第87話 過去の記憶・閑話(2)
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「ねぇ、アヤちゃん。俺の目の色って何色?」
「……何色って、青だろう」
話の途中で、ふいに尋ねてきたエドヴァルトに訝しそうにしながらもアヤセは答えた。
それに対し驚いたのは唯舞だ。
「え? 青、ですか?」
「どうみても青だろう。暗い色味ではあるが」
「えぇ? ……あお?」
唯舞とアヤセの会話に、保護者組が思わず笑いを噛み殺す。
まるでかつての深紅と自分達とのやり取りを再現しているようで、どうにも可笑しかった。
笑う保護者組に、唯舞とアヤセは不可思議な視線を向ける。
「くっくっく、良かったなエド。13年越しの答え合わせが出来たじゃねーか」
「そうね。その最難関ともいえる色変えは異界人には効かないのだわ。サングラスにも認識阻害をかけたのに無駄だったわね」
「なんでなんだろうね? 別に理力が効かないって訳でもないのに」
「さぁな、異界人は真実を見る力かなんかを持ってんじゃねぇの?」
「なにそれ一番怖い」
ベッドに腰かけていたエドヴァルトが笑ってサングラスを外し、ふいに唯舞の元まで赴くと視線を合わせるように腰を下ろした。
「じゃあ、唯舞ちゃんにも質問。俺の目、何色に見える?」
「え? え、と……でも……」
アヤセが青と言った手前、言っていいものか小さく言い淀む。
そんな唯舞に対してエドヴァルトはぽんぽんと軽く頭を撫でてやった。
「大丈夫だよ。唯舞ちゃんが見えた色で」
「ぁ……」
そう言われてカイリやオーウェンに目線を向けても、大丈夫、という頷きしか返ってこなかったから唯舞はおずおずと答えた。
「私には……大佐と出会った時からずっと…………金色に見えてました」
ガタン! とアヤセが腰を浮かし、オーウェンが大きく笑って唯舞の言葉しか拾えなかった室内が一気に騒がしくなった。
「ははは! だよなぁ? 正解だぜアヤ坊。俺らだってそうなった」
「…………黒髪は珍しいとは思っていた。思っていた、が……」
「そう。私達にとって青目は珍しくないものね、なんならあーちゃんも青目だもの」
「…………色変えなのか? ずっと?」
「ずっと」
よしよしと不安げに見上げてくる唯舞の頭を撫でていたエドヴァルトが、一度目を閉じ、開けた瞬間。
――アヤセが息を飲むのが分かった。
深い……群青めいたいつものエドヴァルトの瞳はかき消え、輝きを溶かしたような琥珀色の瞳に驚愕を隠せない。
そんなアヤセにエドヴァルトは笑う。
「最初に言ったでしょ。これはリドミンゲルの奴らを除けば、俺らとニケ……最愛のアティナニーケ皇帝陛下、そしてレヂ公国大公アーサー様しか知らないって」
忘れちゃった?と笑うエドヴァルトはいつもと同じ顔だが、アヤセはまだ現実を上手くのみこむことが出来ない。
それはそうだ。エドヴァルトのような黒髪は、このイエットワーではとても珍しいのだ。
だがそんな世界にも黒髪が生まれやすいという一族がいる。
当時の皇弟に嫁いだ、初代異界人聖女サチ……サチコの血を継ぐリドミンゲル皇族だ。
初代聖女だったサチコの血は、脈々と黒髪と共に今も受け継がれており、生まれてくる子供も黒やそれに近い色合いが多かった。
そして、その中でもリドミンゲル皇国にはもう一つ、黒髪より前から受け継がれているものがあるのだ。
かの国の皇位は親から子に継承されるわけではない。
特定の条件を満たした皇族の血を継ぐ者がイエットワーと精霊に選ばれた者として皇位を受け継ぐのだ。
現在の皇帝継承の条件は初代聖女と同じ黒髪であることともうひとつ……代々の皇帝の証として受け継がれてきた太陽のような琥珀色の瞳であること。
エドヴァルトは言った。
父親より、母親のほうが身分が高かったのだと。
ならば、エドヴァルトの実母は高位貴族なんてものじゃない。
黒髪に金目の子が生まれるのは、初代聖女の血を継ぐリドミンゲル皇族だけだ。
アヤセの口が、信じられないという驚きのままに言葉を漏らす。
「実母が、リドミンゲル皇族なのか……? そしてお前がリドミンゲルの……皇位、継承者」
問われたエドヴァルトはただ、興味なさげにそうみたいだね、とだけ返した。
リドミンゲル皇国では黒髪に金目こそが最高位の至高色。
そしてそんな色を持つ彼は、今、その瞳を隠して敵国ザールムガンド帝国でアルプトラオムを率いる大佐として生きている。
――エドヴァルト・リュトス。
元の名を、現リドミンゲル皇国皇帝ファインツ・リドミンゲルの正当なる後継者……エドヴァルト・リドミンゲルといった。




