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《小話》手離した、もう一つのセカイ


 

 「……! ……せ!」



 そんな自分を呼ぶ声に目を開けた。

 ひどく長い夢を見ていたような、そんな酩酊感にも似た意識は泥のようにゆっくりと浮上していく。



 「あー! もうやっと起きた! 唯舞(いぶ)ー! 綺世(あやせ)が起きたよー!」

 「…………深紅(みく)?」


 

 目の前には自分が知るよりも、かなり大人びた姿の深紅の姿があった。

 恐らくは自分よりも年上で……もしかしたら本来の深紅の年齢なのかもしれない。

 

 だが、それよりも今は、自分が発した声に違和感があった。まるで女のような細くて高い声だ。

 そう思って喉を押さえたところで、違和感がさらに強まって呆然とする。


 

 (――違う。これは、()じゃ……)

 

 「あ、起きました? 珍しいですね、()()さんが居眠りするの」

 「……唯舞」


 

 飲み物をトレーに乗せて運んできた唯舞がアヤセに微笑む。

 見回してみれば、そこは見知らぬ部屋だった。

 リドミンゲル皇国で過ごしたあの聖女の塔のような、水回りに加えてキッチンまでもが揃っているコンパクトな間取りにアヤセは戸惑う。

 

 いわゆる日本お馴染みの1Rの普通の部屋なのだが、ザールムガンド人のアヤセには馴染みのないものだった。

 そんなアヤセの様子にまだ寝ぼけてると勘違いした深紅がやれやれと背中をベッドに預ける。



 「もしかして残業続きで体にきてるんじゃないー? や――っとあのドでかいプロジェクトが終わったもんね~……あー疲れたぁ」

 「ふふ、深紅さんも綺世さんもお疲れ様です。深紅さんは今度、海外事業部に移るんですよね?」

 「そーなのー! 行きたくな――い! だってあっちにはさぁ ()()がいるじゃんっ」

 「()()()さんは深紅さんが来るの喜んでましたけど」

 「なにそれほんとヤダー! 絶対絡まれるじゃんっ! 何であの()と小・中・高・大学まで一緒で職場まで一緒なのさー?!」


 

 テーブルにお茶を並べる唯舞と騒ぎ立てる深紅。

 そんな二人の話を聞いてるアヤセの耳に、流れるだけのテレビから元気なリポーターの声が届いた。

 

 

 『はい! 今日はお天気も良く、富士山も良く見えて絶好のお出かけ日和となっています! みなさん、よい週末をお過ごしくださいねー!』

 

 『では最後に今週のパワースポットのご紹介です! こちら、宮崎県にある天照大神アマテラスノオオミカミを祀る……』


 

 風に揺れたレースの向こうに見えた外の風景。

 唯舞や深紅。テレビから聞こえたリポーターの声に、外の景色と、窓ガラスに映った()の自分。


 そうしてアヤセは、静かに悟って瞳を細めた。

 

 

 (――……そうか。()()は……唯舞達が戻るはずだった……日本か)



 二人が生まれ育ち、神々の加護に満ちたという異界の地・日本。

 魔法も戦争もなく、ただただ普通の生活を送っていたであろう彼女達が、帰りたいと願い続けた安息の場所。


 これは夢なのだろうとは気付いたが、それでもどこかやり切れない想いがアヤセの胸をよぎった。


 

 「……綺世さん?」

 「綺世、もしかして本気で疲れてた? ごめんね、無理やり女子会に誘って。ほら、綺世も営業部に行っちゃったし、私も海外事業部に行くでしょ? そうしたら集まれる頻度が減っちゃうと思ってさ」



 そう言って顔を覗き込んでくる二人の声がどこか遠くなっていくような気がした。



(――あぁ……呼ばれてる)



 意識の端に、自分の名を呼ぶ声が重なる。

 今だに心配そうに自分を見る唯舞と深紅に、アヤセは静かに口元に笑みを浮かべた。



 (お前達が望む普通の生活は送らせてやれない、が……それでも……俺達の世界に残ってくれたことを、後悔はさせない……)



 そう心に深く刻みこんで。

 最後に戸惑う唯舞に手を伸ばして、アヤセは白波の向こうへと意識を手放した。

 

 


 *



 

 「――……さん。アヤセさん……」



 さらりと髪を撫でる感触にアヤセはゆっくりと目を覚ます。

 唯舞の膝に頭を預けて膝枕で寝ていたアヤセは、()()()()()のだと内心ほっとした。



 「起きました? 珍しいですね、アヤセさんが居眠りするの」



 夢と同じ台詞を言う唯舞にほんの少しドキリとするが、そこは見慣れた自分の部屋。

 窓の外には満月が浮かんでおり、唯舞の手元には月読命(ツクヨミ)の加護で使えるようになったスマホが握られている。



 「……まさか、な」



 月の加護とやらであちら側と繋がったのだろうかと一瞬よぎったが、神の悪戯ならばこれ以上考えても仕方がないと、アヤセは思考を放り投げた。

 そうして唯舞の頬に手を寄せ、彼女に触れる自分の手の大きさと声の低さに苦笑いにも似た安堵を滲ませる。


 ――やはり触れるのなら、女より、男の体のほうが良い。



 「アヤセさん?」

 「いや……なんでもない。少し、奇妙な夢を見ただけだ」

 


 このアヤセの不思議な体験は、のちにまた小さな悪戯となってアヤセに襲いかるのだが、それはまた、宵の帳が下りた頃にお話しするとしよう――

 

最後までご愛読、本当にありがとうございました!

少しでも唯舞達の軌跡が残りますように……

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