第99話 唯舞の考察(1)
「……えぇと、まず最初に、私のいた世界――というより、国の話をさせて下さい」
そう前置いてから唯舞はゆっくりと話し始める。
「私の生まれ育った国は、周囲を海に囲まれた島国で……長い歳月、他国からの侵略にもあまり脅かされずに独自の文化を築いてきた、そんな国です。そんな文化の中で最も特質すべき点が"八百万の"……あぁ、この言葉はダメかな……えっと、多くの神々との共生でした」
「神々、ということは複数の神がいたということよね?」
「そう、ですね。800万の神がいると言われていました」
「「「はっぴゃくまん?!」」」
保護者組の声がハモって、唯舞は慌てて両手を振る。
「いえっ、正式な数ではなくて、自然やありとあらゆるものに神様がいるという考え方でして……! それこそ深紅さんが書いたあの封本の表紙は、私の国では神が宿るなんて言われるくらいに古くから大事にされてきたものなんです」
そう、それは日本独自の「神道」に根差す価値観。キリスト教や仏教とは違う、厳格な教義ではなく、"生き方"としての日本古来からある信仰の一つだ。
「仮説でしかありませんが、私の国と、このイエットワーには共通点が多い気がして……もしかしたら、関わりのある世界なんじゃないかなって思ったんです。……特に神話の世界と」
そう言った唯舞は一呼吸置いて、物語を紐解くよう語りだす。
「おとぎ話にはなりますが、遥か昔、神々がまだ身近にいた時代の話です。生命を司る太陽神が、狼藉者の弟に怒って岩の洞窟に閉じこもってしまったことがありました。太陽がなくなった世界は闇に包まれ、作物も育たず、多くの厄災が広がって……だから、困った他の神々は知恵を出し合い、封じられた岩の洞窟の前で踊ったりして太陽神の興味を引いて、何とかこの世界に太陽神を呼び戻したんです。……これって、どこか今のイエットワーの状況に似ていませんか?」
「……理力の乱用により太陽の化身が消え、以降、不作や砂漠化などの災厄に見舞われだしたということか」
アヤセの答えに唯舞はこくりと頷く。
「中佐が偶然太陽の化身のことを知ったように、リドミンゲル皇国も何かのキッカケで太陽の化身のことを知ったのかもしれません。そしてこのイエットワーで起こる災厄が化身が消えた影響なのだと気付き、失われた化身を喚び戻そうとしていたのなら……」
「……それが聖女召喚だっていうのか? 奴らは自分の国が豊かになる為じゃなく、星を救済する為にミクや嬢ちゃん達みたいな聖女を異界から召喚していたっていうのかよ?」
オーウェンの言葉に唯舞は少しだけ考えながらも、可能性として提示を続けた。
「仮説ですが、あり得るかなって。もしも手がかりになるとしたらその古文書だと思うんですけど、えぇと……カイリさんが座標を書き換えた時には何か気付きませんでしたか?」
「ごめんなさい。確かにあの時中身は見たけれど、それらしい記述は記憶にないわ」
「うん。俺も一緒にいたけど、古文書自体がかなり古かったし掠れ部分も多くて。あの短時間では召喚紋を探して書き換える時間しかなかったから」
「そう、ですか」
道を塞がれたような気分で唯舞は少し肩を落とした。
ここまで接点が多い二つの世界なのに、全てが仮説でなんの確証も得られない。
「あ、でもね? 覚えていることはあるわ。召喚紋のそばに"大地にかえりたい"って書いてあったの」
「…………"かえりたい"、ですか?」
「えぇ、喚び寄せの陣のはずなのに、何故"かえりたい"って書いてあるんだろうって不思議に思ったのよね。なんだったかしら……"分かたれし愛しきたかまが"って……」
「!」
カイリの言葉に唯舞の鼓動が跳ねあがる。
日本神話において"たかまが"に続く言葉なんてこれしかないのだ。
(高天原……!)
やっぱりこの世界は日本に繋がるのだと唯舞は確信した。
「……分かったのか?」
「恐らくは神々が住まうとされた聖域の名です。あるいは、太陽神の加護を受けた日本の比喩なのかもしれませんが」
「じゃあ"かえりたい"って……! まさかあの紋、本来は召喚する為じゃなくて自分達が元の世界に帰るための帰還紋だったとでもいうの……?!」
カイリの言葉に、唯舞はこくりと頷いた。
きっと、ある日を境に太陽神から切り離された人々は、女神の統治する高天原に帰りたいと願ったはず。
そんな彼らは必死に帰り道を探し、神々の時代には散見された不思議な力……恐らく神と人が近かった故の神の加護によってあの帰還術式を編み出したのだ。
けれど、この世界は陰陽の陽を持つ太陽神から切り離された陰の世界。
帰るための帰還紋は反転し、"喚びこむ"召喚紋となってしまった。
そうして帰還を願いながらも幾重にも召喚を繰り返したこの世界は、他世界・多文化を喚び寄せ吸収しつつ、ついには希った太陽神の異界――現代の日本までもを、喚び寄せてしまったのかもしれない。




