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第72話 異文化交流(9)



 (ふぅん? この子が……)



 出会ったばかりの唯舞(いぶ)にプロポーズ、もとい告白をしてきた男と聞いていたからどんな男かと思えば、存外普通の青年で拍子抜けだった。

 それまで静かに話を聞いていたカイリがそっと唯舞の名を呼ぶ。



 「イブちゃん。そちらは?」



 にっこりとカイリが微笑めばざわりと周囲の人間がカイリに対してどよめいた。

 それはそうだ。アルプトラオムの花と呼ばれたカイリである。

 軍でもノアの洪水よろしく、歩けばその美しさに人波が割れるカイリなのだ。

 彼が本気を出せば、老若男女関係なく魅了されてしまうだろう。



 「あ、えと。昨日会ったリッツェンさんの息子さんのロウさんです。こちらは私の……」

 「()代わりのカイリよ。あら、リッツェンさんのところのご子息だったのね、初めまして」


 

 これで唯舞ではなく自分に目移りするようならばそれまで、と言わんばかりの艶やかさで微笑んだカイリは、ぎゅっと唯舞を後ろから抱きしめ言葉を遮った。

 そんな中、ロウは少し驚いたように目を丸くしたがすぐに人懐っこい笑みを浮かべる。

 


 「あぁそうなんですね。初めまして、ロウです」

 「ふふふ、聞いたわ。うちの妹に一目惚れですって? 分かるわぁ姉の私から見ても特別可愛いもの」

 「カ、カイリさん……っ」



 唯舞はカイリの腕に触れながら顔を赤らめた。

 他でもないカイリにそれを言われると嬉しいという感情より何だか居たたまれなくなって困るのだ。

 そんなカイリに、ロウは照れと苦笑の間の表情を浮かべる。


 

 「振られましたけどね。でも、諦めてはいませんよ。まだチャンスはありますから。という訳でイブさん、寒いですから甘酒なんて興味ないですか?」

 「甘酒……っ」



 ケモノ耳があったらぴょんと生えそうな勢いで唯舞が反応して、カイリはやれやれと苦笑する。

 この地は彼のホームグラウンド。そしてきっと、異界人の唯舞にとっても故郷に近しいものがあるのだろう。

 行きたそうな顔で許可を求めてくる唯舞に、しょうがないわね、とカイリは腕を解いた。


 露店に向かう唯舞とロウを見送りながらカイリは少しだけ目を細める。



 「カイリに反応しないなんて、一応唯舞ちゃんに一目惚れっていうのは嘘じゃないんだね」

 「エド。……そうね、厄介だわ。私に惑わされてくれる程度の男だったら簡単だったのに」



 肌寒さを理力(リイス)でカバーしながらカイリは自分の隣に並んだエドヴァルトに苦笑した。

 露店に並んで、温かな飲み物を受け取って何やら楽しげに笑う二人ははたからみればお似合いのカップルに見える。

 食べ物も文化も恐らく合っている二人は、時間をかければもしかしたら愛を育めるのかもしれないけれど。



 「唯舞ちゃんは連れて帰るよ」

 「…………そうね。あの坊やがいかに見どころがあっても、イブちゃんは守れないわ」

 「うん。……あとね、カイリ。話そうと思うんだ……唯舞ちゃんとアヤちゃんに」

 「そう。アンタが決めたのなら、私もオーウェンも反対はしないわ。……私達の再契約が終わったら、きちんと話しましょう」



 冷たい風が頬を撫で、13年前も同じような風が吹いていたなと絶望に染まったあの日を思い出す。

 長い年月が過ぎて、全てが杞憂で終われば良かったのに。

 そんな願いを打ち砕くようにリドミンゲル皇国は唯舞を喚んでしまった。次代聖女として新たな異界人を。


 あの時打った手がうまく作用して唯舞を手元に置くことは出来たけど、本質は何も解決してない。

 レヂ公国で襲われた時に唯舞の存在はかの国に露見したとみたほうが良いだろう。


 エドヴァルトの拳がぎりりと震える。

 一度目は25年前、二度目は13年前。自分の大切なものは全てリドミンゲル皇国に奪われてしまった。

 それでも当時のエドヴァルトはまだ小さくて、幼くて、リドミンゲル皇国に対しても世界に対しても何もできなかったのだ。


 

 "エド!"


 

 18のまま、時が止まってしまったあの日の彼女を、まだエドヴァルトは過去のものに出来そうにない。

 ふいに視界に戻ってきた唯舞がエドヴァルトに声を掛けた。

 深紅(みく)と同じ、整えられた前髪に真っすぐに伸びたロングヘアーをエドヴァルトは眩しげに見つめる。

 


 「あれ? 大佐、来られたんですね。おはようございます」

 「うん、おはよう唯舞ちゃん。ほら太陽が昇るよ」



 そう言ってエドヴァルトは視線を水平線のほうに向けた。

 今となってはアヤセが唯舞の事を好きになってくれて本当に良かったと心から思っている。

 アヤセがいるから、唯舞はエドヴァルトの歪んだ想いの犠牲にはならずに済んだのだから。

 

 もしもアヤセの存在がなかったら、自分は愚かにも深紅の代わりに深紅によく似た唯舞を愛していたかもしれない。

 埋まらない心の穴を、埋められない方法で。

 そう思ったら予想以上に馬鹿らしくて、エドヴァルトは朝日が眩しいと口にしながら誤魔化すように自嘲した。


 

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