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第74話 彼が知る真実(1)


 泣きながら歌い出した唯舞(いぶ)を、誰も止めることが出来なかった。

 か細く震える旋律が弦に乗って、ヤーレスエンデの空へ溶けていく。

 奏者達もその声に気付いたのか、一拍ののち、合わせるように弦を鳴らし始めた。



 「……綺麗。……太陽の精霊みたい」



 朝日ではなく、唯舞を見た誰かの呟き。

 声も、姿も。

 泣いているその姿は、精霊が降臨したかと思うほどにあまりにも美しかった。

 まるで、名もなき太陽の精霊がヤーレスエンデの祝祭に舞い降りてきたのではないのかと思うほどに……。

 

 涙が零れ、声が不器用に揺れても、唯舞は深紅(みく)のスマホを胸に抱いたまま旋律を辿っていく。

 13年前にも深紅がこの曲を歌ったのだと思うと、どうしようもなく胸が痛んだ。


 まさかこんな異世界で。

 こんなにも美しく、愛されてきたこの曲を。

 たった一人で……深紅はどんな気持ちで歌ったのだろう。

 

 さぁぁ、と世界が呼応するように一際大きな風が吹き、目を細めた唯舞の目の前にひらりと薄紅色の花びらが舞う。



 「お、おい! 見ろ! 薄桃花(はくとうか)が!」



 それが一体誰の声だったかは分からない。それでも花びらを辿るように唯舞がのろりと顔を上げれば、目の前には満開に咲き誇る薄桃色の木があった。

 それを見て、唯舞の瞳がこれ以上ないというほどに見開く。

 

 季節は真冬。この花が咲く季節ではないのに。

 唯舞の震える声が、足が、体が。

 旋律を紡ぎながら木の幹まで辿り着き、ぺたりと幹に手を当てて戸惑うように見上げる。



 「――ッ!」


 

 桜、だった。

 そこにあったのは、あの見慣れた日本と同じ美しい桜の木。

 それが、今、季節外れに咲き乱れ、冬の朝風に花びらを散らしている。

 

 くしゃりと唯舞の顔が歪み、涙とともに世界も揺れた。

 だがそれは決して比喩ではなく、唯舞の異変に気付いたエドヴァルトがいち早く駆け出す。



 「――唯舞ちゃん!」



 糸が切れるように、がくりと膝から崩れ落ちる唯舞を抱きとめればすでに意識はなく、唇は色を失っている。

 

 

 「くそがっ!」

 「エド!」

 「寄るな!」



 オーウェンの声を制して、晒された唯舞の首筋と手首に己の手を当てるとエドヴァルトは強引に理力(リイス)を流し込んだ。

 一気に血を抜かれるような激しい不快感に顔を歪めながらも、エドヴァルトは決してその手を放そうとはしない。

 


 「ふざ、けるな……ッ連れて行かせるかよ……!」



 焼き切れそうな閃光が目の前で散り、強烈な吐き気に襲われる。

 理力(リイス)が潤沢なエドヴァルトだからかろうじて耐えられる負荷を、自分より理力(リイス)の少ないカイリやオーウェンにさせるわけにはいかない。状況が分からないアヤセには以ての外だ。


 15秒ほどでフッ、と理力(リイス)の吸収が収まり、唯舞の唇にじんわりと生気が戻る。

 詰めていた息を吐き出すようにエドヴァルトは荒く短い呼吸をついた。



 「エド! 生きてるわね?! どれだけ持ってかれたの?!」

 「は……っ、はぁ。……半分、ってとこかな」

 「嘘だろ、お前でそんだけ持ってかれるのかよ! ……ち、とりあえず一回部屋戻るぞ! おいエド、立てるか?!」



 エドヴァルトの手から唯舞を抱き上げたオーウェンが声を掛け、カイリの差し出された手に寄りかかりながら、エドヴァルトはふらりと立ち上がる。



 「何とかね……あー……くっそ、滅茶苦茶気持ち悪ぃ……」

 「でしょうね! あーちゃん、エドに肩貸してやって!」



 何が起こったのか分からず茫然と立っていたアヤセにカイリの声が飛ぶ。

 ハッとしたように意識がクリアになったアヤセは、カイリからエドヴァルトの腕を受け取ると鉛のように重いその体を支えた。

 まだ、唯舞の身に何が起きて、エドヴァルトが何故唯舞の異変に気付いて、カイリ達がどうしてそれを理解しているのか分からない。

 だが、隣にいるエドヴァルトの顔色は、今まで見てきた中でも最悪の部類に入るほどに悪かった。



 「アヤちゃん……しばらくは、絶対に唯舞ちゃんから離れないで。カイリやオーウェンに()()は対処させられない。唯舞ちゃんに異変が起きたら、とにかく理力(リイス)を唯舞ちゃんにあげて」

 「…………分かった」

 


 大量の理力(リイス)消失にエドヴァルトは忌々しげに眉を寄せる。

 状況把握さえ出来ないアヤセだったが、それでも小さく頷き、半ばエドヴァルトを引きずるように館内へと戻っていった。

 

 

 

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