第20話 異世界市街地ショッピング(2)
あれからミーアと四店舗ほど回り、コスメに服、雑貨まで。生活に必要なほぼ全てを新調した唯舞はすっかりご機嫌だった。
全部合わせれば中々の出費だけど、見知らぬ異世界で好きなものに囲まれるのはそれだけで癒しであり幸せな気分になる。
だが体は正直で、遅めのランチに入ったカフェの座席に座った途端、疲れがどっと押し寄せて思わず笑ってしまった。
「あーショッピング最高~! でもやっぱりエドあたりを連れてくればよかった~」
「すみません。ちょっと買いすぎちゃいました」
「何言ってんのよイブちゃん! これくらい全然買い過ぎじゃないからね! 全く、男どもはこういうとこに気が付かないんだから!」
文句を言いながらもミーアはくるくるとパスタをフォークに巻き付ける。
シェフおすすめの今日のパスタランチは魚介とアスパラガスのペペロンチーノにグリーンサラダ。ブイヨンスープに小鉢のフルーツだ。
弟が話す異世界モノでは食が合わないなんてことも珍しくなかったので、この世界は戦争を除けば唯舞にとってかなり優しい世界なのかもしれない。
「ちっ……エドのやつ、全然電話に出ないわ」
恨めしそうに通話を切って今度は高速でメッセージを送信するミーアに唯舞は思わず笑う。
しばらく食事をしていたらメッセージの受信を知らせるようバングルが光って、それを見たミーアがガッツポーズした。
「お! ……よしよし、荷物持ちゲットよ! いやぁ良かった良かった!」
「えぇ? ミーアさん、まさか本当に大佐を?」
「ふっふっふ~覚えておきなさい、このミーアお姉さんに逆らえるアルプトラオムはいないの! じゃあ荷物持ちも決まったし、ゆっくり食べよっか!」
「え、でも……さすがにこの寒空の下で待たせるのは……」
「いいのいいの! このためにあいつら鍛えてるんだから!」
「えぇー……?」
「いーのよっ」
どうやらミーアに捕まった哀れな子羊が荷物持ちに来てくれるらしい。だが、そんなのお構いなしにミーアは食事と話を再開した。
こうなったミーアは止められない、と短い付き合いの唯舞でさえ分かっている。
でも、久しぶりに感じた日常は、元の世界に戻ったと錯覚するほど穏やかで。
そんな時間をミーアと共有できたことが、唯舞は何よりも嬉しかった。
*
ミーアの宣言通りゆっくりと食事を終えた二人が、メインストリートまで戻れば先ほどより空色が陰っており、嫌そうに顔を顰めたミーアが電話をかけ始める。
「――もしもし、あたしだけど。今どこ? ――……あぁはいはい、もう着くから待っててね?! 帰んないでよ?!」
いつものように、ミーアは用件だけを告げるとブチッと通話を切る。
たどり着いたのはストリートの中心部分にある噴水広場だ。ちょうど東西南北に道が伸びており、待ち合わせとしてよく利用される場所らしい。
そしてその噴水の近くに、とても見知った人影を見つけて思わず唯舞は足を止めた。
「……中、佐?」
いつもの見慣れた軍服ではない。
黒のタートルネックにテーパードパンツ。グレーのチェスターコート姿のアヤセは完全にオフスタイルである。
仕事の時と変わらないのはあの冷ややかな眼差しくらいだが、それでも周りを行き交う女の子達の視線を独り占めにしていた。
「やっほーあーちゃん!」
そんな中でミーアは遠慮なくアヤセに突撃する。
一瞬周囲の女子がざわつくが、当人たちはいつものことなのか気にも留めていない。
「……遅い」
「はい減点。それ、女の子に言わなーい」
「……」
「お返事がきーこーえーまーせ――ん!」
「……いいから荷物をよこせ」
深くため息をついたアヤセはすっと唯舞に対して手を差し出した。
「……え?」
「荷物だ」
訳が分からず、実に間抜けな返事をしてしまう。
アヤセに荷物持ちをさせるなんて、申し訳なさより戸惑いのほうが大きい。
そんな唯舞の様子にアヤセは瞳を細めたが、有無を言わせず唯舞の腕に掛けてあった紙袋を抜き取ると背中を向けてさっさと歩き出した。
それを見てミーアが追いかけるようにしてごね始める。
「あーイブちゃんばっかりずーるーいー! あーちゃん、あたしのも!」
「……大した荷物はないだろ」
「あるよー! あたし、女の子だからフォークより重い物は持てなーい!」
はいっと笑顔で差し出されたミーアの紙袋をアヤセは深いため息と共に無言で受け取る。
おかげさまで彼の両手はミーアと唯舞の荷物で満員御礼だ。
「……ふふ、意外?」
くすくすとミーアがアヤセを指さしながら小声で笑うので、唯舞は少し遠慮がちに頷く。
「中佐って……すごくクールな印象があったので」
「ふふふ~間違っちゃあいないけどね。でも、意外とあの子、懐に入れた人間には甘いのよ」
いつかイブちゃんにも扱い方が分かるわ、とミーアは自信満々の笑顔で唯舞の頭を優しく撫でる。
――そんないつかが、くるのだろうか?
そう思ったけど唯舞は何も言わず、ただ目の前のぶっきらぼうな後ろ姿を不思議そうに眺めた。