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第95話 過去の記憶・脱出(5)


 

 「っ……撤退よオーウェン! 先にエドを連れて行って! 私が出る!」



 一瞬震えたカイリが、それでも気丈に撤退指示を出して理力リイスを纏い、最前線まで駆けてファインツと対峙する。

 我に返ったオーウェンが瞬時に(きびす)を返してエドヴァルトの腕を掴み無理やり引きずり立たせた。



 「立てエド! まだミクを終わらせるな!」



 そう言ってオーウェンは深紅(みく)から預かっていた真っ白な封本をエドヴァルトに押し付けると強引にフライングバイクまで引き下がり乗せた。

 もう、どうにもしようがなかった。

 深紅は……破天荒で天真爛漫なあのお姫様は、たった一瞬で大地に還ってしまったのだ。

 

 エドヴァルトの全身が震えて、止めどなく涙がこぼれ落ちる。

 深紅を死に追いやった元凶が、母キーラを死に追いやった元凶が目の前にいるというのに。

 怒りに震える体から理力(リイス)(ほとばし)るのが分かった。

 

 

 「行って! ここでエドを失うわけにはいかない!」


 

 カイリがたったひとり岬に残り、空に巻きあがるほどの炎をその身に纏う。まるで嵐のような火柱旋風が周囲一帯を焼き尽くし、火の粉と共にカイリの美しい緑髪が舞い上がった。

 

 ――失った。

 絶対に連れて帰ると、約束したのに。

 ザールムガンドについて落ち着いたら告白するのだと、照れたように笑った親友(エドヴァルト)の顔を思い出して、カイリはその美しい(かんばせ)を歪ませる。

 

 

 「傲りが過ぎるわ、ファインツ・リドミンゲル。この世界に、深紅(あの子)の命を奪う資格なんてなかったはずよ」

 「……テナン家の人間か。お前は狩猟する獲物の命を己の糧にする時も同じ台詞をいうつもりか?」

 「ふざけないで!」

 


 違う。深紅は違う。

 幸せに生きていた場所から無理矢理引きずり出され、繋がれ、その体をゆっくりと足元から削ぎ落とすように命を奪われたのだ。

 

 たった18年しか生きていない、まだ大人にもなりきれていない少女が。

 たった一時(いっとき)の僅かな繁栄の為だけに。

 世界に。リドミンゲル皇国に。皇帝ファインツに。

 

 ただ。

 ――ただ、無残にも殺されたのだ。

 

 上空に舞いあがったフライングバイクの上で、止めるオーウェンを()しながらもエドヴァルトはありったけの理力(リイス)を展開する。

 一つ、二つ、三つ、四つ……上空に増えていく魔方陣に、その膨大な理力(リイス)が滾っていた。

 ただの理力(リイス)持ちなら手のひら大の魔法陣展開が出来る程度。等身大の理力(リイス)展開が出来ればそれだけで優秀といってもいいだろう。


 でもエドヴァルトは違う。

 一つ一つが数十メートルを越え、空を覆い尽くさんばかりに展開される。

 

 それは彼の怒りと絶望の大きさを如実に示し、開いた瞳孔からはとめどなく血の涙が流れ落ちた。

 守ると誓ったあの柔らかな手は……エドヴァルトの手元に一欠けらさえも残すことなく、まるで最初から何も無かったかのように消えてしまったのだ。


 赦せなかった。

 たった一人の女の子の命に縋る世界も。たった一人の女の子さえ守れなかった自分も。

 

 朝を迎えようとした夏の空にぐるぐると渦を巻くような暗雲が覆い、怒号のように木魂(こだま)する稲光が全てを裂かんとする勢いで閃光と共に張り巡らされた。



 「ファインツ・リドミンゲル――――!」


 

 エドヴァルトの咆哮と共に空一体に展開された理力(リイス)全てがファインツに向き、それらは苛烈な雷撃となって地を這い、空を揺るがし、縦横無尽に残響を放ちながら駆け爆ぜる。

 

 そしてその無差別攻撃を避けながらも、合わせるようカイリが作り上げた巨大な煉獄の炎がファインツに叩き込まれ、大地を抉った。

 その威力に耐えられなかったのか、ひび割れた大地が形を失い、岬の一部が次々と崩落していく中、空中で態勢を立て直したカイリは落ちゆくフライングバイクに飛び乗って一気に高度を上げた。


 

 「………………」



 空の彼方に消える二台のフライングバイクを、ファインツはただ静かに見送る。

 さすがに全ての攻撃を消し去ることは出来ず、()()右腕は焼き爛れてしまったが、それでも聖女の加護を保つことが出来たのだから問題はない。

 そうして、全てが終わった後にぞろぞろと現れた警備隊にファインツは視線だけを向けた。

 


 「陛下! 聖女様と賊は!」

 「……脅威は全て去った。聖女は賊から我が国を守る為にその恩恵を残し、大いなるイエットワーに還った。救国の聖女に最大の敬意と感謝を」

 「なんということだ……! あぁ聖女様……!」


 

 ファインツのその言葉にリドミンゲルの民は慈愛に満ちた聖女を想って泣く。それが通例の事でもあった。

 

 ぽつりと、誰にも届かぬひとりごとのような声色で、ファインツは明るくなった空に向かって呟く。


 

 「()()()()、あと13年だ。――ケイ、新しい聖女()をキーラと共に出迎えてやってくれ」


 

 その瞳の奥に秘められた寂寥(せきりょう)の想いなど、この世界で生きて知る者はもう誰もいないというのに。



 

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