第19話 異世界市街地ショッピング(1)
翌日。
少し早めに朝の準備が終わった唯舞は、昨夜の"給料"という言葉を思い出す。
仕事初日に作った自身の口座をバングルで確認すれば、思わず操作の指が止まった。
「えぇぇ……お給料すご……」
振り込まれている支給額に思わず二度見、いや眼鏡を外して三度見してしまう。
特殊職とはいえ非戦闘職の見習いなのに、先月使用したコンビニやショップでの天引き代や諸々の費用を除いても、その口座にはOL時代の給与三ヵ月分を超える額が振り込まれていた。
「……うん……無駄遣い、禁止……!」
両手を握って唯舞は自分に強く言い聞かせるが、その決意はのちに脆くも崩れ去るのだ。
*
「わぁぁぁ……!」
「改めてようこそ。ここが首都ヴァインよ」
最初にミーアに案内されたのは市街地の真ん中に立つ展望塔。
正確には軍用監視塔なのだが、中層部分までは一般開放されていて市民の間ではデートスポットになっているらしい。
中層と言ってもその高さは地上から70メートルあり、近未来と中世が溶け合ったような首都の眺めは最高だ。
「あっちがいつもいる軍本部で、その隣が皇帝陛下の居城ね」
「……皇帝」
その響きに、唯舞はここが日本ではないことを実感する。
唯舞の住む今の地球に皇帝制度はないから、改めて遠い世界に来たのだなと思い知ったのだ。
「そんで、今から行くのがあのストリート! 新しくできたお店が集まったお洒落な通りなの。ランチはレトロストリートで食べよっか」
「はいっ」
まるで旅行のようなワクワクした気持ちに、顔にはあまり出なくとも唯舞のテンションも上がっていく。
道すがら会う軍人達に気さくに声を掛けられるミーアとは違い、唯舞がアルプトラオムだと知ると全員が顔を引き攣らせるので、否応なしにアルプトラオムの評判とやらも再確認することとなった。
「イブちゃんイブちゃん! これ飲んで!」
ミーアから手渡されたのはロカーツという今流行りのドリンク。
ジンジャーやシナモンにも似た香辛料香る少しスパイシーな炭酸は、赤・青・黄色の綺麗な層に分かれ、ダイスカットされた様々なフルーツがカップいっぱいに入っていて見た目だけでなく食感までも楽しい。
「美味しいです……!」
「でしょ?」
唯舞の表情が心なしか踊っているように感じたミーアはそっと笑みを深め、ロカーツ片手に次へと軽快に歩き出した。
まだショッピングのショの字すら始まっていない。女子の本領発揮はここからなのだ。
ストリートに並ぶ雑貨屋やショップは可愛い小物や色とりどりのアイテムが豊富で、可愛いもの好きな唯舞にとっては久しぶりの至福の時である。
(どうしよう……このコースター可愛いなぁ……あのドライフラワーも……あ、アロマキャンドルも)
さっき無駄遣い禁止と誓ったはずなのに、一カ月ぶりのショッピングに心が浮き足立っているのが分かった。
「イブちゃんイブちゃん!」
「わわっ!」
ぱふっと頭に何か被せられる。
咄嗟に頭を押さえれば、手触り抜群の猫耳フード付きのルームポンチョ。
それを見たミーアが両手を合わせて満足げに笑った。
「あら~予想通り可愛い」
「……ちょっと私には可愛すぎませんか?」
「そんなことないわ。部屋で使うんだし、これくらい可愛いほうがいいわよ」
そう言われると思わず気持ちが揺らぐ。
そうだ。これは無駄遣いではなく、生活を整えるための出費なのだと思ったらもう駄目だった。
しかも今の唯舞には破格の予算までついていて完全にショッピングモードである。
(うん。やっぱりイブちゃんは普通の女の子よねぇ……)
そんな唯舞を眺めながらミーアは微笑んだ。
元々、戦争とは縁のない国から来た唯舞は、"異界人"という身の上さえなければアルプトラオムのような物騒な部隊など世界一似合わない子なのだ。
("異界人"、か。前回現れたのが13年前。ちょうどエド達が皇国に潜入してた時ね)
あの時の情報はあまり持っていない。
だが、聞き及ぶ限りの情報を精査して分かったのは、あの時リドミンゲル皇国に潜入捜査に行っていたエドヴァルトらが異界人と接触していたという事実だけ。
だがそれが書類に残る事も、彼らが話すこともなかったから、ミーアもそれ以上深く調べることはやめたのだ。
(エドは世話焼きな男ではあるけど、イブちゃんに対するあれは……)
エドヴァルトの過保護とも思える唯舞への対応は、長年友人だったミーアから見ても異様だ。
恐らく、異界人に対しての何かをエドヴァルトは知っているのだろう。
だからこそ、ミーアの元諜報員としての血が騒ぐ。
(でも、出来るだけイブちゃんに分からないように動かないとね)
唯舞はあくまでも理力さえ持っていない普通の女の子。
ここから先は自分達本職の仕事なのだとそう切り上げて、ミーアは買い物かごを持ってレジへと向かった。