第98話 想う気持ち~ロウ~
(……本気で気付かない奴っているんだな)
男の自分から見ても、まぁまぁ整った容姿を持つアヤセに一瞥をくれたロウは静かに立ち去る。
旅館への納品帰りに姿を見つけたから声を掛けたのだが、あまりにも無様で見ていられなかった。
別に敵に塩を送ったつもりはない。だが、あまりにも滑稽すぎて思わず言ってしまったのだ。
――唯舞の事が好きなのだろう、と。
父リッツェンとアルプトラオムの少佐だといったカイリの話で、唯舞がリドミンゲル皇国の聖女だということはなんとなく分かっている。
十数年に一度現れるという聖女は、召喚国でもあるリドミンゲル皇国を豊かにし、ザールムガンド帝国とも互角に争い続けられるほどの加護を授けてくれる、女神のような存在だ。
そんな聖女が、なぜ敵国の特殊師団アルプトラオムと行動を共にしているのかは分からないが、父は深く追求しなかった。恐らくきっと、自分が知りえぬ何かしらの情報を持ってはいるんだろう。
今までの彼らの様子を見るに、敵国の聖女でもある唯舞に危害を加えるつもりはなく、逆に過保護すぎるくらいに守っているようだった。
"あの子の幸せとあの子の身の安全は、今は同じ場所にはないの"
そんなカイリの言葉は、案外、真実なのかもしれない。
「……イブさん」
ほんの瞬き一つ、一秒にも満たない時間。
唯舞を初めて見た、あの藤色の瞳と目が合った時の衝撃をロウはまだ忘れられそうにない。
ロウの世界が、唯舞と二人きりになったかのように止まった、あの瞬間を。
さすがに勢い余ってプロポーズしてしまった時はリッツェンにも呆れられてしまったが、困ったように笑う唯舞の姿さえロウには可愛らしく、眩しかった。
朝のほんの少しの時間、最後の日の出を甘酒と共に楽しんだ時間は、短いけど、とても優しくて。
でもそれが崩れた時、ロウは唯舞のすぐ隣にいたのに動けなかった。
血の気の引いた唯舞を抱き止め、己を顧みず彼女を救ったのは、きっと一緒にいたアルプトラオムの人間。
あの時はまるで時間が止まったように感じて、目の前で唯舞が倒れてしまったというのに、あまりの突然さに指先一つ動かなかった。
ロウも、アヤセさえも。
男の様子からしてあの時の唯舞は危ない状況だったのかもしれない。
それでもカイリに声を掛けられるまでアヤセは動けなかったし、唯舞が抱き上げられて旅館に戻っていくまで、ロウもその場から一歩も動けなかった。
「――咄嗟に動けないんじゃ、駄目だよなー……」
カイリの言うとおりだ。
確かに唯舞はアインセルでの生活を気に入っていたし、この国の文化も彼女に合っていて、一緒にいるのは楽しかった。
あの時失敗したプロポーズだって、時間を掛ければもしかしたら挽回できるのかもしれない。
だがきっと、それだけでは駄目なのだ。
今のロウには知らないことが多すぎるし、それはきっとあのアヤセも一緒で。
カイリ達がいなければきっと、今の唯舞は守れないのだと、そう痛感した。
そんな現実を突き付けられたロウは、唯舞にこの国に留まって欲しいという言葉をどうしても伝えられない。
あのアルプトラオムが四人がかりで守っている唯舞を、ロウがたったひとりで守れると思えるほど自惚れてはいないから。
だからこそ、苛ついた。
唯舞のそばにいて、隣で彼女を守るだけの強さがあるくせに。
自分の想いにも気付かず、周囲を牽制するだけのアヤセが。
理力も持たない、ただの一般人の自分では到底敵わない、そんな自分よりも手の届く場所にいるというのに。
勝ち目がないと分かっていても、あんな腑抜けがライバルではそう簡単に諦められそうにもなかった。
けれど、どんなに想いを連ねても今は時間がない。
互いを知り、言葉を酌み交わす猶予さえもない。
離れてしまう唯舞のそばにいられるのは、想いを自覚してるロウではなく、無自覚なアヤセなのだ。
それが無性に悔しくて、無性に腹立たしくて。
煌めく満天の星空に八つ当たりするかのようにロウは吐き捨てた。
「フラれちまえばーか」




