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第26話 聖女の存在


 唯舞(いぶ)は夢を見ていた。

 それは現世の……日本でのいつも通りの日常で、仕事帰りの唯舞はおなじみの電車に揺られている。


 

 (……夢? ……どっちが?)



 電車には唯舞以外の姿はなかった。

 ガタンガタンという聞きなれた音と流れゆく外の景色をぼんやりと眺めれば、ふと、向かい側の座席に一人の女性が座っていることに気がつく。

 少し古風な雰囲気を持っていたが、着物を身につけたごく普通の日本人女性だ。


 何故か目元が見えず、曖昧な輪郭の彼女は唯舞に向かって哀しそうに微笑み、そんな彼女の両隣にはいつの間にか年代の違う服装の女性がそれぞれ座っている。

 うまく顔の認識が出来ない彼女達は、それでもどこか心配げな様子を滲ませて自分を見ているような、そんな気がした。


 ふと隣の席が沈む感覚にぼんやりと視線だけでそれを追えば、自分の真横にはストレートの黒髪を揺らした若い女性の姿があって、唯舞は少しだけまどろみの意識を尖らせる。


 唯舞の髪型によく似たロングヘアに切りそろえられた前髪、そして輝く黒曜石の瞳の彼女は何も言わずに唯舞の頭をそっと撫でてきたのだ。

 よく分からないけれど、その手の優しさに思わず涙が伝い、唯舞は悟ってしまう。

 あぁ……彼女たちはきっと、()()()()()()のだろうと。

 

 

 『――大丈夫、迎えが来るからね』



 黒髪の彼女にそう言われた気がして、唯舞の意識はまたすぅっと白波の世界へと投げ出されてしまった。




 *



 

 エドヴァルトは迷うことなく塔の中を歩く。

 出入り口で一般の白服に呼び止められはしたが、面倒なのでまとめて雷撃ひとつで沈めれば、以降、誰もそばには寄ってこない。

 

 カツンと靴音だけを鳴らして地下に降りれば、今度は行く先々で警備部隊に絡まれたのでこれも無条件で黙らせた。

 しゅうしゅうといろんなものが吹っ飛んだが、エドヴァルトには関係ない。


 封鎖されている扉は蹴破って、封印がなされている扉は封印(それ)ごと雷撃で叩き壊して、ほぼ白の塔全てを破壊するような勢いで地下を進めば、次第に周囲の趣が変わっていく。

 軍には不釣り合いの荘厳さを持つそこは、授与式などを行う為に使う簡易の聖堂だ。

 

 両端には細長い長椅子が並べられて、真ん中の通路を抜けた先には色とりどりの花が活けられた祭壇がある。

 そしてその祭壇のど真ん中に白雪姫よろしく寝かされているのが唯舞だった。



 「……彼女はアルプトラオムだと申し上げたはずですが? 閣下」



 エドヴァルトが一歩一歩足を踏み出せば、最前列の長椅子に座っていた白服の男がスッと立ち上がる。

 60は過ぎているであろう少々強面のその男はエドヴァルトが来ることを分かっていたのか、さしたる反応をすることもなく静かな目で彼を見つめた。

 赤いカーペットが敷かれたど真ん中を迷うことなく歩き、エドヴァルトは閣下と呼んだ男の前で足を止める。


 

 「彼女の身柄は皇帝陛下の名の下に我が師団の庇護下にある。勝手にリドミンゲル皇国との交渉材料にしないでもらいたい」

 「……彼女は異界人。つまり、リドミンゲル皇国の聖女だ。その聖女の為ならかの国はどんな要求さえも飲むというのにそれを利用しないつもりか。リュトス大佐」

 「えぇ、利用しませんよ。利用した所で皇国がそれを律儀に守りますか? 領土を奪って制約をかけた所で聖女がいれば全て取り返しにきますよ」

 「ならばなぜ殺さない?」

 「なぜ殺す必要が? 彼女は理力(リイス)も持たぬ一般人だ。そこまで白服は地に堕ちましたか?」


 

 エドヴァルトの視線は一度も唯舞から外れなかった。

 だが、その体からもれ出した理力(リイス)が時折パチパチと稲光のように散り、閣下と呼ばれた男は呆れたようエドヴァルトから背を向ける。



 「全く、君は士官学校時代(むかし)から本当に変わらない。……眠った獅子を起こして悪かった。彼女に手を出した奴らには私から直々にお灸を据えるとしよう」

 「えぇそうしてください。白服の手綱は貴方に取ってもらわねば俺も陛下も困りますよ……ルイス先生」



 歩き去る男の靴音を背にエドヴァルトは眠っている唯舞に近付いた。

 一時的に意識を失っているだけで外傷のようなものはなく、そこでようやくエドヴァルトは安堵したように全身の力を抜き、溢れる理力(リイス)を引っ込めて彼女を抱き上げる。

 

 

 「全く……聖女とはよくいうね。そんなぬるいもんじゃないだろうに」



 嘲笑めいた言葉に顔を歪ませたエドヴァルトは強く祭壇の先を睨みつけ、唯舞を抱きしめる手にぐっと力を込めた。



 「――三度目があると思うなよ」


 

 その視線のはるか先にあるのがリドミンゲル皇国だと、一体誰が気付くだろうか……


 

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