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第7話 ただいまを云えない世界へ


 その後は、唯舞(いぶ)のいた現世とこの世界との違いについて二人でゆっくりと話をした。

 

 魔法や精霊といったファンタジーな要素はあるけど、異世界あるあるの"獣人やエルフ"といった別種族はいないようで、手元にあるコーヒーのように大まかな世界水準も変わらないようだ。

 食生活もやや西洋寄りだが、ライス……つまり米もちゃんと流通しているらしく、米大国日本在住の唯舞としてはありがたい。

 

 

 「だあぁあぁぁぁぁぁ! 終わった――!」

 「五月蝿(うるさ)い、お前はいい加減黙れ」


 

 ガチャリと兵舎のドアが開いて一気に室内が騒がしくなる。

 エドヴァルトとアヤセだ。

 戦闘区域に行っていたというのに彼らは最初会った時と何ひとつ変わった様子はなく、怪我もしていないように見える。



 (まぁ……凄い人達なんだもんね)


 

 はっきり言って海ほどの理力(リイス)を持つというこの二人が本気を出したら戦争なんて秒で終わらせてしまえるんじゃないかと思うけれど、きっとその辺りは色々あるんだろう。

 

 そこで唯舞はハッと自分が借りた上着の存在を思い出した。

 エドヴァルトは上着もコートも自分に貸してくれたのだ。

 

 お礼を言わなくてはと腰を浮かそうとした唯舞を察したのか、いち早くリアムが唯舞の肩にかけたままの上着をそっと優しく取って微笑んでくれる。

 何事かと思ったら、次の瞬間、手元のコートと受け取った上着の二着をメジャーリーグ選手も真っ青な全力投球でエドヴァルトに投げつけた。


 

 「い"っったいよリアム! 何すんの?!」

 「ありがとうございました、大佐。コートも上着もお返しします。良かったですね、可愛い女の子が使ってくれた上着だなんて家宝ものですよ」

 

 (えぇぇぇぇぇ……)


 

 ギャーギャーと始まったのは、まるで小学生の喧嘩だ。

 

 先ほどのアヤセとの会話でも思ったが、上司と部下の会話にしてはかなりフレンドリーすぎる……というかエドヴァルトが一方的に他の二人からいいように言われている気がする。

 取っつき難い上司よりはいいのかもしれないが、どうにもこの人達の距離感が掴めない。

 

 

 「…………おい」

 「あ、はい……」


 

 あのおっかないアヤセが声を掛けてきた。

 先ほどより近く、その綺麗だけど冷たい薄氷色(アイスブルー)の瞳が唯舞を捉える。



 「お前の身柄だが、エドヴァルト(あいつ)がごねて、ひとまずはうちの預かりとなった」

 「アヤちゃんの言い方! ごねてないしっ!」

 「黙れ。珍しく前線に出てきたかと思えばこの女をうち預かりにしないと戦場に出ないとごねたのは誰だ?」

 「そりゃ勿論俺だけど、他に預けるよりうちで面倒見てあげた方が安心じゃん。アルプトラオムに手出ししてくる奴なんて基本いないんだから」


 

 文句を言いつつ上着を片付けて、唯舞の元へとやってきたエドヴァルトは先ほどのようにしゃがみこんで笑った。



 「唯舞(いぶ)ちゃん」


 (……ぁ)


 

 どうしてだろう。

 何故か分からないけれど、リアムと違ってエドヴァルトは、確かに"唯舞"、と日本語に近い呼び方をした気がする。

 発音の差なんてそんなにないはずなのに、なんとなくそう感じて唯舞は思わずぎゅっと手を握りしめた。



 「リアムから説明聞けた?」

 「はい、一通りは。……まだ、飲み込めないことのほうが多いですけど」

 


 そうだよねぇとエドヴァルトは申し訳なさそうに唯舞の頭にぽんと手を置く。

 見上げてくる琥珀色の瞳は、泣きそうなくらいに……どこまでも優しい。


 

 「無理やり別世界に連れてこられて混乱しないわけないから、落ち着くのはゆっくりでいいよ。ただ、これだけは最初に言っておくね。もしかしたら元の世界に帰る手段はあるのかもしれない。だけど……少なからず俺達は、異界人が元の世界に帰ったという話は伝え聞いてないんだ」


 

 エドヴァルトの言葉が、ずん、と唯舞の心に落ちる。

 それはもう……家族にも友人にも、先輩や同僚たちにも会えないということだ。

 帰り道を探そうと思った矢先に突き付けられた言葉は、何よりも堪えた。

 

 

 「…………そう、ですか」

 「うん。――ごめんね」


 

 何故エドヴァルトがそんなにも悲痛そうに謝るのだろう。

 そう思ったが、滲む視界に唯舞はもう何も言えなくなって、握りしめた拳を見下ろすようにただただ俯いた。

 

 

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