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第93話 過去の記憶・脱出(3)

 

 エドヴァルトとカイリが揃った時点で撤退は完了したも同然だった。瞬きをする間もなく大聖堂から消えた彼らに、残された現場は混乱を極める。

 

 何分(なにぶん)、自分の属性以外の理力(リイス)の使用というのは燃費が悪く、特に瞬時移動のような理力(リイス)消費の激しいものを使用する人間はほとんどいないからだ。

 エドヴァルトほどの理力(リイス)を持つ者などそうはおらず、対策が出来てなくても責められようもなかった。



 「お休み中、失礼致します陛下! 大聖堂に侵入者が現れ、同時刻、聖女様も行方不明となっております!」



 皇帝直属の近衛長が主の部屋に駆け込んだ時、彼は思わず息を呑む。

 早朝と呼ぶには早すぎる時間帯にも関わらず、彼の主君は既に帝服に身を包んで、まるで報告を待つかのように窓の外を眺めていたのだ。

 夜に溶け込む黒髪は無造作に肩に流して、闇夜に光る琥珀色の瞳は月を見たままに皇帝ファインツは静かに口を開く。



 「問題ない。聖女はサタリア岬だ……私が迎えに行く」

 「はは! ではすぐに岬に応援を向かわせます!」


 

 ファインツの言葉に近衛長は礼ひとつを残して足早に部屋を去る。部屋に静寂が戻り、ファインツは己の手のひらを見つめた。

 

 

 「……動いたか、エドヴァルト」


 

 最後に会ったのは彼が8歳の時。

 かつてこの手を握ってくれたあの小さな甥は、あの日を境に自分の手元から離れてしまった。

 怒りに泣き狂い、妹キーラの侍従長に抱きかかえられてこの国を去って12年。

 また再び姿を現したエドヴァルトは敵国ザールムガンド帝国の軍人となっていたが、彼がファインツの後継者であり、次期リドミンゲル皇帝という事実は覆らない。


 エドヴァルトが軍人として自国に潜入していたことも、聖女と毎夜のように接触していたことも分かっていた。だが、ファインツはあえて何もしようとはしなかった。


 聖女(みく)を連れ去った、今日この日までは――――

 


 

 

 


 「――エド!」



 何ヵ所か理力(リイス)による攪乱の痕跡を皇都内に残して、エドヴァルトとカイリは待ち合わせのサタリア岬にたどり着く。

 早朝過ぎる時間帯だ。待ち人以外に人の姿はなく、エドヴァルトは飛び込むよう駆けつけた少女を難なく受け止めた。



 「深紅(みく)、怪我はない?」



 その小さく柔らかな体は確かにエドヴァルトの腕の中にあり、黒曜石の瞳が興奮げに輝き頷く。



 「ない! ねぇねぇオーウェンってすごかった! ヒョイってされてドーンってなってバーンってなった!」

 「あぁ……うん、そっかそっかぁ……」



 目の前で炸裂するオノマトペ爆弾を落ち着かせるように、エドヴァルトはよしよしと頭を撫でる。

 きっと塔から脱出する際に"ヒョイ"と抱きかかえられて、10mの高さから飛び降り"ドーン"と着地し、途中で遭遇した護衛騎士を"バーン"と蹴散らし吹っ飛ばしたのだろう。


 オーウェンはその見た目に反し、回復を担う大地の理力(リイス)を保有している。

 その筋力から繰り出される攻撃は理力(リイス)なしでも易々と四、五人を吹っ飛ばせるほどの威力を誇り、敵を攻撃すれば相手の体力を奪い自身が回復する、という謎の戦闘スタイルがオーウェンの強みだ。

 自分が怪我をしても回復し、敵を倒しても回復し……もう理力(リイス)がある限りはオーウェンは完全無敵だった。

 そんな攻撃と回復が出来るオールラウンダーであるが故に、今回、聖女(ミク)()()の単騎決行を任されたのだ。



 「さんきゅ、オーウェン」

 「おう」



 深紅を片手で抱いたままパンっと軽く手の平を打ち合わせれば、近場のポートから()()して藪に隠していたフライングバイクを引っ張り出したカイリから声がかかり、エドヴァルト達は頷く。

 

 皇都はリドミンゲル皇国の南方に位置し、本来の出入国地は国の西側にあるのだが、あえて今回はそのまま南下して最南端のこのサタリア岬まで降りてきたのだ。

 ここからなら経由地のレヂ公国までフライングバイクを限界まで酷使すれば1時間とかからない。

 

 時間との勝負だ。

 そう思ってエドヴァルトが深紅の手を引いた時だった。



 「――――どこへ行く気だ、聖女」



 低い、抑揚のない声が耳に届く。

 次の瞬間、深紅の足が止まり、その大きな瞳が限界まで見開かれた。



 「ッ?! 深紅!」



 崩れ落ちる深紅の体をエドヴァルトが抱きしめ、二人を守るようにオーウェンが立ちふさがる。

 呼吸半拍で撃ち放ったカイリの業火が声の主に迫るが、届くよりもかなり手前で縦横無尽に走る雷に阻まれて珍しくカイリが舌打ちをした。

 苦しげに息を吐く深紅を強く抱きしめながら、エドヴァルトは声の主のほうを睨みつける。


 自分と同じ、黒髪と琥珀眼。

 まるで親子と思われそうなほどに似た二人なのに、そこに親類としての情は一切存在しない。



 「伯父上……!」



 ずっと胸の奥にくすぶっていた怒りが爆発するような地を這う声にも、ファインツの瞳はただただ無機質で、無感情だった。

 

 実に12年ぶり。

 これが血の繋がった伯父と甥の久しぶりの再会だった。


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