第66話 異文化交流(3)
唯舞達の様子を見ていた総菜屋のお姉さんは、笑いながらも手にした器に蓋をしてくれる。
「ふふふ、女の子同士なのに妬きもちを焼く彼氏なんて、お嬢さんも大変ね~」
「そうなんです」
「「「はぁぁぁぁぁぁ?!」」」
唯舞の何気ない一言に保護者三人の声がぴったりと重なる。
今、唯舞がアヤセに対して彼氏という言葉を否定しなかった、だと……?
途端、がしっとエドヴァルトの首根っこを持つようにアヤセが彼らに声を掛けた。
「……ちょっとお前ら来い」
「待ってアヤちゃん! どういう事?!」
「あーちゃん!? 私、そんな話聞いてないわ! 説明なさい!」
「おいおいアヤ坊。それならそうと何でさっさと言わねぇんだ」
「五月蝿い。全員一旦黙れ」
唯舞を視界に入れたまま少し離れれば、アヤセは三人にレヂ公国での出来事を軽く説明した。
ようは二人で旅行している時にあまりにも恋人同士に間違われるものだから、説明するのも面倒だと唯舞もアヤセも否定しなかったのだと。
唯舞はその時と同じ感覚で答えているだけで、別に付き合ってもいないし、現にカイリが女だと言われても否定も訂正もしなかっただろうと。
そうアヤセが説明すれば、三人ともげんなりとした何とも言えない表情を作った。
そそそ……とアヤセから少し距離を取り円陣を組むようにがっくりと頭を垂れる。
「な……っんでそこで付き合わなかったのかなぁ?」
「知らねーよ、何でだよ。もう諦めて付き合っちまえばいいのによぉ」
「何を諦めるよ、あーちゃんにとってはむしろ望むべきことでしょう! どうしてそこまで平然と恋人ごっこが出来て付き合ってないの!」
頭の痛くなる思いだった。なぜ平然と言葉を返せるほど恋人ごっこをしているというのに、本人同士がそれ以上進まないのだろう。
アヤセも唯舞も相変わらずの表情で保護者組は深々と肩を落とす。
「あら? 私、何かマズいこと言ったかしら?」
「あぁいえ。気にしないで下さい。それよりも本当にこんな贅沢なものまで頂いていいんですか? 曲げわっぱなんて」
エドヴァルト・カイリ・オーウェンの保護者組の様子に首を傾げた総菜屋のお姉さんに唯舞は首を振る。
彼女の手元にあるのはスギやヒノキといった木を曲げて加工した曲げわっぱのお弁当箱であり、中に入っていたのは卵焼きに漬物、焼き鮭に金平や和え物類といった定番の日本食だ。
「いいのよ、それはうちの旦那がやってる工房の見習いたちが作ったやつだからね。置き場に困るから貰ってくれると助かるの。それにしても他国の子なのによくわっぱ弁当を知ってたねー。リッツェンおじさんの所から来たって聞いたけど本当はアインセルの出だったり? あ、箸は使える? フォークにしようか?」
「あ、お箸で大丈夫です。使えます」
「あはは~箸が使えるなら立派なアインセル人だよ。今日はどこに泊るの?」
「えぇ……と?」
何とか気を取り直して唯舞の隣に戻ってきたカイリを見上げれば、彼はこの辺りで一番の高級宿を口にした。それを聞いてお姉さんはわぉ金持ちだね~と笑いながら袋に入れた弁当を唯舞に手渡してくれる。
そして唯舞にとって衝撃的な一言を教えてくれたのだ。
「そこ、美肌の湯で有名な温泉があるんだけど、知ってる?」
「おん、せん……」
唯舞の瞳がみるみるうちに真ん丸に見開かれ、また何かヒットしたぞと思いながら落ち着かせるようにカイリが唯舞の背を撫でた。
今度はなんだぁ? と男性陣も話に耳を傾けてくる。
「温泉ってあれよね、お湯に浸かるやつ。前に入ったことあるけど美肌の湯なんてあったかしら?」
「あぁそれは多分、温水プールのほうじゃないかしら? 水着でしょう?」
「えぇ。……待って、その”おんせん”って水着じゃないの……?」
「温泉なら基本、裸ですよ?」
「「「はぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」
当然といわんばかりに小首を傾げる唯舞に保護者組の声が何度目かのハモりを見せ、それをどう解釈したのか唯舞はきょとんとしたまま、総菜屋のお姉さんに尋ねる。
「あれ? もしかして私の思ってる温泉と違うのかな? 水着のままですか?」
「ううん、もちろん全裸」
「ですよね」
「ただほら、外国の人は他人に裸を見せることに抵抗があるから」
「あぁ……! そっか、今は私達が外国人か。そうですよね」
「温泉に全く抵抗がないし、やっぱりお嬢ちゃんアインセル人じゃないの?」
「あー……さっきここに住みたいって言ったんですけど駄目って断られちゃいました」
「唯舞ちゃん、だから本気で残念そうな顔しないで! というか全裸って……女の子でしょ?!」
「でも普通、男湯と女湯って分かれてますよ? ……あれ? もしかして混浴ですか?」
「うんん。ちゃんと分かれてるわ」
「ほら、問題ないです。大丈夫ですよ」
一人だけ他国に順応しまくって嬉しそうに微笑む唯舞に、思わずザールムガンド人全員が顔を引きつらせた。
マズい。
このままだと本気で帰ることを渋られそうである。




