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第30話 公都レヂ=ヴァシリアス


 空道を利用して一時間。あと五分で目的地です、と音声ガイダンスが流れたところでアヤセの薄い瞼が揺れた。

 ちらりと唯舞(いぶ)が目線を向ければどこかぼんやりとした瞳のアヤセがおり、いつもの職務中の彼とは違う一面にほんの少しだけ微笑ましく思う。


 

 「…………着くか」

 「はい、お疲れ様です。着いたらまず荷物を預けに行きますか?」



 さすがにスーツケース片手に動き回るのは得策ではないだろう。

 元々、今日の予定は移動時間がほぼほぼ占めており、観光という観光は出来ないかもしれないがそれでもまだ日没までは時間がある。

 唯舞の問いにアヤセは態勢を戻しながら、いや、と軽く首を振った。

 


 「スカイポートの荷物配送(バゲッジデリバリー)を使う。先に行きたいところがあるからな」

 「行きたいところ、ですか」


 

 今回の旅は急に決まったこともあり、実のところ何をするのかはあまり決まっていないのだ。

 一番の目的はレヂ公国を治める大公との謁見なのだが、それは明日の昼過ぎの予定であり、残り時間のどこかで帰還の手がかりを探してみたいとアヤセに伝えてあるだけ。あとは彼が提案してくれた古本市くらいだろう。


 目的地の公都ヴァシリアスのスカイポート発着場に着けば空の旅が終わったことに小さく安堵し、トランクから荷物を下ろして同じエリア内にあるバゲッジデリバリーのサービスカウンターに二人は向かった。

 宿泊するホテル名と予約者名を伝えれば、公都内全域のホテルまで有料ではあるが配送してくれるサービスらしい。

 

 

 「はい! では二名様分のお荷物、確かにお預かり致しました。荷物のホテル到着時刻は本日の18時頃、直接お部屋にお届けします」

 「あぁ、頼む」

 「よろしくお願いします」

 

 

 ぺこりと唯舞が軽く頭を下げれば受付スタッフは一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐに破顔して「素敵な旅を!」と元気いっぱいに送り出してくれた。

 エレベーターに乗り込みながらも何かしただろうか、と唯舞は不思議な気持ちで首を傾げる。


 

 「……」

 「……あまり、頭を下げる習慣がないからな。こちらは」

 「あぁ、なるほど……!」



 アヤセに補足されてようやく納得がいく。

 無意識に頭を下げていたが、どうやらこの世界では日本のような礼儀作法の一環としての会釈といった文化はないらしい。

 以前もお礼に当たる"すみません"をアヤセに謝罪か? と問われたことがあったが、そうか、会釈もなのか。

 

 

 (うーん、異世界って難しい)



 むむむ、と唯舞が眉を寄せれば、軽く眉間を押された。

 それがアヤセの人差し指だったのだと気付いた唯舞は少し驚いたように額を手で押さえる。



 「皺になるぞ」

 「…………それ、中佐が言います?」

 「癖なんだろう。悩むだけ無駄だ」



 行くぞと促されてなんとなく不本意な気持ちになったが、すぐに彼が日本を否定することなく重んじてくれたことに気付いた。

 そういえば"すみません"と言葉にした時も別に咎められたわけでもやめろと言われたわけでもない。


 

 (私も人のことは言えないけど……でも中佐は、絶対私よりも分かりにくい……!)



 そんな小さな苦笑を浮かべてから、見慣れない淡青色(ペールブルー)の髪を見失わないように唯舞は小走りでその背中を追った。

 エレベーターを降り、出入り口ゲートをくぐればそこはもう公都レヂ=ヴァシリアス区だ。

 

 上空から見た時もその美しさには感嘆したが、今度は下から見上げて圧倒される。

 まるでチェスキー・クルムロフのような中世の面影が色濃い街並みは自然豊かな緑に囲まれ、サントリーニ島にも似た少し濃いめの群青色の屋根に白より淡いベージュの壁は目を奪われるほどに美しい。

 

 まるで絵本の世界に迷い込んだようにきょろきょろと辺りを見回す唯舞を現実に引き戻したのはアヤセの話し声だ。



 「ガルマン塔に行きたい」

 「はいよ! ガルマン塔だね、お兄さん達は観光かい?」

 「あぁ、古本市目当てでな」

 「そりゃ兄さん達は運がいい! 今年は豊作らしくてねぇ、かなりの本が並んでるって話だよ」

 「それは好都合だな」

 「ヴァシリアスは初めてかい?」

 「いや、知り合いの実家がレヂだから何度か来ている」

 「そりゃ慣れてる彼氏がいて彼女さんも頼もしいねぇ! まぁ乗った乗った! 彼女さん、ヴァシリアスの街並みは逃げないよ! ガルマン塔まで20分、日没までには間に合うから安心おし!」


 「………………へ?」

 


 恰幅のいい元気な観光タクシーのおばさん(マダム)の発言内に思わぬ単語が聞こえて唯舞はぽかんとする。

 訂正するのも面倒なのかアヤセは気にした様子もなく、さっさと車内に乗り込んで唯舞に視線を向けた。


 

 「何してる。早くこい」

 (え……えぇぇぇ?)


 

 自分がアヤセの彼女と呼ばれても平気なのだろうか。

 でも、とうのアヤセ本人が否定も訂正もしていないのだからきっと大丈夫なんだろう。……多分。

 

 諦めたようにそう考えなおした唯舞は、アヤセに呼ばれるまま彼の隣に乗り込んだ。


 

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