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第89話 過去の記憶・潜入捜査(8)


 それからというもの、エドヴァルト達は酒場で働きながらも深紅(みく)の誘拐計画に向けて着々と動き出していた。

 

 理想は深紅脱出と、大聖堂地下にあるという召喚紋の破壊と古文書の完全破棄。そうすれば今後、深紅のような聖女が異界から強制召喚されるという悲劇はなくなる。

 全てを一気にこなすのは難しいので、合間を縫ってエドヴァルトらは古文書のありかや警備体制の把握を急いだ。


 深紅が"封本"を作りたいと言い出したのはそれからすぐのことだ。

 万が一、破壊計画がうまくいかなかった時用に次の異界人にどうしても残したい事があるのだと彼女は言う。



 「……で、それが完成した表紙?」

 「そう。太陽っぽくした”日の丸”と”富士山”と”桜”……って言ってもエド達には言葉分からないんだっけ」

 「うん、何か言ってるのは分かるんだけど聞き取れない」

 「中に書いた字も読めないんだよね?」

 「タイトルは読めるけど、中の文字は……やっぱり読めないね」

 「そっか、ならいいや」

 「にしても中々に芸術的な絵だよなぁ」

 「うっさいオーウェン、引っぱたくよ!」

 「おーおーうちのお姫さんは凶暴だな。叩くならエドにしといてくれや」


 

 恒例のごとく夜に深紅の部屋に来たエドヴァルト達は、ふわふわのカーペットに直接腰を下ろしてテーブルに向かう深紅の手元を覗き込む。

 ソファーに座ればいいのにと言ったことはあるが、床に座るほうが慣れてて落ち着くのだと深紅は笑った。

 出来上がった封本は、深紅の希望通りスマホを保管出来るようになっており、文字はそこまで書かれてないがこれで良いのだと深紅は本を閉じる。


 一番理力(リイス)の扱いに長けたカイリが本に封印を施せば、解除の言葉"日本"を聞き取れないイエットワー人のエドヴァルトらには開けることのできない、正真正銘、異界人専用の封本の完成だ。



 「そういえば、古文書は腐れ神官長の隠し部屋で見付けたよ。でも保存理力(リイス)が有り得ないくらい何重にも重ねられててあの場での破棄は難しかったから、とりあえずカイリが召喚地の書き換えだけやってくれた」

 「召喚地の書き換え?」



 隠し部屋なんて一体どうやって見つけたんだろうと思いつつ、カイリが手土産に持ってきた焼き菓子を受け取りながら深紅が尋ねる。

 今夜のお供は深紅の大好きなワッフルのようだ。

 


 「座標をね、リドミンゲルからザールムガンドにしたのよ。とは言ってもあまり遠くには書き換えられなかったからリドミンゲルから一番近いザールムガンドの、オーウェンの故郷でもあるゴルゼって村に」

 「じゃあ、もしも次の聖女が召喚されても……」

 「まだ大聖堂の警備が抜けられなくて地下の書き換えが出来てないから確率としては半分だけれど。でもそうね、少なからずこの国に喚ばれる可能性は減らせたわ」



 持参した紅茶を深紅に手渡し、甲斐甲斐しく世話をするカイリによく懐く深紅。そしてそれを見て、あからさまにむっとするエドヴァルトとニヤニヤと楽しげに眺めるオーウェン。それがここ最近の四人の日常だ。



 「はい、エド。あーん」



 深紅がエドヴァルトの口元に一口サイズにちぎったワッフルを差し出せば、逡巡しつつもエドヴァルトは黙って口を開ける。

 ここで何を言っても笑顔のまま押しきられるのはもう分かっているし、正直に言ってしまえば、深紅から貰えるならめちゃくちゃ嬉しい。



 (恋って、ほんと厄介だなぁ)



 ワッフルの甘さより、もっと甘い感情が喉奥を通り過ぎていく。

 言葉はなくとも、誰がどう見てもエドヴァルトと深紅は相思相愛だった。

 

 さっさと付き合えばいいのに、というカイリ達に対し、ザールムガンドについて落ち着いたら、とエドヴァルトは想いを口にすることを先延ばしにしていた。

 そしてそれを、これから先十数年も後悔することになるとも知らず。



 「……ねぇ、深紅」



 口元についていたワッフルの食べかすをそっと親指の腹で拭って、そのままエドヴァルトは深紅の頬に触れる。



 「俺らが攫ってあげる。――だから、一緒にザールムガンドに行こう?」



 その言葉にワッフルを食べる深紅の手がぴたりと止まった。そして見る見るうちに顔が朱に染まっていく。

 わなわなと唇を震わせるのは食べかすに気付いたからなのか、それともエドヴァルトの言葉になのか。

 余裕のあるエドヴァルトの表情が、尚更深紅の全身を熱くさせた。

 


 「な……っ……は?! さら、攫うとか、ちょっと変態じみてない……ッ?!」

 「何それ酷いんだけど」

 「ひどくないっ! エ、エドのくせに……!」



 ふいっとエドヴァルトから顔を背けた深紅の顔は林檎のように赤くなり、心臓はあり得ないほど脈打っていた。

 ぎゅっと誤魔化すように深紅は服を握りしめる。


 本当は、分かっている。

 深紅もとっくの前に気付いているのだ。

 

 エドヴァルトに対するこのどうしようもない感情が。

 ”すき”という恋心だということに。



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