到した。
最初は趣味の延長だったリバーシS作りは、やがてラフィリカの新たな事業となる。
彼女にさらなる、富と名声をもたらした。
元婚約者に冷遇され、世間の目に怯えていたラフィリカ。
今や自らの知恵と才能で、貴族社会に新たな娯楽をもたらす、流行の仕掛け人となっていた。
ラフィリカが考案したリバーシSは、瞬く間に貴族たちの間で大流行。
連日、屋敷には注文が殺到し、ラフィリカの事業は目覚ましい成功を収めていた。
一部、その恩恵を享受できない者たちがいる。
他でもない、シャリオン侯爵家とその親族である。
ラフィリカは、リバーシSの販売に際し、ある厳格な規則を設けていた。
「シャリオン様に連なる侯爵家、およびその血縁関係にある方々への販売は、一切行いません」
この規則は、口頭で伝えられるだけでなく、職人たちや販売を代行する商人たちにも徹底して通達。
領地の職人たちは、ラフィリカへの絶対的な忠誠心から、指示を忠実に守った。
街の商人たちも、ラフィリカの圧倒的な人気と、彼女が支払う報酬の高さから。
この奇妙な規則を疑問に思うことなく遵守。
シャリオン侯爵家の者たちがリバーシSを手に入れようと試みても、結果は常に同じだった。
「申し訳ございません、お客様。こちらは、特定の家系の方々への販売は、固く禁じられております」
店主たちは皆、丁重ながらも断固たる態度で言い放った。
最初は偶然かと思っていたシャリオン達侯爵家の面々も。
何度試しても、同じ返答が返ってくることに、やがて苛立ちを募らせ始めた。
シャリオン侯爵家の人々がリバーシSを手に入れられないという事実は、彼らを焦燥と屈辱に陥れる。
社交界では、どこに行ってもリバーシSの話題で持ちきり。
「昨日の夜会では、リバーシSで盛り上がって、夜が明けるのも忘れてしまいましたわ!」
「本当に面白いわよね!今度、我が家でも盤を用意して、皆様をお招きしましょう」
そんな会話が耳に入るたびに、シャリオンは眉間に深い皺を寄せた。
婚約者だったラフィリカが考案したゲームが、自分たちだけ手に入らないという状況。
彼のプライドを深く傷つけた。
唇を噛む。
特に、周囲の貴族たちが「シャリオンは、まだリバーシSを経験なさっていないのですか?」と、憐れむような視線を向けてくることが、耐え難かった。
マエリスもまた、状況を理解し苦しんでいた。
思う存分ラフィリカを虐げ、シャリオンを独占していたはずなのに、今やラフィリカは自由に、華やかに輝いている。
「どうしてよ!」
自分たちが楽しむことのできない「ラフィリカのゲーム」が、社交界の話題の中心になっている。
シャリオンの母親は、使用人を遣って、あるいは自ら店に赴いてリバーシSの購入を試みたものの、門前払いされるばかりだった。
「一体どういうことなの! 侯爵家の者が、たかがゲーム一つ手に入れられないなんて!」
彼女は激怒したが、ラフィリカが徹底した販売網を築いているため、どうすることもできなかった。
ラフィリカがその場にいないにもかかわらず、彼らはまるで、ラフィリカに蔑まれているかのような屈辱感を味わっている。
ラフィリカは直接何も言わないが、その行動が、彼らへの最大の仕返しとなっていたのだ。
リバーシSの人気が貴族社会で確固たるものとなった頃、ラフィリカは、さらなる高みを目指した。
単なる娯楽に留まらず、その戦略性と奥深さを広く知らしめるため、リバーシS大会の開催を企画。
「皆様に、リバーシSの真の面白さ、そして知的な駆け引きの醍醐味を味わっていただきたいと存じます」
この発表は、貴族社会に大きな衝撃と興奮をもたらした。
腕自慢の貴族たちは、こぞって参加を表明。
大会の優勝者には、特別に製作した豪華なリバーシS盤と、名誉ある称号が贈られることに。
大会会場は、ラフィリカの広大な屋敷の中庭が選ばれた。
色とりどりの旗が飾られ、特設の観客席が設けられる。
試合の様子を間近で見られるように、巨大なデモンストレーション用のリバーシS盤も用意された。
観客は息をのんで盤上の攻防を見守る。
大会の運営にも抜かりなかった。
公平性を期すために、厳格なルールを定め、審判も配置。
試合が進むにつれて、観客たちの熱気は最高潮に達した。
「大成功ですわね」
歓声とため息が交錯し、中庭はまるで熱狂的な劇場と化す。
大会当日、シャリオンや侯爵家の人々は屋敷の外から、中の熱狂を肌で感じていた。
耳に届く歓声や拍手の音は、彼らにとって痛烈な皮肉として響く。
「また催しが成功している……!最悪だっ」
シャリオンは、自分の不甲斐なさに苛立ちを隠せない。
自分の婚約者であり、蔑ろにしていたはずのラフィリカが、今や自分たちとは全く別の、輝かしい世界を築いている。
社交界での居場所は、リバーシSを介してラフィリカの話題で持ちきりだ。
自分たちが参加できないその輪の外で、シャリオンたちは疎外感を味わうばかり。
マエリスは、悔しさで唇を噛み締めていた。
