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第75話 彼が知る真実(2)


 部屋が分かれると面倒だと唯舞(いぶ)の部屋に投げ込まれたエドヴァルトは、ツインベッドの一つに深く身を沈ませる。

 まるで深酒した後に嵐の海に投げ出されたような気持ちの悪さに、片腕で顔を覆い、なんとか苦し紛れの呼吸を宙に逃がした。



 「オーウェン、後は頼むわね。私はちょっとリッツェンさんのところに行ってくるわ」

 「あ? ……あぁ……そうか、そうだな。分かった、こっちは任せろ。おい、アヤ坊」



 ベッドに寝かされた唯舞にきちんと布団をかけてやってから、心配げな視線を残しつつ足早にカイリが部屋から出て行く。

 オーウェンの呼びかけに、アヤセが顔を向けた。



 「とりあえずお前も寝て、理力(リイス)を全回復させとけ。今、嬢ちゃんになんかあったらお前しかいねぇ」

 「……何だったんだ、さっきのは」



 アヤセの問いにオーウェンは複雑そうに眉を寄せ、その視線は眠ったままの唯舞へと注がれる。

 辿るように見た唯舞は、眼鏡を外してるからか、寝顔だからか、ほんの少しだけ幼い。



 「お前は、嬢ちゃんのことをどこまで知ってる?」

 「………………」



 オーウェンのその言葉はアヤセの胸に深く刺さった。

 声に出そうとした言葉は何も形にすることができず、アヤセは僅かに視線を逸らす。



 (知っている、こと……)


 

 名前は、水原唯舞(みずはらいぶ)

 あの日、エドヴァルトが拾ってきた異界人の女で。

 

 指導役でもあるリアムとは行動を共にすることが多く、アヤセ(自分)にはさして興味がなく、元の世界に帰りたいという言葉でさえ同性のミーアにしか吐露しなかった。

 ――そんな、存在。


 でも、レヂ公国で唯舞と過ごした三日間は、問題も山積みだったがそれでも居心地良かった。

 交わした言葉も触れた体も。

 笑い顔も、驚いた顔も、拗ねた顔も、呆れた顔も。

 ――――泣き顔も。


 唯舞が他の誰かと共にいたら不快になるほどに、全てアヤセの心と記憶に残っている。

 でも、それだけだった。

 アヤセが知っている唯舞は、それだけなのだ。

 恐らくはきっと、今この地にいるアルプトラオムの中で一番唯舞の事を知らないのはアヤセで。



 「嬢ちゃんはな、リドミンゲルの聖女だ。これはもう間違いようがない。さっきのは聖女としての力の一端だな」



 はぁっと深く息をついてオーウェンはエドヴァルトのベッドのほうに足を運んだ。

 あっという間に意識ごと沈んだエドヴァルトのベッド際に腰を下ろすと、額に手を当て、ごく少量の理力(リイス)を丁寧に薄く伸ばして体内に流してやれば少しだけエドヴァルトの表情が和らいだ。



 「リドミンゲルが何回も異界人召喚をしているのは知ってるな?」

 「…………あぁ。初めに召喚したのがおおよそ90年前で、唯舞で五人目だと」

 「……そうだ。―――()()()()()は、嬢ちゃんで五人目だ」



 オーウェンの表情は一切変わらなかった。

 ただ淡々と、感情を置いたようにただ淡々と言葉だけが滑り落ちる。



 「だがその人数は正確じゃねぇんだわ」

 「正確じゃ、ない?」



 オーウェンはあぁ、と答えてからもう一度エドヴァルトに理力(リイス)を流す。

 何回かに分けてゆっくりと流して、急激な理力(リイス)損失に傷付いたエドヴァルトの内側を癒すのは回復役としての自分の役目だ。

 


 「――――七人だ。91年間で聖女は七人。嬢ちゃんは八人目だな」



 ぽつりと呟かれた言葉は、静かな室内に冷え冷えと広がった。



 (七人)



 そうなると少々計算が変わってくる。

 90年を五人で計算していた18年周期ではなく、91年を七人ならば間隔はもっと少なくなり13年周期になってしまう。



 「聖女の加護が残るのは13年。なんでその間隔なのかは分かんねぇが異界人召喚の星が巡るのがその間隔なんだとよ。だから召喚の儀が行われるなら13年に一度だ」



 ふう、と顔色と呼吸がだいぶマシになったエドヴァルトを見てオーウェンは小さく息をついた。

 13年……と唇に乗せる程度の声色でアヤセが呟き、意図せず言葉がこぼれる。


 

 「…………13年で、死ぬのか? 聖女は」

 


 思った以上に無機質な自分の声に、アヤセは少し驚いた。

 だがオーウェンは、静かに目を閉じ、否と口にする。

 聖女はその役割上、自分たちが思う以上に短命な生きものなのだ。

 

 

 「――聖女の命はな、初代聖女を除けば()()()3年だ。嬢ちゃんの一つ前の聖女は、半年しか生きられなかった。その前は、確か2年だったと……そう聞いてる」

 「……!」



 ぐっと沸騰するような激情のまま、一瞬にして血の気が引いた。

 アヤセの予想していた18年という生存年数などとは比べようもないほど恐ろしく短い時間。



 "中佐"



 ふと、自分を呼ぶ聞き慣れた声が脳裏を掠めたが、深く眠った彼女が目を覚ます気配はまるでなかった。


 

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