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第22話 てんやわんやの日常


 宿舎に戻ると何も言わずにアヤセは荷物を二階まで運んでくれる。

 すみません、と言いかけた唯舞(いぶ)は、ありがとうございますと言い換えた。


 

 (日本語が通じるからつい使っちゃうんだけど、外国……いや異世界だもんなぁ)



 日本のアイデンティティを封じられるのは中々に手ごわい。

 そう内心戸惑いつつ、唯舞が鍵を開けてどうぞ、と部屋に招き入れればアヤセが思わず眉を顰めた。


 ――こんなにも簡単に男を部屋にいれるとは正気だろうか。


 

 「中佐?」

 「…………なんでもない」


 

 アヤセの心知らず、唯舞は荷物を持つ彼を気遣うつもりでアヤセを部屋に招いた。

 のちにこれが、この世界では特別な意味を持つと知るのだが、この時の唯舞がそれを知る由もない。

 

 言葉を濁したアヤセは、出入り口から一番近いデスクにショッピングバッグの山を置く。

 合計五店舗分だから荷物も同数あるはずだ。だが、よく見たらもう一つ紙袋が置かれてあって唯舞は小首を傾げた。



 「あれ? これ……最初のお店の……ミーアさん、忘れたのかな」



 同じ紙袋を見つけた唯舞が思わずそれを手に取った。

 確か、ミーアもあの時に購入していたから持ち帰るのを忘れたのかもしれない。


 ふと、持ち手部分にメッセージカードが付けられていることに気付いた唯舞は小さく声を上げる。

 "ミーアお姉さんからのプレゼントよ♡"というメッセージと共に覗き見るように中をみれば、自分が買ったポンチョと同じ絵柄のねこの刺繡が入った真っ白なブランケットが入っていたのだ。


 

 (これ、お揃いのやつ……!)



 同色のブランケットをプレゼントしてくれたのだと気付いた唯舞は嬉しさに思わず目じりを緩ませる。

 そんな唯舞を横目に、じゃあ俺は行く、とアヤセが退出しようとドアを開けた所で、ばったりと通りがかったリアムと鉢合わせした。青年にしてはぱっちりとした紫紺色の瞳が、みるみるうちに驚きに満ちる。

 

 

 「あれー?! なんで中佐がイブさんの部屋にいるんですか?!」

 

 (また面倒なのが……)



 はぁとため息をつくアヤセの後ろには紙袋を大事そうに胸に抱える唯舞の姿。

 それを見たリアムはカッ! と目を見開き、猛ダッシュで一階へと踵を返し叫んだ。



 「大佐ぁぁぁ大変ですーっ! 中佐が! 中佐がイブさんの部屋から出てきましたーっ!」

 「はぁぁぁぁぁぁ?!」

 

 

 ガタン! と一階でエドヴァルトが転げ落ちる音がする。


 

 「いって! クソ、足打ったし! じゃなくて嘘でしょ?! なんで?! 俺も入ったことないのに!」

 「大佐は女の子の部屋に入っちゃダメです、危険なので。じゃーなーくーてー! イブさんがプレゼントらしきものを持ってたんですって!」

 「は――――?! なにプレゼントって?! アヤちゃんが唯舞ちゃんに?! ついにうちの子に春が来たの?!」

 「どうしましょう大佐! 少佐や大尉がいない時にこんな重大事案が起こるなんて!」

 「アヤちゃんは恥ずかしがり屋だからオーウェン達なんか呼んだら逃げるでしょ! ここは俺達が大人の対応ってやつをさ!」

 「とりあえずピザ頼みます?!」

 「それだ! 今日はアヤちゃんの祝いだから俺の秘蔵のシャンパンも……!」


 

 バキィィィィィィ!



 エドヴァルトとリアムが盛り上がっているそばで激しい轟音が響いて一階の温度が一気に氷点下になる。

 言葉の綾ではない、文字通り窓や壁の全て、もれる吐息さえも真っ白になって条件反射で体が震えた。


 

 「――――随分と楽しそうだな?」



 ギギギと壊れたブリキ人形のようにエドヴァルトとリアムが二階を見上げれば、階段の上から絶対零度の瞳でアヤセが見下ろしていた。それはもうホッキョクグマもびっくりするくらいの冷たさで。


 一歩一歩、まるで死刑宣告をするかのように階段を降りてくるアヤセに、エドヴァルトとリアムはヒッと喉を鳴らして無意識のうちに互いの手を握りしめる。


 

 「リアム。報告は常に正確にと教えたな?」

 「は……はひ」

 「エドヴァルト。これ以上俺の手間を増やすなと言ったよな?」

 「お……おぅ」



 目の前まで迫ったアヤセは怒っていた。大体いつも怒っているけど今日は特に怒っている。

 


 「だ……だってリアムが、唯舞ちゃんの部屋からアヤちゃんが出てきたって」

 「荷物を届けただけだ」

 「じゃ、じゃあイブさんが抱きしめていたプレゼントみたいなやつは……」

 「あれはミーア先輩からあいつへのプレゼントだ」


 「「えぇぇぇぇぇぇ」」



 なにそれつまんなーい、と不満をもらす二人は次の瞬間、見事な氷像になっていた。

 二階にいた唯舞は、ミーアから貰ったブランケットを肩に巻きながら、あららと氷漬けにされた二人を見下ろす。

 

 アヤセに怒られて彼らが氷像になるのはアルプトラオムでは日常の事で、数秒もすれば勝手に脱出してくるものだからすでに心配はしていない。

 そう思える程度にはこの世界に馴染んだのだと唯舞は気付いてクスリと小さく笑った。

 

 どうやら、今日もこの世界は通常運転だ。


 

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