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第64話 異文化交流(1)



 「にしても……さっきの嬢ちゃんの気迫は凄かったな」

 


 おにぎりを手にする唯舞(いぶ)の頭を隣に座ったオーウェンがガシガシ撫でる。

 あまりにもそわそわする唯舞の為に近くの飲食スペースに寄った一同は、唯舞を挟むようにカイリとオーウェン、反対側にエドヴァルトとアヤセが飲み物片手に唯舞を見守っているのだ。

 

 普段ならば一人食事なんて、と遠慮するだろう唯舞が今日は一味違う。

 なんせほぼ二ヶ月ぶりの米。しかも日本人の心ともいえる塩むすびである。

 おにぎり屋の店主リッツェンに言われた総菜屋もすごく気になるが、今はともかく輝かんばかりの結びたておにぎりがどうしても食べたかった。


 はむっと口の中にいれた途端、空気を含んだ米はほろほろと(ほど)けていく。

 甘みのある白米に絶妙な塩加減。そして、最後に巻かれた海苔はパリパリで。

 久しぶりの祖国・日本の味に、飲み込んだ唯舞はほうと恍惚に似た表情を浮かべた。

 


 「ここに住む……」

 「「待って?!」」


 

 カイリとエドヴァルトの声が綺麗にハモり、アヤセの怜悧な相貌が僅かに細まる。そんな三人を見てオーウェンは何故か大爆笑だ。

 


 「大体揃いに揃って過保護すぎんだろう。そんなんじゃ嬢ちゃんも気が滅入っちまうぞ。なぁ?」



 そう言いつつも、しっかり保護者目線で唯舞を見るオーウェンの鍛え抜かれた上腕二頭筋は今日も素晴らしかった。

 服の上からでもしっかり主張を見せる鍛えられた肉体と、精悍な顔つきなのに短く切られた髪は赤桃色(ビビットピンク)というギャップがたまらない。まさに頼りになる近所のお兄さんだ。


 近所、なんて考えたら、おにぎりの懐かしさも相まってほんの少しだけ家に帰りたい気持ちが顔を覗かせたが、今はそっとその気持ちを胸の中に留めおく。


 オーウェンに乱された唯舞の髪を、カイリがもう! と怒りながら手櫛で整えてくれた。



 「私達の国(ザールムガンド)ではライスを単体で食べる文化はあまりないけれど、イブちゃんの所はそうだったの?」

 「はい、勿論パンやパスタも食べてましたけど、主食はお米……ライスだったので。最初はリゾットがあるって思ったんですけど、お米の品種が違うから私の求めているものじゃなくて」

 


 そう話しながらも唯舞は絶賛もぐもぐタイムだ。

 炊き立てごはんのおにぎりには格別の美味しさがあり、もうおかずなんていらない程のポテンシャルにおにぎりの偉大さを嚙みしめる。やはりこの地に残りたい。



 「でもこの国に残るのは駄目だからね?! 唯舞ちゃんはうちの子なの!」

 「……なんだ、それ」

 「アヤちゃんも止めて! 唯舞ちゃんがアルプトラオム(うち)の子には違いないでしょ?! 割と唯舞ちゃんの目が本気(マジ)だから!」

 「やっぱり、駄目ですか……?」

 「く……っ可愛く上目遣いしても定住はダメ! 唯舞ちゃんは俺達とザールムガンドに帰るの!」



 唯舞渾身のおねだりはエドヴァルトに却下された。だがその直後、ビキッと氷が割れる音がしてエドヴァルトの座っている椅子だけが見事に凍り付く。

 当然のごとく犯人はアヤセなのでいつもの喧嘩が始まり、それを呆れ顔で眺めたカイリとオーウェンがこそりと目配せして小さくため息をついた。

 当の唯舞なんてまるで気にした様子もなく二個目のおにぎりもぐもぐタイムに入っているというのに、本当に唯舞に対してだけは異様に心の狭い男である。



 (無自覚って……)

 (本当にタチ悪ぃな)



 心の中でカイリとオーウェンの声が重なったがそれを口にすることはなく、許容の狭い男に目をつけられた唯舞を慰めるように頭を撫でてやれば、きょとんとした唯舞に二人して噴き出した。

 そうか、あの完全に拗れた無自覚の想いを受け入れるにはこれくらい大物でなければ駄目なのかもしれない。



 「でも"食"って三大欲求の1つだから結構大事だと思うんですよ?」



 唯舞はまだ諦めていなかった。普段の唯舞ならここまで話を引きずらないのだが、米に出会えた喜びが相当大きかったらしい。



 「あぁ? 三大欲求ってなんだ?」

 「あれ? この世界にはない言葉なんですかね? 人間が持つ欲求の事で、食欲、睡眠欲、あと性欲のことです」

 「…………せい、よく?」

 「性欲ですね。一般的には男性のほうが強いかもしれませんけれど」



 さらりと口にした唯舞に男四人、全員が思わず固まった。

 

 ――今この子は、なんて言った……?

 

 「……?」


 

 何故彼らが全員揃って固まるのか分からない唯舞はとりあえずおにぎりを頬張る。甘めに味付けされたコンブがとても美味しくて、やっぱりおにぎりは最強だなぁと微笑みが零れた。



 「ま……ちょ、うん……性、欲」

 「そう……だな。大事……だな」

 「…………」

 「あーちゃん。気を確かに」



 唯舞のいた世界にはなんという言葉があるんだと、衝撃に頭を殴られた男性陣は顔を覆ってその場から動けずにいる。

 

 彼らはまだ知らなかった。

 異世界とのジェネレーションギャップは、まだまだ始まったばかりなのだということを。

 

 

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