第98話 神話に繋がる世界
こぼれ落ちた言葉に、バラバラだったピースが集まるような気がした。
茫然とした様子で呟いた唯舞の言葉にアヤセ達の意識も集まる。
そうだ。豊穣の力も、癒しの力も、言われてみれば繋がるのだ。日本神話になら。
豊穣を司る神々は大国主命や豊受大神など複数存在する。
だがしかし、そんな彼らさえ日本神話でもっとも有名な生命と光の象徴でもある女神には敵わない。
弟の素戔嗚尊に怒り、天岩戸に隠れてしまった最高神の一柱でもある、太陽神。
「"天照、大神"……?」
その名を唯舞が口にした途端、光の洪水が体を攫うかのように一陣の風となり駆け抜けた。
咄嗟にエドヴァルトが反応したが唯舞の体が光ったのはほんの一瞬だけで、残った光が理力の残滓のようにキラキラと降り注ぐ。
「唯舞ちゃん! 体は?!」
放心状態の唯舞のそばにエドヴァルトとオーウェンが急ぎ駆けつけるが見たところ唯舞に変化はなかった。
その代わり――
「……エドヴァルト。お前の理力はどうなっている?」
「はっ?! え、あ……?」
ふいにアヤセに問われて動揺していたエドヴァルトは一瞬戸惑った。
だが、自身の状態を意識してみればアヤセの言葉の意味を理解し驚愕する。
唯舞への理力譲渡で五割まで減ったエドヴァルトの理力は、朝から夕方まで落ちるように寝ても八割までしか回復しなかったというのに。
それなのにさっきの瞬きに近い一瞬の時間で、理力が完全に回復しているのだ。
アヤセの顔を見れば、恐らくきっと同じだったのだろう。
「唯舞、さっきのは」
アヤセに問われてハッと意識を戻した唯舞が困ったように視線を彷徨わせる。
さっきのことを問われても、唯舞にだって何が何だか分からない。
なぜなら唯舞は、ただ、古代神の名を口にしただけなのだ。
(……神? ……そういえば、このイエットワーに来てから……)
精霊の話はよく聞くが、神の存在を唯舞は聞いたことがなかった。
あのリドミンゲル皇国だって国教として崇めているのは星と精霊と聖女であり、神ではないことに気付いたのだ。
「あ、の……中佐。……この世界に、神、はいないんですか?」
遠慮気味に口を開いた唯舞にアヤセは少し考える素振りを見せる。
「そうだな……しいて言えば、星自体を神と捉えることはあるが……だが、基本的には星と精霊だけで神という概念はあまりないかもな。以前ならば上位精霊より格上の、太陽の化身と呼ばれるものはいたらしいが」
「……太陽の……化身?」
「あぁ。だが戦争が始まり理力が枯渇し出した時には消滅したのだとそう精霊が言っていた」
「へぇ、それは俺らも初耳じゃねぇか?」
「そうね、聞いたことがないわ。精霊は基本的に自由気ままだから自分が話したい事しか話さないもの」
「太陽の化身、ねぇ……アヤちゃんはなんでそれを知ってるの?」
「以前、俺の理力量ならば、あるいは化身と契約できたかもしれないと契約精霊に言われたことがある」
「あぁ……なるほど」
どうやらアヤセ以外はその太陽の化身の存在すら知らなかったようだ。ということは、精霊よりも高位な存在であるはずの太陽の化身は、この世界ではポピュラーなものではないのだろう。
名も知られずに消えてしまったという太陽の化身。
日本神話でも、かの有名な『天岩戸伝説』では天照大神が岩戸に隠れて太陽が消えてしまったことがあった。
だがあの時は、天細女命を始めとした神々が協力して女神を岩戸の中から呼び戻しこの世界に太陽が戻ってきたはずだ。
(でもこの世界には神はおろか、太陽の化身さえもいない。ならばここは…………太陽が消えてしまった世界?)
国を豊かにし、増幅と回復を司るという豊穣の聖女。
日本文化が色濃く残るアインセル連邦。
薄桃花と呼ばれる桜の木。
十二支によく似た十三精。
よく似た言葉に伝わらない古い言葉。
そして、消えてしまった名もなき太陽の化身。
ここまで揃って、このイエットワーが日本と無関係だとは思えなかった。
星自体を神と捉えるならば、この世界はひとつの神の世界と言っても過言ではないはずだ。
『天岩戸伝説』は光と闇……陰と陽のような対極の象徴でもある。
ならばもしも、唯舞の育った日本が太陽が戻った陽の世界で、この星が岩戸に取り残された陰の世界だったのなら。
「……ごめんなさい。私も多分、よく分かってなくてぐちゃぐちゃで。何となく分かりそうなんですけど、ちゃんと説明できない気がします」
情報だけは泉のように出てくるのにうまくまとまらない。
理解より先に繋がっていく回路に脳がパンクしてしまいそうで、唯舞が苦しげに眉を寄せればそっとアヤセが指先だけで唯舞の髪を撫でた。
「構わない。考えるだけより言葉に出したほうがまとまる時もある。……とにかく今思っていることを言ってみろ」
そうアヤセに促されて、唯舞はオーウェン、エドヴァルト、カイリに一度視線を向けてからもう一度、力を抜くように息を吐き、思考をまとめるようにたどたどしく口を開いた。




