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第83話 過去の記憶・潜入捜査(4)

 

 三度目の夜。エドヴァルト達にすっかり警戒心を解いた深紅(みく)は、ベランダ越しに楽しげに笑っていた。

 下らない日常会話から、彼らが働く酒場や城下町で見聞きしたこと、故郷・ザールムガンド帝国や他国のこと。

 出会った夜とは違い、いろんな話を興味津々に聞く深紅の表情はコロコロと変わって可愛らしい。



 「あーぁ、この距離って地味に遠いよねぇ」



 ベランダ越しに深紅が頬を膨らませる。

 塔の高さは三階建て建物相当の10メートル。塔としては決して高くないけれど、会話のキャッチボールには少々不便だ。

 だが、塔の入り口は厳重な封印が施されてエドヴァルトらを部屋に招くことは出来ない。

 

 そんな深紅の言葉に、彼らは驚いたように目を丸くした。



 「え? いやいや、ミクちゃん女の子なんだからそう簡単に男を部屋に入れちゃダメでしょ!」

 「なんで?」

 「なんでって……そりゃ、色々危ねぇとか思うだろ?」

 「……ん? 三人ならなんもしないでしょ?」

 「えっと、ミクちゃんは女の子でしょう? その、付き合ってない男を部屋に入れるのはどうかと思うの」

 「?」



 本気で首を傾げる深紅にエドヴァルト達はだめだとばかりにため息をつく。

 もしかしたら、異界人と自分達では考え方の相違があるのかもしれない。この世界では好きでもない異性を自ら部屋に招くようなことはしないのだ。

 どうするかなぁと考えながらもエドヴァルト達は軍人の端くれ。

 理力(リイス)などを使わなくとも、この程度の高さなら常日頃携帯してるフック付きロープ(グラップリングフック)でどうとでもなる。

 


 「……別に、そっちまで登れはするんだよ。ただ女の子の部屋に俺らが入るのはどうかな~って思ってただけで」

 「えぇそうなの?! なんだ、それなら話すのもっとラクじゃん! じゃあ入って入って!」



 彼らの心知らず、状況を理解していない深紅は嬉しそうにベランダから手招きする。

 早く早く、と催促する彼女を見て男性陣は苦笑いを浮かべ、しょうがなしに深紅にベランダから離れるよう指示を出した。

 

 ワイヤー付きのグラップリングフックを風に紛れそうなくらいの僅かな音でベランダの鉄柵に巻き込ませれば準備は完了。

 数回フックの固定強度を確認してから塔に足を掛け、腕と足の力だけで壁を登る行程は士官学校時代に嫌というほどやらされた訓練の一つである。



 「よっ、と」



 ひょいと片手で手すりを乗り越えたエドヴァルトに大げさなくらいの拍手が出迎えた。



 「すごーい本当に登っちゃった! しかもめっちゃ早い!」

 「ちょ、ミクちゃん近いって。危ないから下がって」



 興奮に目を煌めかせる深紅がエドヴァルトの目の前に迫る。

 ふわりとシャンプーの香りが漂うほどに接近されて、慌てたようにエドヴァルトは深紅を制止した。


 

 「ねぇほんと凄いね!」

 「そう? 軍人ならみんな出来るよ」

 「やっば。マジですご。エド達ってみんな優秀過ぎる!」

 「えーと、ありがとう?」


 

 改めてワイヤーとフックの固定を確認してから地上に合図を送り、興奮冷めやらぬ深紅をさり気なく部屋に戻して彼女の安全確保をする。

 一歩踏み入れた彼女の部屋は、白を基調にピンクの小物が飾られた、いかにも女の子らしい柔らかな空間だった。

 部屋自体はそこまで広くはないが、清潔で居心地よく整えられた居室に水回り。そして、その奥には、彼女をこの部屋に閉じ込めるための封印が施された扉。

 そう即座に周囲の状況を把握してしまうのは軍人としての性なのかもしれない。



 「おじゃまするわね」

 「あ、カイリだー! わぁ、近くで見たらほんと美人~ねぇほんとに男子?」

 「ふふふ、触ってみる?」

 「いいの――?! 触る触るっ!」

 「?! ダメ――! ミクちゃん女の子でしょ?!」

 「別に変なところは触らないよ?」

 「女の子が安易に男を触らない! 襲われたらどうするの?!」

 「…………カイリになら?」

 「ダメでしょ?!」

 


 エドヴァルトからカイリの元に走り寄った深紅はまさに天真爛漫だった。

 一番最初に見た諦めた表情が嘘のように、目まぐるしく変わる表情こそが彼女本来のものだと誰にだってわかる。

 真剣な顔のままカイリをじっと見つめていた深紅が、うん、と深く頷いた。

 

 

 「カイリくらいの美人なら余裕でイケる!」

 「なにそれ怖い! 絶対イケないからダメっ!」

 「うるせぇよ、エド。騒ぐな。見つかるじゃねぇか」

 「え?! 嘘でしょ?! なにこれ俺が悪いの?!」

 「あはははは!」



 深紅の笑い声が部屋に響く。

 この世界に喚ばれて、初めて腹の底から笑えたような気がして目尻に涙が滲んだ。

 


 「ふふふ、やっぱ三人とも超おもしろい。あ、そうだ。あたしのことは深紅って呼び捨てでいいよ。せっかくこうして対面で会えたんだもんね」


 

 心の隙間を埋めてくれた愛すべき不法侵入者の友人たちに深紅が笑う。

 その時の笑顔は何よりも楽しげで。

 キラキラと輝きに満ちたその笑顔こそが、彼女最大の魅力だった。


 

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