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悪夢はイブに溺れる~お前が死ぬくらいなら世界が勝手に滅べばいいと言い出した遅咲き中佐の初恋~  作者: 熾音
本編

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第92話 過去の記憶・脱出(2)


 *


 時刻は朝の4時。

 日中の照りつけるような暑さはなりを潜めたが、じんわりとした空気だけが肌にまとわりつく。

 遅くも早くもないこの時間帯は夜間警備の目も緩み、今か今かと朝の人員交代を待つばかりだ。


 

 「ふわぁぁぁ、おい今何時だ?」

 「4時を過ぎたところだな。交代まであと3時間だ」

 「嘘だろ? もう24時間は立ちっぱなしな気分だぜ。大聖堂には盗るもんもないってのにあと3時間なんて……」



 警備を担当する聖域守(せいいきもり)達のやる気のない会話が聞こえる。

 そのやりとりに、エドヴァルトとカイリは目線だけで合図を交わすと、等間隔にぼんやりとした灯りしかない大聖堂までの通路を一気に駆け抜けた。


 

 「な――っ?!」



 なんだ、と口にする前に、彼らの目の前にはまだ少年()()の域を出たばかりの年若い侵入者達の姿が映る。だが、それを正確に認識する前に頸動脈への息がつまるような衝撃で、聖堂守達の意識は1秒もかからずに闇に落ちてしまった。

 首の側面に正確な手刀を受けた体は階段から崩れ落ちるように倒れ、彼らの体が地面に届く前に、エドヴァルトとカイリはそのまま両面開きのドアを開け放って大聖堂内に侵入する。


 ――……一瞬の静寂。

 この瞬間だけはまだ若干の緊張に小さく息を吐き出し、二人は真っすぐ聖堂の奥を目指した。

 

 

 「よし、じゃあとりあえず地下を探そうか」

 「ほんと夜間は侵入が楽ね。やっぱり改善提案書を置いて帰ろうかしら」

 「敵に塩送ってどうするの。それよりも地下。さすがの俺も地下までは知らないけど、まぁ大体はこの辺りに何かしらあるでしょ」



 ドアを開けて丁度正面にある説教壇に向かうと、無遠慮に中を漁ったエドヴァルトは天板の内側に引っ掛かりを感じてスライドさせる。

 怪しげなスイッチの存在にニヤリと口角が上がった。


 

 「ビンゴ♪」

 


 エドヴァルトが迷いなくスイッチを押すと同時に説教壇の後ろの壁が震える。

 ガガガっという重みを引きずるような音と共に背面にぽっかりと真っ黒な空間が現れると、それとほぼ同時に大音量の警報が鳴り響いた。――侵入がバレたのだ。


 だがそれも全て織り込み済みだと言わんばかりにカイリが明かり代わりの火球を生み出し、真っ暗な闇に向かう。そこには確かに目的の地下への階段が延々と伸びていた。


 

 「んじゃ、カイリ。ここは俺が食い止めるから召喚紋をよろしく」

 「えぇ任せてちょうだい」



 すれ違いざまに軽く互いの手の平を合わせ打つと、口元に(あで)やかな笑みを浮かべたカイリは闇へと消えていく。騒がしくなる周囲の気配にエドヴァルトは開け放ったままの大扉に足を向けながら手元に理力(リイス)を集めた。


 軽い炸裂音がバヂッと痛みを感じるほどの音に変わり、激しく飛び交う雷光が全身に広がれば、体の奥底から湧き上がる力と一体化する高揚感にエドヴァルトは眉を顰める。

 最初に辿りついた神殿騎士らをたった一撃で沈めるその威力に、やはりこの力は深紅(みく)の加護だと気付いたのだ。

 

 たった一人でこの国を繁栄に導く聖女の力は、エドヴァルトの理力(リイス)さえも強め、底上げしてくれている。――深紅(おのれ)の命と引き換えに。


 深紅の天真爛漫な笑顔が脳裏に浮かんで、エドヴァルトはぐっと拳を握った。


 

 (待ってて……深紅)



 カイリが戻るまで。

 召喚紋の破壊は困難だが、再度書き直しさせる程度に損傷させれば十分に目的は果たされる。

 古文書はすでに、カイリの手によって召喚地を書き換えてあるからだ。

 このまま改ざんした召喚紋を書き直しさせれば、例えリドミンゲル皇国が次の聖女召喚をしたとしても、もうこの国に聖女が喚ばれることはない。


 次々に集まる聖堂騎士や聖域守の怒号を、エドヴァルトはたった一人で迎え撃った。

 20を越えたあたりから数えるのも面倒で何人相手どったかは分からないが、深紅の加護があっても少々疲れが滲みだしたところで、横一線に薙ぎ払う業火の炎がエドヴァルトと衛兵達を遮る。



 「お待たせ。エド」

 「本当だよカイリ。俺、女の子以外を待ちたくはないんだけど」



 美しい緑髪を(なび)かせながら背後から現れたカイリはエドヴァルトの言葉に可笑しげに笑った。


 

 「あら、そう。ミクが聞いたらすごく怒りそうね」

 「……なんでさ」

 「アナタが”ミク”という一個人ではなく”女の子”という広範囲の言葉を使うからよ。素直にミク以外は待ちたくないって言いなさいよ」

 「なにその女心。……やっぱり難しすぎるんだけど」

 


 拗ねたようにエドヴァルトは不満を口にしたが、撤退は忘れていなかったのかカイリの腕を掴み、行くよ、と声を掛ける。

 

 運命の日。

 リドミンゲル皇国からの本格的な逃走劇は、ここから始まるのだ。


 

 

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