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悪夢はイブに溺れる~お前が死ぬくらいなら世界が勝手に滅べばいいと言い出した遅咲き中佐の初恋~  作者: 熾音
本編

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第80話 過去の記憶・潜入調査(1)


 一度厨房に入って、その裏手の従業員用の休憩室に向かえば器用に三つ分のプレートを片手に乗せたウェン――オーウェンが昼食の準備に取り掛かっていた。



 「おーお前らか。お疲れさん」

 「ウェンもお疲れ様。今日は多かったから大変だったでしょう?」

 「噂の聖女様のお披露目が近ぇからな。そりゃあ皇都内外から人も集まるさ」



 簡素な椅子を引っ張って三人は席に着く。

 今日の昼ごはんはランチタイムで余った肉をオーウェンの華麗なる筋肉で引き潰した粗挽きハンバーグのプレートだ。

 

 教会の運営する孤児院で育ったオーウェンは、若干二十歳にして料理や裁縫、なんと日曜大工までもを軽々とこなすオールマイティな青年であり、幼い弟妹の面倒を見ながら育ったその姿には頼れる兄貴分としての貫禄が十二分にある。

 間違いなく、将来有望な野性味あふれるスパダリ道まっしぐらな男だ。

 

 その一方で、歩けば誰もが振り返るほどに美の女神に愛されたカイリは、例え()()()()()()()()としてもその蠱惑的な魅力を遺憾なく発揮し、たった二カ月で酒場の看板娘になってしまった。

 そんな二人に囲まれると、珍しい黒髪で顔立ちは整っているというのに、一番平凡で凡庸な青年にしか見えないのがヴァル――エドヴァルトであり、それをさりげなく嘆いているのをカイリもオーウェンも知っている。


 季節は8月。

 今の彼らは三ヶ月間限定でリドミンゲル皇国に短期滞在しているレヂ公国の学生だ。

 滞在ついでに小遣い稼ぎがしたいと酒場の店主に直談判すれば、聖女お披露目で賑わう時期ということもあり、あっさりと働くことが出来た。

 彼らの正体がザールムガンド帝国の軍人で、実はその聖女の情報収集の為に潜入してるとは誰も思わないだろう。



 「んで、いつだっけ? そのお披露目って」

 「明後日のお昼よ。皇城から続く一本道を封鎖してのお披露目だってずっとみんなが騒いでたじゃない」

 「ふーん」

 「相変わらずほっんと興味ねぇな、お前は」



 添えられたポテトサラダを口に運びながらエドヴァルトは聞いておいて無関心そうに返事を返す。

 興味がないわけではない。むしろ興味がないふりをするのが大変なくらいだ。


 

 (今回の聖女は、何年生きられるんだろうな……)



 12年前に光と散って世界の理力(リイス)に還ってしまった()()を、エドヴァルトは今日この日まで忘れたことがない。――幸せだった時間が破られ、大好きだった人が霧散した、あの瞬間(とき)を。

 

 きっとそれは、リドミンゲルの上位神官と皇帝。そして、ほんの一握りの人間しか知らない聖女召喚の真実。

 しかし、当時まだ8歳だったエドヴァルトは彼女を失った現実を受け入れられず、止めることも、闇を暴くことも出来ず――ただ、やけに強面な侍従長に抱きかかえられるように、この国から亡命した。

 


 (さっさと滅びればいいよ、こんな国)


 

 サラダに突き刺すフォークがやけに攻撃的になる。

 今、この国の人間が笑顔で過ごせているのはたった一人の聖女の犠牲の上なのだ。

 だが、それを知る国民は皇都内には誰一人としていないのが何とも癇に障って、エドヴァルトは少しむしゃくしゃした気分で刺したレタスを口にした。



 

 ――二日後。

 群衆に紛れるようにエドヴァルト達は皇城から続く大通りに来たが、あまりの人だかりに早々に離脱すると、近くの鐘楼へと登ることに決めた。

 とは言ってもこの国では理力(リイス)の使用が一般的には禁じられているので、登頂するには実力で登るしかない。



 「ヤだ。私、スカートなのよ。ちょっと男子、先に登って」

 「はいはい。俺らだって野郎のパンツなんて見たくないよ」

 「は? ちゃんとドロワーズパニエ履いてるけど?」

 「いや、そこじゃねぇんだわ」


 

 これが女の子だったらなぁ~とお年頃の青年らのため息がもれるがカイリは不満げである。

 ここに誰よりも美人な私がいるでしょう! と飛んでくる文句を適当に躱しながら、エドヴァルト達はさっさと鐘楼に登っていった。


 

 「お、悪くねぇな、結構見えるぞ」



 一番最初に登ったオーウェンの言う通り、鐘楼から見下ろす眼下は隠れ見るという部分から少々側面になってしまうが、それでも地上でもみくちゃになりながら見るよりよっぽどいいポジションだ。

 大体、お披露目と言っても聖女の顔は薄いベールに覆われてその全貌はよく分からないのだから、眺めるだけならこれで問題ない。


 最後のカイリも難なく登ってくれば、三人は器用にバランスを取りながら腰を下ろす。

 しばらく待ったところでお披露目の開始を知らせるファンファーレが鳴り響き、大通りから中央広場まで溢れかえった民衆の歓声が上がった。

 真っ白いドレスにレースのベールを被った一人の少女を恭しくエスコートして花道を歩くのは、この国の現皇帝ファインツ・リドミンゲルだ。

 その姿に皮肉めいた笑いが漏れ、エドヴァルトは歪んだ口元のまま視線を下げた。



 「……さぁて、噂の聖女様のお出ましだ」



 

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