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第96話 羨望


 後の記憶はあまりないのだとエドヴァルトは苦笑する。

 予定通りレヂ公国に向かえば、カイリが予め連絡してくれていた親戚・大公アーサーが出迎えてくれたのだが、彼も一目で異変を察したようだ。


 すぐにヴァシリアス区内、カイリの母方ハーバーリエン家の別邸に向かい、出迎えてくれた管財人(スチュワード)のヒューイに部屋を準備してもらうとオーウェンは付きっきりでエドヴァルトのそばにいた。

 今の状態のエドヴァルトを一人にするわけにはいかなかったし、()()あった時に対応できるのは、回復と筋力に長けたオーウェンだけだったからだ。


 別室で、事の詳細をアーサーに説明したカイリはそのままアティナニーケへの報告も同時に済ませ、二国間で協議した結果、今回の事は何も無かったことと秘匿とすることが確定した。

 リドミンゲル皇国が召喚していた聖女の命を不当に扱っていた事実は、(くだん)の聖女も大地に還ってしまった今、(おおやけ)にしても世界に混乱を招くだけと判断されたからだ。

 エドヴァルトも、その決定に異を唱えることはなかった。

 

 

 「その後は、深紅(みく)が作った封本をアーサー様に頼んで市場に流してもらった。俺の手元に置いておくにはキツすぎたから……必要な人間の元へ届く封本の性質を信じて、手放した。そうしたらさ、すごいよね。13年も経ったのに、ちゃんと唯舞(いぶ)ちゃんが見つけてくれた」



 真っすぐにこぼれ落ちた唯舞の涙の痕に労わるように触れてから、心から安堵したように笑ったエドヴァルトは立ち上がってアヤセのほうを向く。



 「その後はアヤちゃんも知っての通りだよ。ニケが皇帝となった時……ちょうどアヤちゃんが入隊した年にアルプトラオムは出来た。あの師団は俺が真正面からリドミンゲルに対抗できるようにというニケなりの配慮でさ。人員配置も俺の好きにしていいって言われてた。まぁさすがに御名(ぎょめい)を使っていいと言われるとは思わなかったけど」

 「…………」


 

 ザールムガンド帝国の現皇帝アティナニーケとエドヴァルトらが懇意にしていたのはアヤセもよく知っている。

 士官学校時代から何度も顔を合わせていたし、共同訓練を受けたこともあった。

 だが卒業した彼らとしばらく連絡が途絶えた間に、世界を揺るがすような事態の中心にいたとは全く想像していなかったのだ。

 

 ふと唯舞に視線を向ければ、堪えるように震える小さな肩にアヤセが思わず席を立つ。



 「……アヤ坊?」

 

 

 オーウェンの声が背中に届いたが、アヤセは何も言わずまっすぐ唯舞の元に向かった。



 「唯舞」



 先ほどまでエドヴァルトがいた唯舞の目の前に腰を下ろして名前を呼べば、震える瞳が水鏡のように揺れてアヤセを映しだす。

 じわりと涙が溢れ震えるさまに、アヤセは差しだすように手を伸ばした。



 「来い、唯舞」

 「……ッ」


 

 表情をくしゃりと歪ませた唯舞がアヤセの元へ崩れるように体を寄せれば、昨夜、加減を見失ったことがまるで嘘かのような優しさで抱きとめられる。

 何度か震える呼吸を繰り返せば、ふわりと香るアヤセの匂いに安堵したように強張った体の力も抜けていった。


 

 (なんなの目の前の自称付き合ってない|唯舞ちゃんとアヤちゃん《カップル》は!)

 (なんで急に人前でいちゃつきだしてんだ、こいつら……俺らは一体、何を見せられてんだ?)

 (こっちは悲壮な過去を語ったばかりだというのに何をどうしたらこの状況になるの?!)

 

 

 保護者組は天を仰ぎ見るか床に拳を叩きつけるかの二択を迫られる。

 そんな保護者(かれら)の荒れた心知らず、唯舞を片手で抱いたままのアヤセが視線だけをエドヴァルトに向けた。

 


 「…………なんだ」

 「い、いや。なんていうか、うん……もうね、うん……」


 

 どうしよう。いっそもう、ここで言ってもいいのではないか?

 どうみてもお前ら完全に両思いだろうと言ってみてもいいのではないか?

 

 だが、もしも唯舞のいた世界で()()も男女の友情の標準仕様だったら。

 異界ジェネレーションギャップの範疇だったら。

 そんな恐ろしい可能性が脳裏をかすめ、それ以上保護者組は何も言えなかった。



 (あぁ……でも……)


 

 話しているうちに蘇ってきた悲痛な思いも、不思議とどこかに消し飛んでいることに気付いたエドヴァルトは内心苦笑する。

 

 昔は、胸のサイズひとつで悲壮な雰囲気を吹き飛ばした深紅がいて。

 今は、唯舞とアヤセの訳の分からない本人達以外公認のカップルが目の前で爆誕していて。


 深紅を想い、深紅に恋い焦がれて、深紅を愛して。

 いま、唯舞のそばにいられるアヤセに羨望に似た思いはよぎるけど。

 

 それでもこうして、どうしようもない感情を無遠慮に吹き飛ばしてくれた唯舞とアヤセに、エドヴァルトも、そしてカイリ達も――少し、救われた気持ちになっていた。



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