第4話 知らないセカイ(2)
「そういえば、イブさんの世界には魔法はないんでしたね。この世界では理力と呼ばれる魔法が普及してて、皆が皆使えるわけではないんですが、僕ら軍人にとっては必須素養なんですよ」
努めて明るく話すリアムの指先には、相変わらず水の球体がふわふわと浮かんでいる。
こんな状況下だというのに唯舞でさえ好奇心で目が追ってしまうくらいだ。
「ただ、理力はあくまでも星からの借りもの。なので、精霊を通して星に返さねばならないんです」
「…………?」
不思議そうに唯舞が小首を傾げれば、同意するようリアムも苦笑した。
「ややこしいですよね~……えーと、ざっくりいうと理力ってこの星の生命力で、精霊はその力を安全に引き出せる媒介役なんです」
「…………なる、ほど?」
たっぷりと悩んで返答したが、正直よく分からなかった。
ただ、何となく現世の長期賃貸借契約システムのようだなと、どこかぼんやりと思う。
ユーザーが理力を使う人間で、リース会社が精霊、製造元にあたるのが恐らくこの星そのもの。
そう言われてみれば、言葉もシステムも、何となくだが似ている気がする。
「理力を返す時って生命力で返さないといけないんですよ。まぁ、ゲームでいうなら理力はMP、回復手段が自身のHPって感じですね。……あ、意味わかります?」
「あ、大丈夫です。ゲームは弟がしてるのをよく見てたので……」
「わー! 異界のゲーム気になるなー!」
年相応に笑顔を見せるリアム。
弟のゲーム情報がこんな形で活きるとは思わなかったが、ここは魔法の代償に命を捧げる世界なのだと気付いて、唯舞の意識は一気に現実に引き戻された。
唯舞は出されたコーヒーをそっと手にする。
違う世界だと言うのに、香りは飲み慣れたコーヒーそのものだ。
「とはいえ、強い理力を使うには強くて多くの生命力が必要になるので、理力保有量は一種のバロメーターですね。ここに来る前に外で訳わかんない雷とか氷晶が見えたでしょ?」
「あ、はい」
「あれがさっきイブさんも会ったうちの上司二人の理力です。……イブさん。最初に言っておきますが、あれ、全っ然普通じゃないですからね!? 僕だって特殊師団に入るまではまぁまぁエリートだと思っていましたが、アレと比べたら月とスッポン!」
「そ、そんなにすごいんですね」
「そーなんです! 一般軍人なんてせいぜいドラム缶程度の保持量なのに、あの人たち多分、海とか空とかなんか訳わかんない保持量持ってますから化け物ですよ化け物! 危ないし変人なんで、イブさんはあんまり関わっちゃ駄目ですよっ!」
「ふ、ふふ。上司の方なんですよね?」
リアムの思わぬ言い草に小さな笑いが込み上げる。勢いあまって水の球体も霧散してしまったが、もしかしたらリアムなりに唯舞の緊張をほぐそうとしてくれるのかもしれない。
映画のようだと思ったあの光景を作り出していたのはエドヴァルトとアヤセだったのかと知り、唯舞はその実力に対しなるほどと理解する。
実力もさながら、あれだけの理力を使うとなれば支払う対価も相当大きいことだろう。
(命が代償……か)
その不穏な言葉は、どうしても唯舞の頭から離れることはなかった。
ふと、唯舞の脳裏に疑問が浮かぶ。
「でも、リイス? って借りもので、ちゃんと返すんですよね? じゃあ不足するってことはないんじゃ……?」
唯舞の疑問に、リアムは少し難しそうな顔をする。
「普通は……そうなんですけどねぇ。でも、安全を選ばなければ精霊を介さずに理力を使うことも可能なんですよ」
「それは、えぇっと……安全じゃない使い方があると?」
「そうです。その場合は上限なく力が使えるので切り札としては最適なんですが……でも使用者は対価として、命を失います」
リアムの答えは唯舞の予想よりも何倍も危険だった。
普通ならばそんな選択肢、絶対に選ばないだろう。
「けど、今より少し前の戦時ではそれが特攻という意味で乱用されていた時代もあったらしいです。威力は凄まじいですからね。当時はまだ理力の乱用が枯渇に繋がるとは思わなかったらしいですし」
「なるほど……でもそもそもこの戦争は、なぜ百年も続いてるんですか?」
「発端と言われてるのは、ザールムガンドとリドミンゲルの思想ですね」
そう言って、リアムはコーヒーを手にした。
少しの沈黙に唯舞もそっとカップに口をつける。乾いた喉を滑ったのは、やはり飲み慣れたインスタントコーヒーだ。
「リドミンゲルは宗教国家で、最小限の理力で生活するのが教義。逆にザールムガンドは、最大限理力を利用する形で繁栄してきた国です」
「真逆、ですね」
「そうなんです。僕からしたらリドミンゲルの生活はかなり不自由ですけどねー。理力なら一瞬の水も、わざわざ蛇口をひねらないと出てこない。でも、そういう思想を分かりあうのって結構難しいんですよね」
「でも、そんなに文化の差があるなら戦争にならないんじゃ……?」
「と思うでしょう? そこで出てくるのが、イブさんみたいな異界人聖女なんですよ」
リアムの話をまとめると、異界人聖女は理力消費なしで、ザールムガンド帝国同等、もしくはそれ以上の恩恵をリドミンゲル皇国に与えてきたらしい。
ゆえに救国の聖女と呼ばれるのだと。
「でもそれって、召喚される私たちの人権は完全に無視ですよね……」
「そうなんです。それもあってさらに火種は大きくなりました。結果、リドミンゲルが召喚をやめることはありませんでしたし、うちも特殊師団を作って対抗して……小競り合いが今なお続くって感じです」
どちらかが隷属するか、消滅するか。
そんな理由もあり、決して相容れぬ二国はこの地続きになっている国境の狭間で長年睨み合ってきたという。
「だからこそ今回のイブさんの召喚はイレギュラーでした。リドミンゲルではなくうちに来たことで……もしかしたら何かが変わるのかもしれませんね」
そう言ったリアムに、唯舞は曖昧な表情を浮かべることしかできなかった。
自分の意志とは関係なく、そう、何かとてつもないことに巻き込まれていっているような、そんな気がして……。




