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第81話 過去の記憶・潜入調査(2)


 予想通り、聖女の姿はベールに隠されてその人相は分からないが、体格から見てまだ少女のように見える。さらりと腰まで伸びた黒髪が、歩くたびに風に揺れた。

 皇帝に手を引かれるよう少女が民衆を一望できる特設壇に登れば、皇帝の手の合図と共に歓声もぴたりと止む。


 

 『我が尊きリドミンゲル。そしてそこに住まう最愛のリドミンゲルの民よ。今日という幸ある日を私達はまた共に迎えることができた。長き戦乱の世において、これは母なるイエットワーと精霊の導きに他ならない』


 (……よくもまあいけしゃあしゃあと)



 拡声理力(リイス)が使われているのか、皇帝ファインツの声は鐘楼の上まではっきりと届いた。

 演説には興味ないとばかりに冷めた目で聞き流しながら、エドヴァルトはファインツの傍らに立つ少女に目を向ける。

 生気があるのかないのか微動だにしない聖女だが、皇帝と同じ黒髪というだけでリドミンゲルの民からみたら彼女はとても神秘的に見えることだろう。

 この世界では純粋な黒髪というのはとても珍しくて、エドヴァルトでさえ自分の血族を除けば一人二人しか見かけたことがないのだ。


 しばらく彼女を眺めていたら、演説が終わったファインツが一歩分、(うやうや)しく足を引き少女から離れた。

 本来のお披露目式典は皇帝が聖女を紹介して終わりなのだが、今代の聖女はそんなファインツに促されるように一歩前に足を踏み出す。

 何が始まるんだという民衆の小さなざわめきに、すぅと小さく息を吸い込んだ彼女の肩が上下した。

 

 ベール越しに吐息交じりに紡がれ始めたのは、誰も聴き馴染みのない旋律。

 それでもアカペラの音色は迷うことなく、歌いだされた緩やかな声は揺蕩うように周囲に広がっていった。

 

 民衆は動けなかった。それは鐘楼から窺い見ていたエドヴァルト達も例外ではなく。

 その場にいた全ての人間が瞬きを忘れたようにただ息をのんで彼女を見ていた。

 途中からどこともなく弦楽奏の音色が彼女の歌声に重なれば、その壮大さに無意識に涙がこぼれ落ちても気付かないほどに。

 ただただ、聖女が歌っていたわずかな時間は、物音一つ響かない静寂と、のびやかな歌声が場を完全に支配していた。

 

 あまりにも繊細で美しいその歌声は、余韻を残すように聖女亡き後もどこかで歌い継がれるほどに、世界に衝撃を与えたのだ――


 


 *

 

 

 

 「それがさっきの歌か」


 

 アヤセの視線が唯舞(いぶ)に向かう。

 複雑そうな表情を浮かべた唯舞にカイリが穏やかな表情で頬を寄せた。



 「私達も驚いたわ。まさか、またあの歌を聴けるなんて思ってなかったもの」

 「そうだな、最初は気付かなかったけど嬢ちゃんが歌い出したらあん時の歌かって思い出した」

 


 懐かしむように瞳を細めたカイリとオーウェン。

 唯舞はぎゅっと手元のピンクのスマホを握りしめ、切なさに視線を下げた。



 (深紅(みく)さんは、どんな気持ちでこの曲を歌ったんだろう……)



 18歳の高校生の女の子がたったひとりきりで。

 知り合いもいなければ常識も文化もまるで違うこの世界で、これほどまでに壮大で力強く、未来に溢れたこの曲をどんな思いで歌ったのだろうか。


 

 (私はきっと、みんなに……アルプトラオムに会えてなかったら……)



 もしかしたら、この世界で笑えてなかったかもしれない。

 大事にされて、愛されて、真綿にくるむように護られて。

 もしかしたらそれは、誰かの後悔の念がそうさせたのだとしても。

 今の唯舞は彼らの無償の愛の上で生きているのだ。



「……その時に聞いた歌があんまりにも衝撃的でさ。会いたくなっちゃったわけ。噂のその聖女様に」



 だから俺らは会いに行ったんだよ、と、唯舞を慈愛に満ちた瞳で見ていたエドヴァルトは、記憶を辿るように小さく笑った。

 



 *




 「おいおい、本当にここの警備大丈夫か?」

 「ザルねぇ……あとで改善提案書10枚くらい出してやろうかしら」



 その日、闇夜に紛れるように皇城に向かった三人は警備の隙をついて城内に忍び込み、聖女がいるであろう塔へ向かった。

 初めて侵入する城にも関わらず、迷わず向かうエドヴァルトの背を追いながらカイリとオーウェンがこそこそと言葉を交わす。



 「ねぇ、エドったら道分かってない? 完全に分かってるわよね?」

 「知んねぇよ。……つーわけで、何で道知ってんだ、エド」

 「あー……昔ちょっと住んでたからかな。変わってないし」

 「はぁ? なんだそりゃ。なんでザールムガンド人のお前がリドミンゲルの皇城に住んでんだよ」



 オーウェンの言葉に笑って、エドヴァルトはそれ以上何も言わなかった。

 そうしているうちに彼らは中心からやや離れた庭園を通り抜け、月に照らされた真白な塔に辿りついたところで、上空からあの歌声が聞こえてきたのだ。


 

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