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第50話 全ての始まり


 

 「異界人に手を出そうとした者は、以上か……こう見ると存外多いな」


 

 やれやれとルイス・バーデンは疲れた目元をほぐすように指で押さえた。

 歳を取ったからか、最近は事務仕事ですぐに疲れが出るようになってしまい困ったものである。

 

 彼の目の前のホログラムモニターに映し出されているのは、先日、軍内部で唯舞(いぶ)をさらおうと画策した白服軍人らの姿だ。

 現在は全員、ルイスからの沙汰を待つために見張り付きの軟禁状態で自宅待機させてある。

 

 唯舞が異界人だという事はアルプトラオムの長・エドヴァルトが公言し、厳重な庇護下に置いているので上層部の人間ならば白服、黒服関係なしに周知の事実なのだが、こうも白昼堂々と過激派が動くとは思っていなかった。

 まさか眠った獅子を自ら起こすような愚か者どもが、よりにもよって自下にいるとは。


 お陰で年甲斐もなく、彼らを捕縛し、眠らされた異界人(いぶ)を助ける羽目になってしまった。


 

 「全く、面倒な仕事を増やしよって。私はいい加減、大将閣下なんて座は降りてとっとと引退したいとあれだけ言っておるのに」


 

 就業時間ならとうの昔に過ぎている。くいっと煽るように手元のショットグラスの液体を飲み干せば少しだけ気分がマシになった。

 かの雷帝の逆鱗に触れた白の塔は完全復旧するまで最低あと一週間はかかるだろう。


 

 「よりにもよって、全員が幹部クラス。……やれ、これは本当に骨が折れるぞ」


 

 あの日、彼らが唯舞をさらおうとした理由は実に明白だ。

 リドミンゲル皇国との優位な条約締結、及びに、かの国の聖女とも謳われる異界人を手元に置いてその恩恵を受けたかったからに違いない。

 たったひとりで国全体の国力を上げる事が出来るという異界人の存在は、ザールムガンド帝国でも知られていることなのだ。

 

 とは言っても、彼女がこの国にやって来て一ケ月……国に全く変化は無いのだが。

 

 だが第二、第三の面倒事を起こされても堪らないし、エドヴァルトと約束をした以上、二度と異界人に手を出さないよう灸を据えねばなるまい。

 降格は当然だが、左遷。いや、手元に置いたほうがまだいいか。

 

 面倒なしがらみさえなければもっと楽なのに、とルイスはその強面の顔面を更に凶悪化させた。

 

 

 「六人がかりとはいえ、あのシュバイツ中佐の使い魔を一瞬でも無力化させたようだからな。たまには体を動かして現場仕事をするのもまぁ悪くなかろうて」


 

 やや投げやりに割り振るように指示を出して、ルイスはさっさとモニターを消す。

 元々士官学校の一教師に過ぎなかった自分がいつの間にこんな階級までのし上がってしまったのか。

 

 それもこれも全部エドヴァルトのせいだとやけくそになりながら酒を注ぐ。

 俺らは外、先生は中をお願いしますね、と教師の自分をこの地位まで皇帝陛下に推薦したのは他でもない、彼だからだ。

 

 エドヴァルトは、カイリ、オーウェンに並ぶ当時の士官学校一の問題児だった。

 優秀な成績を修める者しか在籍出来ないクラスゼロの、しかも6年間首席(トップ)に君臨しながらもクラス"悪夢(ナイトメア)"と呼ばれるほど悪名高かった彼とその仲間達の所業は、卒業して14年経つ今も一切色褪せることなく語り継がれている。


 

 「全く……貴女様が今の彼を見たらなんと言いますかね?」


 

 思い出に馳せるようルイスはショットグラスを揺らした。

 

 彼の記憶の中にはいつだって春の木漏れ日のように微笑むひとりの女性がいるのだ。

 姫様、と呼んで過ごした古い思い出を、彼が忘れることなど一生無いだろう。


 

 「あれから、25年が経ちました。少々拗らせて面倒な性格にはなりましたが、貴女の望んだ通り、ご子息は元気いっぱいに育ちましたよ……キーラ様」


 

 そう呟くとルイスはもう1杯、流し込むよう酒を煽った。



 

 *




 体感では随分と長く感じたが、実際の所は10分と経っていない。

 片腕で抱きしめた唯舞が小さく身じろぎした。


 

 「あの…………中佐」

 「なんだ」

 「いえ、あの……! えと……っ!」


 

 いつもの唯舞の様子にアヤセはようやく抱いていた手の力を緩める。

 目線を下ろせば明らかに動揺して薄っすら頬を赤らめる唯舞の姿があった。


 

 "いくらあんちゃんがイケメンでも彼女の方が100倍可愛いからな!"

 

 「…………確かに、そうだな」

 「へ?」


 

 あの時、ガルマン塔の市で露天の店主に言われた言葉をふと思い出してアヤセは再度同意を示す。

 なんの事か分からないと見上げてくる唯舞の頭をそっと軽く二度ほど叩いて、小さく笑った。


 

 「なんでもない」


 

 その時の表情があまりにも柔らかかったから、思わず唯舞もそれ以上は何も聞けず、アヤセになされるがままにおずおずと顔を下げる。

 

 ただ、やっぱり抱きしめてくれたアヤセの香りはどんな香水よりも甘くて、濃厚で。

 頭の芯が侵されそうな居心地の良いその香りに、唯舞は困ったように首を傾げた。

 

 このレヂ公国最後の日を境に、通称・保護者組の受難と言われるアヤセと唯舞の、なんとももどかしい日々が始まるのだ。


 

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