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第34話 大公アーサー・ヴァシリアス


 朝はゆっくりとしていい、と言われたので9時ごろまでだらだらとしてから遅めの朝食を食べれば、昨日会ったヒューイが迎えにやって来た。

 

 どうやら謁見に際して服装などの手配をしてくれたようで、店に着くなり蝶よ花よの勢いでお店のお姉さま方の着せ替え人形と化し、メイクや髪まで綺麗にセットされた唯舞(いぶ)はすでに満身創痍だ。

 

 これでフォーマルなロングドレスやらカクテルドレスなんて言われた日には脳内がパンクしてしまいそうだったが、今回の謁見はあくまでビジネスの一環で、そこまで格式張った装いはしなくてもいいらしい。

 

 おかげで唯舞の服装はシンプルな黒の膝丈のワンピースに紺色のジャケットを合わせたものである。

 一足先に着替え終わっていたアヤセもグレーのダークスーツに身を包んでおり、お店のお姉さま方がカーテンの影からきゃーきゃーと黄色い歓声を上げていた。

 素敵な恋人ね! とここでも言われたのでひとまず礼だけ言っておく。

 

 

 (確かにスーツ姿の男性って魅力的だもんね。中佐は特に綺麗だから)


 

 どこか他人事のようにうんうんと心の中で頷きながら唯舞はお待たせしましたとアヤセの元に向かった。

 ヒューイの送迎で向かうのはいよいよレヂ公国大公アーサー・ヴァシリアスの居城だ。

 一国の大公でもあるヴァシリアス公爵に謁見するのだからと車内でアヤセも唯舞も理力(リイス)を解除して髪色を戻す。

 

 馴染みの白銀の髪が目の前で揺れて、なんだか少し気恥ずかしさを感じた唯舞はふるっと意識を払った。

 昨日一日、淡青色の髪のアヤセと若干距離が近かったせいかもしれない。

 先に車から降り立った彼には怪訝そうにされたが、何でもないですと唯舞はその後ろ姿を追った。

 

 城内に入れば控えの間に通され、こういう時は結構待たされるものだと思ったのに思いのほかすぐに案内されていよいよ心臓がドキドキしてくる。顔に出なくて本当に良かった。

 

 重厚な両面開きの扉が開かれると執務机に向かう一人の初老の男性の姿が見え、彼はアヤセを見るとまるで春の木漏れ日のような柔らかそうな微笑みを浮かべる。

 淡い栗色の髪と瞳も相まってほんのり浮かぶ皺さえも優しい、なんだかとても穏やかそうな人だ。


 

 「やぁ、シュバイツ中佐。二年ぶりかな? 久しいね」

 「お久しぶりでございます、大公閣下」

 「ふふふ、私と君との間柄だ。堅苦しいのはよそうか、アヤセ君」



 ドアが閉じられるとアーサーは立ち上がり、アヤセの元まで歩み寄る。

 胸元から一通の書状を取り出したアヤセはそれを彼に手渡し、その場で開封したアーサーの眉が僅かに寄った。



 「やはりそうか……――初めまして、君がミズハラ・イブさんだね」

 「へ……!? は、はい」



 まさか自分に話が向くとは思わず一瞬上ずった声になってしまう。しかも日本語読みで名前を呼ばれて余計に戸惑ってしまった。

 そんな唯舞にアーサーは気にした様子もなく柔和な顔のままふわりと微笑む。



 「異界からいきなり喚ばれて困惑しただろう。私にできることがあればなんでも言っておくれ。出来る限り力になろう」

 「あ……ありがとうございます」

 「アーサー様。彼女は異界への帰還や過去の異界人について調べたいとの事で、可能ならば公都図書館の禁書エリアを含めた公国内の施設の立ち入り許可をいただきたいのですが」

 「あぁ、勿論構わないよ。すぐに手配しておこう」

 


 そういうとアーサーはホログラムモニターを起動させて、その場で許可を取り付けてくれた。

 唯舞とアヤセのバングルにも立ち入りの許可証が送られてくる。

 

 

 「ちょうど古本市の季節だからそちらも覘いてみるといい。ここではあまり気を詰めず、ゆっくり観光しておいき」

 「はい、ありがとうございます」



 唯舞が軽く会釈をすれば、アーサーは眩しげに瞳を細めた。

 その後少しだけ会話をしてその日の謁見は終了だ。


 唯舞達が去った後、受け取った書状を見ながら苦々しく思う。

 最近、リドミンゲル皇国の動きが活発だと思ったが懲りずに異界人召喚の儀に及んでいたのか。

 レヂ公国にまで間諜らがいつも以上に入り込んでいるのだから、唯舞をザールムガンド帝国から一時逃がした()の判断は正解だったに違いない。

 

 

 「そういえば異界人の名は家名が先だと教えてくれたのは、君だったね……エドヴァルト君」

 

 

 召喚した異界人はリドミンゲル皇国ではなく、()()エドヴァルトの手元におり、しかも自分とほぼ同格のアヤセを護衛につけているあたり彼のやり切れなさを感じる。

 それが彼とあの子の運命ならなんと残酷だろう、とアーサーは哀しげに唯舞達が去った扉を見つめた。

 手元のエドヴァルトからの書状にはたった一言。

 

 

 "水原唯舞。13年前同様、彼女が今回の人柱です"


 

 とだけが書かれてあった。


 

 

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