第78話 彼が知る真実(5)
ほんの五分もない時間。
エドヴァルトは大きく息を吐き出しベッドから体を起こした。
まだ夕闇に染まるまでは時間がある。後で自分とカイリは再契約にもいかねばならないが、何よりも今は。
「……とりあえず、ご飯にしない? 俺、腹減っちゃった」
いつものエドヴァルトの軽い声色に、ようやく張りつめていた部屋の雰囲気がほどけるように解ける。
そうして部屋で食べられるよう手配して並んだ食事、正確には唯舞の前に並んだ食事に、男性陣は改めて食文化の違いを実感するのだ。
「~~~っ!」
唯舞の目の前に並べられたのは、女将が気を利かせて用意してくれた他の四人とは違う海鮮尽くしの料理だった。
海鮮自体はザールムガンドでもよく使われる食材だが、問題はそれが生の状態で提供されたということにある。ザールムガンドに、海鮮の生食文化はないのだ。
「お刺身……!」
だが、キラッキラッと輝く唯舞の目に男性陣は内心困惑しても一切何も言えなかった。
おにぎりや総菜を見た時と全く同じ反応の唯舞に、女将は嬉しそうな上品な笑いをこぼす。
「えぇえぇ、お嬢様ならそう言って下さると思っておりました。こちらは本日朝どれの鰹、カンパチ、真鯛、ブリ、タコのお刺身でございます。てんぷらの盛り合わせに茶わん蒸しにはウニを。蟹はどうぞしゃぶしゃぶでお召し上がりください。そしてこちらが、我が旅館名物の宝石海鮮丼でございます」
「ふぁぁ……海鮮丼! 海鮮丼が……キラキラしてる……っ!」
((((一番キラキラしてるのは、唯舞だけどな……))))
海鮮丼より眩しい笑顔に、男性陣の心の声は見事にハモっていた。
間違いなくこの場で今一番輝いているのは他でもない唯舞である。
ここまで喜ぶ姿を見てしまうと、やはりただザールムガンド帝国に連れ帰るのが少し可哀そうにも思えて、ザールムガンド帝国でこの国の食材を扱っている場所を女将に尋ねてみれば、首都ヴェインの南方に当たる港町にアンテナショップがあるらしい。
それを聞いた唯舞の顔が歓喜に震える。
「……少し落ち着け」
「だって、中佐! お米……白米ですよっ!」
「分かった。分かったから、落ち着け」
「そうね、ひとまず帰る時にイブちゃんが欲しいものを買って帰りましょうか。その白米もね」
「~~~! カイリさん大好きですっ」
「あら、嬉しい。私も大好きよ」
唯舞を挟むように左右に座ったアヤセとカイリが落ち着かせるように唯舞を宥めていたが、白米の威力のほうがだいぶに強かった。
最終的に明日の白米を保証したカイリに軍配が上がり、唯舞が満面の笑みをカイリに向けてアヤセが不服そうにするところまでが恒例の流れだ。
「あー……これがアレか。胃袋を掴むってやつか?」
「唯舞ちゃんの胃袋掴んでるのが白米なんだけど」
「俺らにゃ分かんねーけど、多分きっと深ぇんだよライスってやつは」
先に食べ始めたエドヴァルトとオーウェンは唯舞とは違い、肉料理を豪快に口に運ぶ。
最高級のステーキは柔らかく、旨味と肉汁がじゅわりと口の中で弾けて一緒に用意された酒ととにかく相性がいい。
海鮮尽くしにほくほく顔の唯舞は、両手を綺麗に合わせて、頂きます、と小さく呟いた。
「……そういえば、食事の度に|"いただきます"《それ》を言ってるが、お前の国の風習か?」
何故だろうかほんのり機嫌が悪いアヤセに、箸を手にしたまま唯舞は目線を向ける。
「そうですね、"いただきます"は、私の国の食事始めの挨拶文化です。"命を頂きます"という食材や食べることが出来ることへの感謝と、その料理が出来る過程で関わった方々にも敬意を示す言葉ですね」
「……ふ……っ」
唯舞の説明にエドヴァルト、カイリ、オーウェンが思い出したように小さく笑う。
疑問符を浮かべた唯舞とアヤセに気付いたカイリがフォローするように違うのよと手を振った。
「ごめんなさい、イブちゃん。違うの、そんな崇高な理由があるなんて思ってなくて」
「そういえばあいつ、ただ飯食う時の決まり文句だからとしか言ってないよな? ぜってぇ嬢ちゃんが説明したような理由知らないだろ」
「可愛いじゃん、ちょっとアホっぽいだけで」
「イブちゃんの説明を聞いたら心配になるわよ。18でしょう? あの子」
「…………ぁ」
唯舞もアヤセも分かってしまった。――気付いてしまった。
三人の会話の主が一体誰を指すのか。
そんな唯舞達に対し、エドヴァルトが柔らかく笑う。
「遅くなってごめん。ちゃんと話すね」
その言葉が、切なさを含んだどうにもできない感情で胸の内を染めていく。
今まで不透明だった全てが、誰よりも隠したかったはずのエドヴァルトの手によってついに始まる、そんな決意の音がしたようで。




