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第76話 彼が知る真実(3)


 部屋を出たカイリは、そのまま外に向かいロウを探す。

 にぎり屋リッツェンと()代わりのカイリとしてではなく、アインセル連邦の一首長とザールムガンド帝国アルプトラオム師団・少佐としての面談を申し込むためだ。



 「よぉ、待たせて悪かったな」



 場所はそのまま旅館の一室を使わせて貰えることになり、ロウと一緒に部屋に入ってきたリッツェンにカイリは微笑みながらソファーから立ち上がる。

 

 

 「こちらこそ急なお願いを聞いて下さって感謝するわ。改めて……私はザールムガンド帝国アルプトラオム特殊師団カイリ・テナン少佐よ」

 「あ、アルプトラオム?!」



 リッツェンの後ろにいたロウが驚きの声を上げた。他国とはいえ、ザールムガンド帝国の最強特殊師団であり、理力(リイス)のエキスパートでもあるその名は全世界に名を馳せている。



 「そうか、なるほどな。俺ぁこの辺りの首長なんてもんやってるリッツェン・バークだ。まぁにぎり屋のほうが性に合ってるがな。改めて歓迎する、テナン少佐。我がアインセル連邦第7地区へようこそ」



 そう言って両者が握手を交わす。

 互いにソファーに座り、慣れたようにリッツェンがロウに茶! といえば彼は戸惑いながらも三人分のお茶を準備してくれた。

 

 

 「にしても、立ち振る舞いで軍人とは思っていたが天下のアルプトラオムだったか。ならそのアルプトラオムが後生大事に、しかも複数人で守ってるあの嬢ちゃんは只者じゃあねぇってことだな。……あの子は、どうみても一般人だろ?」

 「そうね。彼女はアルプトラオムの補佐官ではあるけど、理力(リイス)も戦力もない、ごく普通の女の子よ。私達の国ではね」

 「?」



 ロウは不思議そうに首を傾げていたが、リッツェンは違った。

 鋭い視線がカイリを探るが、彼は穏やかな表情を崩さない。だがその瞳は決して笑ってはいなかった。



 「……さっき、春に咲く薄桃花(はくとうか)が咲いたってな」

 「えぇ」

 「嬢ちゃんに反応して咲いたみてぇに見えたって聞いたが」

 「そうかもしれないわね」

 「……リドミンゲルには10数年間隔で豊穣の聖女サマとやらが現れる。そろそろ、そんな時期だよな」

 「そうね。困ったものだわ」

 「だが俺の知る範囲じゃあ聖女召喚の時期っていうのにリドミンゲルにはまだ聖女は現れてねぇどころか()()を探るようにうちの国まで間諜共が来やがってるって話だ」

 「えぇ。うちの国にも大量に沸いたし、レヂ公国にも精鋭部隊が現れたって話だから、全世界、()()を探し回ってるんでしょうね」



 出されたお茶に互いに口をつけ、カイリとリッツェンの間に沈黙が流れる。

 二人のやりとりをロウはただただ落ち着かない気持ちで聞いていた。

 唯舞(いぶ)のことだから聞きたいことは山のようにあったのに、何からどう聞いたらいいのか考えがまとまらない。


 ただ、あのヤーレスエンデの曲を聞いた途端に談笑していた唯舞の様子が明らかに変わったのだ。

 茫然とした紫色の瞳から溢れた滴が、何かを希求するようにみるみるうちに溢れて。

 ロウはそんな唯舞に声を出す事も出来ずに見惚れてしまった。

 

 いや。ロウだけではない、あの場にいた人間のほとんどが唯舞から目を離せなかったのだ。

 彼女が倒れる、その瞬間(とき)まで。

 

 

 「……もしかしてイブさんは……リドミンゲルの聖女なのか?」



 ぽつりと呟いたロウの言葉に、カイリは笑みを浮かべたまま肯定も否定もしない。

 春にしか咲かない薄桃花(はくとうか)は唯舞の歌声に呼応するように満開の花を咲かせ、唯舞もそんな薄桃花(はくとうか)を泣きながらも愛おしげに見上げていた。

 唯舞の長く美しい髪がまるで太陽のように輝いて見えたのは目の錯覚だろうか。


 

 「来年のこの一帯は、もしかしたら実り豊かな年になるかもしれないわね」

 「……そうなればありがてぇ話だ。もしかしたら運よく女神の機嫌の一欠けらを賜れる年なのかもしれん。そん時は最大の感謝をもって活用させてもらおう」

 「えぇ、それがいいわね。――ねぇロウ」



 カイリがロウに向かって穏やかな顔で笑った。



 「私達は明日、帰国するわ。…………イブちゃんに良くしてくれてありがとう。あんなにはしゃいでるあの子を見たのは初めてよ。アナタみたいな普通の子がそばにいてくれたら、イブちゃんも平穏で幸せな生活を送れるのかもしれない。……でも、ごめんなさいね。諦めろとも忘れろとも言わないわ。それでもあの子は置いていけないの。あの子の幸せとあの子の身の安全は、今は同じ場所にはないのよ」



 それがカイリからロウに伝えられる答えだった。自分に魅了されず、唯舞に惚れたという彼の誠意に対する――精一杯の言葉だ。

 カイリの立場では唯舞が聖女だとは断言できないし、それはリッツェンも理解している。

 あえて個人ではなく、"首長"と"少佐"という立場で交わされた話ならば、それ以上は安易に踏み込んではならないのだ。


 カイリが立ち去った室内で、拳を握りしめ俯く息子の髪をリッツェンは乱暴に撫でる。

 ぐらぐらと撫でられるままのロウは、もう何も言わなかった。


 

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