窓の隙間から見える中庭の賑わいは、かつての自分には手の届かなかった、ラフィリカの圧倒的な存在感を象徴している。
自分たちがいくら望んでも手に入らないリバーシS。
考案者が主役として輝く大会。
シャリオンの母親は、顔を青ざめさせていた。
これまで築き上げてきた侯爵家の名声が、ラフィリカという一人の女性によって。
静かに、確実に侵食されていることを感じていた。
リバーシS大会の成功は、活力を与える。
知的な刺激だけでなく、手作業で美しいものを作り出す喜びを再認識した彼女は、次に花に心を惹かれた。
庭で丹精込めて育てた花々を眺めているうちに。
それらを束ねて、誰かを祝福したいという思いが募っていった。
「わたくしの庭の花は、皆、とても生き生きとしていて、見ているだけで心が安らぎますわ。これを、大切な日を迎える方々にも届けられたら、どれほど喜ばれることでしょう」
そう思い立つ。
すぐにブーケ作りの研究を始めた。
花の種類、色合わせ、そして花言葉。
前世の知識も参考にしながら、この世界の様々な花の特徴を学んだ。
特に力を入れたのは、花が持つ意味。
ただ美しいだけでなく、贈る相手へのメッセージを込めたブーケを作りたいと考えたのだ。
まず、屋敷の庭をさらに拡張し、珍しい品種の花々を育てるための温室をいくつか建設。
熟練の庭師たちと協力し、季節ごとに最も美しい花が咲き誇るよう、徹底した管理を行う。
彼女自身も毎朝。
花の状態を確認し、優しく声をかけるのが日課となった。
ブーケ作りは、ラフィリカにとって瞑想のような時間。
一輪一輪、花の表情を見極め、それぞれの個性が引き立つように配置していく。
時には、何時間もかけて納得のいく形を追求することも。
最初のブーケは、親しい友人の結婚祝いに贈られた。
純白のユリに、誠実を意味する青い勿忘草。
幸福を願う、ピンクのバラを添えた、繊細で優雅なブーケ。
ブーケを受け取った友人は。
美しさと、込められた花言葉に深く感動し、涙を流して喜んだ。
「ラフィリカ様、こんなに素敵なブーケは初めてですわ! まるで、わたくしたちの未来を祝福してくださっているようです!」
その評判は瞬く間に広まった。
特に、結婚式や洗礼式、誕生日。
人生の節目となる大切な場面で、ラフィリカの作るブーケが求められるようになる。
彼女のブーケは、ただの花束ではなく、贈る側の心と。
受け取る側の喜びを繋ぐ「魔法」として認識され始めたのだ。
ラフィリカは、ブーケ作りの注文を受ける際、必ず相手の生い立ちや、贈る相手への思いを丁寧に聞き出す。
その情報に基づいて、一つ一つ、心を込めて唯一無二のブーケを制作した。
その一つ一つのブーケが、贈られた人々の心に温かい記憶を刻み、彼女自身の幸福にも繋がっていた。
ラフィリカが手掛けるブーケは、瞬く間に貴族社会の新たな話題の中心となった。
リバーシSが知的な娯楽として広まった一方、ブーケは感情を伝える芸術品として、人々の心を掴んだのだ。
これまで、花は装飾品の一つであり、ブーケも形式的なものがほとんど。
このブーケは違う。
彼女が作るブーケには、目には見えない物語が込められているように感じられたのだ。
「ラフィリカ様のブーケは、本当に魂が込められていますわね。わたくしの娘が結婚した際、ラフィリカ様にお願いしたブーケが、あまりにも美しくて、皆が涙しましたのよ」
「ええ、私も先日、友人の誕生日祝いに贈ったのですが、その友人が、ブーケに込められた花言葉の意味を読み解いて、大変感動してくださいましたわ。ラフィリカ様は、まるで花の精のようです」
貴婦人たちの間では、ブーケが一種の、ステータスシンボルとなりつつあった。
大切な人への贈り物や、特別な日の飾り付けには、もはやラフィリカのブーケが欠かせない存在となっていったのだ。
彼女の屋敷には、連日、ブーケの注文と、その美しさに感嘆する貴族たちが訪れた。
ブーケに対する熱狂は、女性貴族だけにとどまらない。
これまで花にあまり関心のなかった男性貴族たちも、ラフィリカのブーケが持つ意味に気づき始めた。
「私はこれまで、花などただの飾りだとばかり思っていましたが、ラフィリカ様のブーケには、確かに人の心を動かす力がありますな」
「うむ。私も妻への結婚記念日の贈り物に、ラフィリカ殿のブーケを贈ったところ、大変喜んでくれた。花でこれほど感謝の気持ちを伝えられるとは、驚きだ」
彼らは、ラフィリカのブーケが、単なる美しさだけでなく。
贈る側の、真摯な気持ちを伝える媒体であることを理解し始めた。
ラフィリカのブーケは、これまで花を贈る習慣がなかった男性貴族の間でも、新たな贈り物の選択肢として定着していったのだ。
本人は、貴族たちの称賛を穏やかに受け止めていた。
彼女にとってブーケ作りは、人々の心を豊かにし、幸福な瞬間を彩るための大切な営み。
「次はなにをしようかしら?」
ふつりと笑う。
評価が、彼女の自信と活動の幅をさらに広げていくことにつながっていた。
⭐︎の評価をしていただければ幸いです。