第8話 黒の決意(1)
カフェテリアで昼食を取ったのちに、唯舞はリアムと共に軍本部地下にあるという軍服管理庫に向かった。
私服で少々目立ったが、バングルがないと入れない軍内部だからか、誰にも声を掛けられることなく地下へと降りる。
「ミーアさーん! リアム・ラングレンでーす! いますかー?」
誰もいない受付からリアムが声を掛ければ、少し遠くから「ちょっと待っててー!」という返事が聞こえた。そのまま2、3分ほどその場で待てば、ガタガタと台車を押す音と一緒に一人の女が現れる。
あちこち跳ねた髪を無理矢理ひっつめ、ヨレヨレのシャツに軍服を羽織ったジーパン姿。軍に所属する人間としてはかなりラフな出で立ちの彼女は、リアムを見るなりにっこりと破顔する。
「ごめんごめん、リアムー! 待たせたね……彼女がイブちゃん?」
「はい、そうです。イブさん、こちらが軍服の管理をメインにおこなってるミーアさんです」
「初めまして。えと、唯舞・水原です」
ぺこりと唯舞がお辞儀をすると、ミーアは物珍し気に目を細めつつも穏やかに微笑んだ。
「うん、エドから話は聞いてるよ。アルプトラオムは男ばっかだから、何か困ったことがあったらあたしの所においでね」
よしよしと受付越しに頭を撫でられ、唯舞は小さく首を傾げる。
「エド?」
「あぁごめん。エドヴァルトのことだよ、あの胡散臭いグラサン。あいつに何か変なことされたらすぐ言いにおいで。あたし、あいつの同期だからぶん殴ってあげる♡」
ニッといい笑顔でミーアが笑い、同意するようにリアムもうんうんと頷いた。
「大佐は万年彼女募集中の男ですからね。イブさんもほんと気を付けて下さい」
「は、はぁ……」
「黙ってればいい男なんだけど、アイツが黙ってることはないからねー……ほんと残念な奴」
リアムとミーアの脱力したため息に、飄々としたエドヴァルトの姿が脳裏に浮かんだ。
(見た目は大人、中身は子供、だっけ? ……ん? なんか違う?)
どこかで聞いたことのあるようなないようなフレーズが浮かぶが、うまく言葉にできない。
途端、パンっと両手を鳴らす音が唯舞の思考を引っ張った。
「まぁあいつの事はどうでもいいや! とりあえずはイブちゃんの制服だね、ちょっと待ってて」
切り替えるようミーアは後ろに並んだ膨大な量の軍服の中から何種類かの服を引っ張り出し始める。
「とりあえずジャケットとシャツとスカートで基本のワンセットね。黒服は戦闘部員ばっかだから非戦闘員の服はデザインが可愛くなくて申し訳ないんだけど」
「黒服……ですか?」
唯舞の不思議そうな声色に、忘れてたとばかりにリアムが慌てた。
「あ、しまった! イブさんにはまだ制服の説明はしてなかった! えっとですね、うちの国には国内治安維持の白服と戦闘区域での実動部隊の黒服の二種類があるんですっ」
「こーら、リアム。黒服と白服は仲悪いんだからちゃんと教えとかなきゃダメじゃーん」
「すみません、ついうっかりしてました」
ミーアのジト目にリアムが恐縮したように肩を竦める。
それを見てなるほどと小さく頷いた唯舞だが、そんな派閥争いのようなことがあるのかと素直に疑問を投げかけた。
「その白服と黒服ってそんなに仲が悪いんですか?」
「悪い悪い! 会ったら笑えるくらいにバッチバチよ」
ケラケラと他人事のようにミーアは笑う。
どうやら戦闘前線部隊の黒服と後方支援部隊の白服では大きな隔たりがあるらしい。
(あー……なるほど。現場と本部でめちゃめちゃ揉めてるやつか……)
日本にも確か、橋を封鎖したり、現場の刑事が遠く離れた会議室のお偉方にブチぎれる、映画界屈指の名シーンがあった。
そういう部分はどこも変わらないのだな、と思ったら何だか妙に現実的で。その一瞬、ここが異世界だということを忘れそうになってしまう。
「ま、触らぬ神に祟りなしってやつよ。特にアルプトラオムなんて超最前線部隊だからね。でも、基本はあーちゃんが容赦なく叩き潰すだろーから、まぁイブちゃんは心配しなくても大丈夫」
さらっと知らない名前を口にするミーアに、誰? っと視線を向ければリアムが小さく苦笑する。
「アヤセ中佐のことですよ。中佐も僕も、ミーアさんの後輩なんです」
「そーそー! みーんなあたしの可愛い後輩ちゃん達なの~♪ 特にあーちゃんみたいなつんつんしてるタイプはいじり倒したくなるのよねー」
ニッと悪そうに口角を上げたミーアに、リアムは「中佐をからかうのも程々にして下さいよ~」と少し疲れたようにため息交じりに笑った。
その様子を見て、あの薄氷色の瞳を思い出し少し不思議に思う。
(そういえば、中佐は大佐からも"アヤちゃん"って呼ばれてたっけ?)
"アヤちゃん"にしろ"あーちゃん"にしろ、そんな可愛らしい呼び名が似合う人ではないと思ったが、意外と年上のお兄さんやお姉さんに可愛がられるタイプなのかもしれない。
そう思ったらなんだか、あの冷徹さが少し和らぐような気がした。




