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第12話 名残夏


 ちゃぽんとお湯が揺れる。

 少しぬるめの湯がとろりと絡んで、一日を終えた体にはものすごく気持ちがよかった。



 「――唯舞(いぶ)

 「ふふ……くすぐったいです」



 ちゅ、と首筋に口づけられれば唯舞がくすくすと笑う。

 花火大会も無事に終わり、旅館に戻った唯舞は待望の温泉に入ることができた。

 自分をゆるく抱きしめるアヤセにそっと寄りかかりながら、今日あった出来事をぼんやりと思い出す。

 

 海でナンパされかけ、浴衣を着て、久しぶりにピアノを弾いて。

 マイヤーと出会い、古代文明の一部から地球との繋がりも見えて。

 バルトの話も、ロウとの再会も、月読命(ツクヨミ)からの加護も――

 

 本当に、密度の濃い一日だった。

 


 「今日はなんだか、すごい一日でしたね」

 「そうだな。お前が俺以外の男を褒めちぎるというありえない一日だったな」

 「もう……まだ根に持ってる」

 

 

 唯舞がアヤセを振り返るように見上げれば、実に不機嫌そうな顔がそこにはあった。

 あまりにもテンションが上がって深紅と盛り上がってしまったが、アヤセも、エドヴァルトも、自分達の恋人はやきもち焼きなうえに、かなり物騒な思考の持ち主なのだ。


 その表情に唯舞が苦笑して、そっとアヤセの頬にキスをすればようやく薄氷色の瞳が唯舞に向く。

 不機嫌そうなその視線ごと引き寄せるように口づけ、唯舞が間近で微笑めば、ようやくアヤセの機嫌も直ったようでぎゅっと抱きしめられた。

 

 

 「……あ、そういえば月読命(ツクヨミ)のおかげでスマホの翻訳機が使えるようになったので、多分、100言語くらいは訳せると思いますよ」

 「……そんなに言語が分かれて、一体どうやって生活してたんだ? お前の世界は」

 「どう……って、うちは島国だったので日本語があれば生活できましたし、一応、共通語もありましたし……」

 「その共通語でさえ200言語以上あったんだろう?」

 「えぇっとそうなんですけど、でも一応、英語があればなんとか……?」



 全世界がイエットワー語というこの世界では、複数言語が数百数千とある世界は全く想像がつかないらしい。

 だからこそ、その異世界カルチャーショックにぶん殴られたマイヤーも卒倒してしまったのだろう。



 「……古代語の解読は、恐らく何かしら手伝うことになるとは思うが、お前達の身の安全が最優先だ。それはアーサー様も理解してくれるだろう。リドミンゲル残党の聖女過激主義派がいるとも限らないし、お前も深紅も、この世界では稀有な存在だからな」

 「ふふ、すご――く心配性な恋人もいますしね?」

 「そう思うならもう少し俺だけを見てくれ……」



 肩口に顔を埋めるようため息を零すアヤセに唯舞は笑った。

 ぎゅっと唯舞の腹部を抱きしめてくる腕が愛おしくて、そっとこめかみにキスを贈ってふわりと笑む。



 「疲れました?」

 「疲れたが、悪くない一日ではあったな。お前の水着姿も浴衣姿も見れたし、こうして風呂にも入ってる」

 「ふふふ、本当にアヤセさんが露天風呂に入ってくれるとは思いませんでした」

 「今ごろ、あちらは大騒ぎだろうけどな。声が聞こえないことをみるに防音でもしてるんだろうが」


 

 隣の部屋で深紅が騒ぐ様子が容易に想像ついて唯舞は笑った。

 

 

 「深紅ちゃんはああみえて恥ずかしがり屋さんですから」

 「――……お前はこうみえて、かなり大胆だけどな……」


 

 髪に口づけられると唯舞は振り返るようにアヤセを見上げる。


 

 「いや……ですか?」

 「いいや?」


 

 アヤセが笑って、ついばむようなキスを落した。

 蕩けたような視線と熱を帯びるアヤセの体に、物見やぐらでの"続き"の時間だと悟って唯舞はアヤセの首に手を伸ばす。



 「……好き、ですよ、アヤセさん……」

 「あぁ……知ってる」


 

 この時間だけは――この蕩けた時間だけは、唯舞の瞳にはアヤセしか映らない。

 蕩けるように潤んだ瞳ごと抱きしめると、アヤセは唯舞に口づけた。

 

 

 後日、宿舎の一室に防音処理が施され、最高級のピアノが運ばれたり、いただきますを含めた日本式の文化や生活が少しずつザールムガンドにも広がっていったり、純白のドレスを身に纏った最愛の妻の愛らしさにむせびなく男どもがいたりと、この世界は、小さくも幸せな日常を辿っていくのだが…………それはまだ――未来のお話。


 

読んでいただき、ありがとうございました!

次回から小話になります。

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