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第2話 おいてけぼり


 

 「大佐――! 本当に異界人(いかいびと)を拾ってきたんですか――?!」



 大佐と呼んだ男の肩をがくんがくんと大きく揺さぶりながら、紫紺髪の青年が半泣きで訴える。

 


 「ちょ、ちょっリアム! ステイ、ステーイ。俺の首がもーげーるー」

 「いっそもげてくださいよ! 異界人っていったらリドミンゲルの管轄ですよ?! なんですか死ぬんですか?! 僕は嫌ですから死ぬんなら大佐一人で死んで下さいよー?!」


 

 完全に置いてけぼりになった唯舞(いぶ)は、彼らのやりとりに口を挟めるわけもなく、ふと足元にあった自身の鞄を手元に寄せてスマホを取り出した。

 時刻は0:00ちょうど。だが、いつもは表示される秒針は動かず、無情にも電波も圏外だ。


 

 (……なんで?)


 

 はめ殺しの窓から見える外は真っ暗で星さえも見えず、それが余計に唯舞の不安を煽ってくる。



 「ほらほら、リアム。お前より彼女のほうがよっぽど落ち着いてるよ。この状況が一番訳わかんないのは彼女でしょ?」


 

 自分に話題が向いたことに気付いた唯舞が無意識にバッグを抱きしめれば、大佐と呼ばれた男が唯舞の元まで歩み寄って目線を合わせるよう腰を落とした。


 

 「――おい、お前達。ここで一体何をしている」

 「げ! 中、佐」

 「アヤちゃんお帰り~早かったねー」


 (…………増えた)



 いきなり開いたドアの先。現れたのは息を呑むほどに整った顔立ちの、だがそれ以上に冷たく、氷のような薄氷色の瞳を持つ男だった。

 男の警戒と威嚇の視線が唯舞に向き、睨むように見下ろす。



 「……なぜ一般人がここにいる」

 「え、ええとですね、中佐っ! これにはちょっと色々と複雑な事情が」

 「そんなの見て分かる。――今度は何をやらかした、エドヴァルト」


 

 かつん、と冷たい靴底を響かせて中佐と呼ばれた青年は唯舞達に近付く。

 彼の後ろでは「僕は知りませんよ~」然したリアムが降参するように両手を上げていた。


 

 「この女は?」

 「もう、女の子、でしょ。ただでさえ愛想がないんだからそんな言い方したら怖がられちゃうよ」

 「そんなことはどうでもいい。何故、最前基地に一般人の女がいる」


 

 男の冷ややかな視線を感じるが、唯舞の意見は求められていないと察する。

 


 (そんなに睨まれても……今一番状況が分からないのは、私なんだけどなぁ)



 見知らぬ場所で見知らぬ男達に囲まれ、挙句に睨まれて。

 そんな唯舞の心知らず、エドヴァルトと呼ばれた男はぽつり、と呟く。


 

 「一般人、ではないんだけどね」


 

 中佐と呼ばれた男は怪訝そうに柳眉を(しか)め、真意を探るように唯舞を眺めた。

 

 

 「彼女は異界人だよ。リドミンゲルではなくこちら側に辿りついた、ね」

 「異界人……だと?」


 

 エドヴァルトからその単語を聞いた途端、男の様子が変わる。


 

 「面倒だ。元居た場所に返してこい」

 「そんな簡単に言わないの。大体、異界人ならうちにいた方が有利でしょ」

 「馬鹿か貴様は。今頃リドミンゲルが血眼になって探してるような女を匿うのは厄介に決まってる。とっとと返すか、お前が国境まで連れていけ」

 「何それ冷たいー! 俺、そんな風に育てた覚えないよ?!」

 「残念だな、育てられた覚えもない」

 「うちの子ったらクソ生意気に育ってるー!」

 

 (……うん、漫才かな?)



 思わず心の中でツッコんでしまった。もしかしたら疲労からくる幻覚かもしれないが、心臓の鼓動はやけに早い。

 縋るような気持ちでもう一度みたスマホは相変わらず無反応で泣きそうだ。

 

 


 (――帰り、たい)


 

 両親と弟のいる家に、今無性に帰りたかった。

 会社さえも恋しく思えるほどに、自分の知っている日常に今戻りたい。

 不安でぎゅっとカバンを握りしめれば、それに気付いたエドヴァルトが苦笑いを浮かべながら話しかけてくる。


 

 「ごめん。置いてけぼりにしたね。えっと、とりあえず自己紹介、かな。俺はエドヴァルト・リュトス。んで、あっちの愛想のない奴がアヤセ・シュバイツっていって……」

 「あ、リアム・ラングレンです! よろしくお願いします!」

 


 勢いよく挙手をしたリアムに、やっぱり日本人じゃないんだと嫌な予感が的中する。

 どうみても佐藤とか、鈴木とか、そういう次元の名前ではない。



 「えっと……唯舞(いぶ)、です。水原(みずはら)唯舞(いぶ)



 もしかして名前と名字を逆に言ったほうが良かったかなと思ったけど、エドヴァルトは困ったように笑うだけだ。

 

 

 「あぁ、やっぱり異界人なんだねぇ」

 

 

 一瞬切なそうに目を細めた彼が、巻き込んでごめんね、と唯舞にしか聞こえない声で呟いた。


 

 「……?」

 「急なことで驚いたと思うんだけど今ちょっと立て込んでて。……とりあえずリアム。お前が簡単に彼女に説明してうちの兵舎まで連れてって」

 

 

 そう言うとエドヴァルトはさっさと出ていこうとするアヤセの背中を追いかける。

 物言いたげなアヤセの視線が一瞬唯舞に向けられたが、結局彼は何も言わずに、そのままエドヴァルトと共に部屋から出て行ってしまった。

 


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