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第3話 知らないセカイ(1)


 

 「わ、分かりましたー! ……えっと、イブさん、って呼んでいいですか?」


 

 アヤセを追うように慌ただしくエドヴァルトが出ていけば、重い金属音を立てて扉がゆっくりと閉まる。

 さっきまでの喧騒が嘘みたいに静まりかえって、室内には肌寒い空気が流れた。


 

 「あ……はい。大丈夫です。えっと……」

 

 

 誰だっけ? とはさすがに聞けない。

 ほんの数分前の記憶さえ曖昧過ぎて申し訳ないが、そんな唯舞(いぶ)に対しても彼は人懐っこそうな笑みを浮かべた。


 

 「リアム・ラングレンです。リアムでいいですよ。こんな訳わからない状況下で名前なんて覚えられないですよね」

 「……リアム、さん」

 

 

 なぞるように名前を復唱すれば、リアムは優しく笑った。

 これがタチの悪いドッキリではないのなら、自分は一体どこにいるんだろう。


 

 「立てますか? あ、その格好じゃ寒いかも。大佐の上着はこのまま借りちゃいましょう」

 「え? あ、えっと、じゃあもしかしてこっちのコート……」

 「あぁ、そっちも大佐のですね。すごい……! 女の子に上着を貸すようなシチュエーションがあの大佐に回ってくるなんて……!」


 

 サッと唯舞の手元にあった上着を手に取り、慣れた手つきで肩に掛けてくれるリアムはとても紳士的だ。

 ……言っていることはともかく。


 

 「とりあえず落ち着いて話せる場所に移動しましょうか」

 

 

 どうぞ、と慣れた手つきで手を差し出したリアムは、唯舞を立たせ、敷いていたロングコートを小脇に抱えて扉に向かった。

 唯舞も貸してもらった上着を落とさないよう、手元のバッグを掴んで彼の後に続く。

 

 

 「――ひとまず、僕のわかる範囲で説明させてもらいますね」

 


 部屋を出れば、等間隔に窓があるどこかSFじみた無機質な廊下が続いているだけで人の気配はない。

 こっちですと案内されるがままに足を進めれば、半歩先を歩くリアムが唯舞に目線を向けながら話し始めた。


 

 「まず大前提で、ここは……この世界はイブさんの住んでおられた世界とは全く異なる、別の世界です」

 「……別の、世界」



 東京どころか地球でもなかった。

 突然もたらされた衝撃の事実に唯舞はオウム返しに呟く。


 

 (もしかして、(タケル)がよく言ってた、漫画とかアニメの?)



 漫画やアニメが大好きな弟がよく話していたファンタジー世界のひとつだ。

 死んで転生したり、ひょんなことから転移して魔法やチートを駆使して無双する、そんな世界に自分は迷い込んだのだろうか。


 混乱が顔に出ない唯舞は、一見落ち着いて見える。だが、実際は理解も感情も何ひとつ追いついていない。

 それに気付かないリアムは小さく頷き、話を再開した。

 


 「別世界のことを僕らは"異界"と呼び、そこから来た人を"異界人"と呼んでいるんですが……こちらの世界に異界人を喚ぶには召喚をしなければならないんです」

 「………………召喚」

 

 

 これまたファンタジー的な展開だ。

 一般的に召喚といえば強いモンスターなどを想像するが、唯舞は、魔法もスキルも、なんなら格闘術さえやったことがない一般人。

 困惑に同意を示すようリアムが苦笑した。



 「召喚は僕らの国ではなく、他国が行っていることなので詳細は分からないんですけど、その国では10数年に1度、イブさんのような異界人が召喚されるそうです。そうすると農作物がよく育つとか、疫病や災害が減る……みたいな恩恵があって、異界人自体は重宝されてるみたいです」

 「……はぁ」



 ますます現実味のない話に相槌が曖昧になる。

 リアム自身も慎重に言葉を選んでいるのは分かったが、神様でもあるまいし、あまりにも非現実的な話だ。

 

 

 「えぇと、じゃあ何故私はここに?」

 「そこなんですよねー……本当なら召喚国でもあるリドミンゲル皇国っていう国にいるはずなんですけど。大佐の話ではイブさんはこの基地の近くにある教会跡地に倒れていたみたいです」

 「教会、跡地?」

 「そうなんです。召喚地も違うし、こんな事初めてで。……あ、ここから一旦外に出ますね、寒いのでしっかりその上着を羽織ってて下さい」

 

 

 リアムが突き当りの重厚なドアをぐっと押し開ければ、冷気と騒音が流れ込み、無意識に唯舞は上着を握りしめた。

 

 ――屋外に出て最初に飛び込んできたのは、旅客機の何倍もの巨躯を誇る、航空母艦。

 その空母の周囲を数十の空飛ぶバイク(フライングバイク)が旋回しており、独特なエンジン音と、何とも言えない臭いが風に舞う。


 遠くから閃光と共に戦闘音が聞こえ、その音に吸い込まれるよう唯舞が呆然と空を眺めていたら、凄まじい雷鳴が周囲一帯に鳴り響き、反射的に唯舞の肩がビクッと震えた。

 

 

 (……う、そ……)

 


 轟音と共に、結晶を重ねた氷晶が空を覆って縦横無尽に爆ぜ落ちる。

 唯舞の世界では映画の中(フィクション)でしか見たことがない現象(もの)ばかりだ。


 

 (ここは……()()、は……私の知ってる世界じゃ……)

 

 

 ――ない。

 

 理屈ではなく、本能で。

 この世界は地球ではないのだと。

 

 その時になってようやく唯舞は、ここが、紛れもない"()()()"なのだと、そう理解せざるを得なくなってしまった。



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