第67話 異文化交流(4)
宿に向かった五人は受付で唯舞の手元にあった曲げわっぱの弁当のことを聞かれ、さらに唯舞がリッツェンの名を出したことで場が一気に和やかになった。
自国文化に通じた唯舞の姿に、元々予約していた部屋を特別に座敷に変更してもらうことが出来たほどだ。
勿論この提案に対し、もうこの国に来て何度目になるとも分からない嬉々とした表情になった唯舞は他のメンバーの苦笑を誘う。
どうぞ、と案内された唯舞の部屋は和洋室の作りで、小さめに作られた玄関スペースにザールムガンド人には馴染みのない靴を脱いで部屋に上がるという習慣が自然と戻ってきて、逸る気持ちを抑えて唯舞は部屋に足を踏み入れた。
「おやまぁ、本当にこちらの文化にお詳しいお嬢様なんですねぇ」
案内してくれた女将が綺麗に揃えられた唯舞の靴を見て微笑ましげに笑い、保護者組はなんとも言えない表情を浮かべる。
自分達だって、まさかこれほどまでに唯舞の暮らしていた異世界とアルンセル連邦の文化が似かよっているとは思わなかったのだ。
「お嬢様、お茶はお飲みになりますか?」
「お茶……もしかして、緑茶ですかっ?」
「えぇえぇ、そうです。そのご様子ならばお淹れしましょうねぇ。皆さまは如何されますか?」
女将は慣れた手つきで座卓にある急須に手を伸ばしつつ、ぞろぞろと部屋に入ってくる男性陣に声を掛ければカイリだけが答えた。
茶葉を入れ、急須に湯を満たし、茶を蒸らす少しの間に年配の女将が唯舞に話しかけてくる。
「リッツェンの名前を他国の方から聞くとは思いませんでしたが、お嬢様をみて納得いたしました。ザールムガンド帝国とアインセル連邦では文化も習慣も大きく違いますでしょうに、ここまでうちの文化に馴染まれてる方は初めてです」
そう言った女将は畳に直に腰を下ろし、綺麗な正座姿のままの唯舞を見て微笑む。
日本人である唯舞にとっては馴染みある行動だが、椅子社会のザールムガンド人にとってはそうではない。
ひとまず唯舞を放っておいたら勝手に定住を決めそうだという危機感の元、今全員がこの部屋に集まって大変な人口密度になっているのだが、ザールムガンド人でもある他の四人はカイリを除けば当然のように窓際のラタンチェアやベッドに腰かけていた。
「そう、ですね。私もこんなにも文化が近い国があるなんて驚きでした。あの、リッツェンさんってこの辺りでは有名な方なんですか?」
一番最初に唯舞が出会った、アインセル人でもあるおにぎり屋の店主リッツェン。
顔が広いとは総菜屋のお姉さんにも聞いたが、こんな高級旅館の女将にまで名が知れているなんてと唯舞が尋ねれば女将は上品さを失わない笑い声を漏らす。
「ふふふ、そうですよねぇ。実は趣味でおにぎり屋なんてやっておりますが、リッツェンはこの地域一帯を取り仕切る首長なんです」
「…………しゅちょう……?」
「最高責任者ということだ」
あまり聞き馴染みのない言葉に唯舞がオウム返しすればアヤセからフォローが入り、なるほど、首長かと飲み込んだ。
「そんな偉い方がおにぎり屋さんをしてたんですね」
「変な男でしょう? 街や人の様子を知るには現場が一番だと昔から空いた日にはおにぎり屋をやっておりましてねぇ……」
一度湯を注いだ湯飲みの中のお湯を捨てると、とぽとぽと美しい深緑色の湯が注がれる。
それを見て歓喜に震える唯舞に、隣にいたカイリは不思議そうに眺めた。
「何度かここには泊まったけれど、その緑茶というものを飲むのは初めてのような気がするわ」
「そうでございましょうねぇ。他国はお茶よりも紅茶を嗜む文化が馴染んでおりますのでお部屋には紅茶を揃えさせております。最近のアインセルの若い方々もお茶より紅茶を好むようになってきておりますので、こちらのお嬢様のように喜んでいただけるとわたくし達も大変嬉しく思いますよ」
どうぞと差し出された湯飲みにはゆらゆらと薄い深緑色の茶が揺れている。
そっと湯飲みを手で包めば、温められた湯飲みの熱がじんわりと広がり、確かめるように香りを辿れば体中が蕩けるほどの茶葉の匂いに唯舞の瞳が恍惚とした。
「…………」
その表情にラタンチェアに腰かけていたアヤセの視線が何気なく向けられる。
二人でレヂ公国を訪れた時は、アヤセだけが知る唯舞の姿を見られたと思っていた。
ザールムガンドでは見られなかった唯舞の姿に、無意識に他の人間よりも優越感を持つほどに。
しかし蓋を開ければ彼女はまだまだ多くの表情を隠していたようで、その姿に、ほんの少しだけ胸がざわめく。
そのざわめきが何を意味してるかなんて、今のアヤセには、まだ理解できそうもなかった。




