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第90話 過去の記憶・脱出(1)



 「いやぁ本当にレヂに帰るのかい? イーリちゃん。寂しくなるなぁ」

 「ふふ、みんなありがとう。でもそろそろ帰らないとママに怒られちゃうわ」

 「うんうん、そうだよなぁ~こんな可愛い娘がいたらそりゃおっかさんも心配するさ。だからこそヴァルやウェンみたいなゴツイ奴が一緒だったんだろう?」



 リドミンゲル滞在の最終日。

 ランチタイムが終わってもカイリは酒場の常連客に囲まれていた。

 不動の看板娘となったカイリが稼ぎあげたランチタイムの売上はこの先何十年と破られることのない偉業となる。

 

 そんなカイリは頬に指先を当てて、誰が見ても可愛らしくこてんと首を傾げた。

 

 

 「あら? 私、こう見えても強いから平気よ?」

 「はっはっは、そうかそうか! 可愛くて強いんならもう男は立つ瀬がねぇな! おい、ヴァルにウェン! ちゃんとイーリちゃんを家まで送り届けろよ!」

 「えぇぇぇー? そいつならひとりで帰れるって~ほんと強いもんー」

 「ばっっきゃろーが! こんな可愛い女の子を一人にするとか、オメー、さては玉なしだな?!」

 「仮にもそいつを女扱いするならそんな言葉使うなよオッサン。嫌われるぜ」

 「こりゃあ旦那! 若造どもに一本取られたな!」


 

 酒場にドッと笑いが起こる。

 残念ながら、皆が愛する看板娘イーリは女の子どころか立派な成人男性で、しかも敵国の軍人なのだが最後までそれに気付く不幸者はいなかった。

 

 名残惜しげに引き止めてくる常連客と店主をなんとか躱して酒場を後にしたエドヴァルトらは、レヂ公国への帰国手続きを取り荷物を預け、予め手配していた人間と入れ替わる。

 事が事なので、深紅(みく)を連れて戻る旨はザールムガンド帝国にいる友人でもあるアティナニーケだけには伝えてあった。

 

 次代皇帝を担うアティナニーケ・ザールムガンド。

 そんな彼女にモニター通信でリドミンゲル皇国の聖女を攫うと伝えれば、アティナニーケはホログラムモニターの向こう側で驚いた様子も見せずに、ただ、ゆるりと微笑んだ。



 『それは君の祖国に仇なす行為ではないのかい? エドヴァルト・()()()()()()

 「!?」


 心臓が止まるかと思った。

 今日(こんにち)まで義両親と一握りの人間しか知らなかったエドヴァルトの名前をさらりと口にしたアティナニーケは、戴冠前だというのにすでに”皇帝”の目で彼を見据えてくる。

 驚愕に目を見開くエドヴァルトに対し、彼女は実に愉しげに笑った。



 『ふふふ、何故驚くんだい? 私が自身の身の周りの人間の事を調べないとでも?』

 「……結構、うまく隠してたはずなんだけど」

 『そうだね。うまく隠されすぎていたから暴きたくなった。私の()達は実に優秀なんだ。ミーアが怪我を負わなければ彼女も私の影に勧誘しただろうよ』

 「……ミーアクラスの諜報員が何人もいるってならそりゃ精鋭揃いですこと。で、そのミーアは元気?」

 『相変わらず心配性だね、君は。日常生活なら問題ない。軍から離れる様子はなかったから非戦闘職にでも配属されるはずだよ』

 

 

 そう言って笑ったアティナニーケは足を組みかえてから話を続けるよう促した。

 エドヴァルトはリドミンゲル皇国が何故聖女召喚を行っているのか、召喚された聖女がどうなるのかを彼女に説明したが、その影とやらにある程度調べさせていたのだろうアティナニーケが驚くことはなく、ただ小さく頷く。



 『――話は分かった。いいだろう。元々、我が国にとっても聖女は目の上のたんこぶだったからね。厳重に保護すると約束する。聖女さえこちらにあれば次の聖女召喚をする前にこの下らない戦争も終結するだろう。私の代でそう出来るのなら願ってもないことだ』

 「ありがとう、ニケ」

 『だが、本当にいいのだな』

 「……何が?」


 再度確認するようにアティナニーケはエドヴァルトの青い瞳を見つめた。

 初めて会った時から、かなり型崩しではあったがエドヴァルトの体に染みついていたのは、平民でも貴族でもなく、皇族としての立ち振る舞い。だから、同じ皇族のアティナニーケは彼の正体にはすぐ察しがついたのだ。


 そして彼がただのリドミンゲル皇族ではないのだと、のちの調査で判明する。



 『現リドミンゲル皇帝ファインツ・リドミンゲルは……お前の実母、先代聖女でもあるキーラ姫の実兄だろう?』


 

 そこまで調べが付いているのかとアティナニーケの持つ影の優秀さとやらに涙が出そうである。

 ファインツはエドヴァルトにとって26も年離れた実の伯父だ。


 当時の皇帝の血筋ならまだ残っているが、初代聖女を迎えた皇弟の血筋はいまやファインツとエドヴァルトのふたりだけ。

 だがそこになんの問題もありはしない。


 エドヴァルトと血を分けた実の伯父(ファインツ)は、あの日、あの12年前のあの日に、実妹である母を見殺しにしたのだ。

 全てはリドミンゲル皇国の為。(イエットワー)の為にと。


 そう、エドヴァルトの母はリドミンゲル皇国の闇を知ったから死んだのではない。

 リドミンゲルの繁栄の為に、溢れんばかりの光の粒子となって"聖女"として死んだのだ。



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