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第70話 異文化交流(7)


 ひとり唯舞(いぶ)達から離れたアヤセは寒空の下、高台から街並みを見下ろしていた。

 氷の理力(リイス)を持つアヤセならば寒さをなくす程度のことは容易だが、そんな気にもなれずに冬風に吹かれるまま白息(しらいき)がもれる。



 "何で私が言われたことに対して中佐がそんなに機嫌悪くなるんですか!"



 眼下ではヤーレスエンデを祝福するように煌々と灯りお祭り騒ぎが続いていた。だが、それに引き換えアヤセの心は意図しない感情でどこまでも掻き乱されている。



 「……どうして、だと? そんなもの、俺が聞きたい」



 眉を寄せてアヤセはあの時の唯舞の顔を思い出した。

 元々感情を表に出すことを得意としなかった彼女が見せた初めての怒り。それに対して思わず我を忘れて、よりにもよって力でねじ伏せそうになった自分がいる。

 オーウェンが止めなければ、あるいは唯舞を傷付けていたかもしれない。



 「お、ここにいたか」



 後ろから声を掛けられてもアヤセは動けなかった。

 それを気にした様子もなく、オーウェンはアヤセの隣に並ぶ。



 「嬢ちゃんは大丈夫だ。俺が部屋に送って、今はカイリ達と一緒にいる」

 「……そうか」



 感情が欠如したような声で返事を零したアヤセの白銀の髪を、オーウェンはくしゃりと撫でた。



 「アヤ坊、覚えておけ。女はお前が思うよりもずっと強いが、脆い。加減を間違うな」

 「…………」

 「嬢ちゃんをお前に近寄ってきた女と一緒にするなよ?」

 「…………そんな事は、分かってる」



 28にもなっても手の掛かる弟分は少しだけバツの悪そうな声で呟いた。

 ガシガシと撫でてやれば珍しく何も言わない。

 普段なら嫌そうに不平不満をもらすのだが、相当堪えたんだなとオーウェンは笑いを噛み殺した。



 「ついでだ。どうせお前寝れねぇだろ? 先に再契約行くぞ。お前の足なら夜中には戻れるだろうし、嬢ちゃんにはカイリ達が付いてる。ついでに俺も送ってくれや」

 「なんで俺が」

 「嬢ちゃんの手首、赤くなってたから俺が治してやったぞー感謝しやがれ」

 「………………分かった」



 たっぷりと答えに窮したアヤセは苦々しく言葉を吐き出す。それを言われてしまうと否とは言えなくて、年越し浮かれる街並みを背中にアヤセとオーウェンは音もなくその場から消え去った。

 

 それを部屋から眺めていたエドヴァルトがようやく窓から離れる。



 「カイリ。行ったよ」

 「そう、ならいいわ」



 カイリは唯舞の隣に座って軽く自身の肩に抱き寄せるようにその薄紫色の髪を撫でていた。

 オーウェンから事の発端を聞いた二人はまた面倒なことにと頭を痛めつつも、アヤセのフォローはオーウェンに任せて唯舞の元に向かったのだ。


 オーウェンのおかげで最悪の事態は免れたが、これで男が苦手にでもなられたら堪らないというわけでカイリが唯舞をでろでろに甘やかしてる最中である。



 「ふふ、イブちゃんのお肌、本当にモチモチね。そんなに温泉っていい?」

 「いいですよ。私の国では病気の治療とか健康の為に利用する場合もありましたし。ここの温泉は美肌と血行促進に消化不良解消なので美容目的なら最適みたいです」

 「あら、それはちょっと気になってしまうわね」

 「カイリさんにはオススメですよ。早朝とか夜遅くなら人も少ないと思うんですけど」



 蒸されたお茶を手馴れた手つきで淹れる唯舞に、本当にこの国の文化が合っているのだなと少々寂しさも覚えつつもエドヴァルトもカイリに倣うように畳に直接腰を下ろした。


 

 「一応、聞きたいんだけどさ。唯舞ちゃんはその、プロポーズっていうか告白してきたそいつのことどう思うの?」



 湯飲みを両手で持った唯舞に尋ねれば、少し考えるように唯舞は小首を傾げる。



 「有難いですけど、さすがにまだロウさんのこと何も知らないですし……いきなりは、ちょっと……重いかなぁと」


 (あ……まずいわ)

 (アヤちゃん、現時点で相当感情が重そうなんだけど)


 

 笑顔を崩さないまま、ふたりは可愛い後輩の未来を案じた。



 「でも、普通に一目惚れですって言ってもらえたのはビックリしたけど嬉しかったですよ。私、あまり可愛げがないって言われるので」

 「「は!?」」


 

 唯舞の言葉に思わずエドヴァルトとカイリの声が重なり、驚いたように唯舞がお茶を飲む手を止めた。



 「え、なにそれ?! 唯舞ちゃん、誰に言われたの?!」

 「あー……昔付き合ってた恋人、ですね」

 「はぁ?! なにソイツら、イブちゃんと付き合えてそんなこと言ったの?! 信じられない! イブちゃんはとても可愛いのに!」

 「ふふふ、カイリさんありがとうございます。お世辞でも嬉しいです」

 「お世辞じゃないんだけれど! ……え? あら? もしかして……本当に通じてない?」

 

 

 穏やかに笑った唯舞に、エドヴァルト達は冷や汗を感じる。

 

 そうだ。

 唯舞(この子)はあのアヤセからの猛攻さえもものともせず、全ての言葉を社交辞令として受け流す(スルーする)、実に肝が据わった子だったのを忘れていた。

 


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