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第10話 祭りと月の神(1)



 「――誰だ」



 目の前の存在が"神"なのだとは直感が告げていた。時を止めるなど、人の身で出来るわけがない。

 だがそれが敵なのか味方なのかとなればまた別の話だ。

 

 警戒を強めるアヤセとエドヴァルトに青年はさして表情を変えることなく衣を揺らす。


 

 ―― ……われの名は三貴神がひとり、月読命(ツクヨミ)。夜闇を司りし古代の神々に名を連ねるもの。


 「! 待ってアヤセさん、大佐!」


 

 唯舞(いぶ)が止めるよう声を上げれば、警戒する二人の意識が唯舞に移る。

 宙に浮かぶ青年を見上げながら、唯舞が静かに口を開いた。


 

 「月読命(ツクヨミ)は、太陽神・天照大神アマテラスノオオミカミの弟にあたる神です。天照大神アマテラスノオオミカミが昼を司るのなら、月読命(ツクヨミ)は夜を司る神で……」



 そう冷静に答える唯舞に、青年――月読命(ツクヨミ)の目線がゆっくりと向いた。

 本能的に人は神に対して畏怖の念を抱くはずだが、目の前の幼子は古代神でもある自分と対峙しても気圧され一つしない。



 ―― ……なるほどな。姉上が気にかけた子らが、どんなものかを見に来ただけだったが……ついでだったわりには面白い存在だ。

 

 「……ついで?」



 目ざとく言葉を拾ったアヤセが聞き返せば、月読命(ツクヨミ)は少し気だるげな様子を口調に滲ませた。


 

 ―― この世界に、新たな"月の神"を作れとのお達しでな。全く、姉上の後始末はいつもわれだ……



 「月の神って……それってもしかして、ファインツ様……?」

 「!」


 

 一同の視線が一気に集まった。

 ファインツは、この世界の太陽の女神となったエドヴァルトの母でもあるキーラが……共に神となることを望んだ実の兄だ。

 深紅(みく)の呟きに、月読命(ツクヨミ)は軽く目を細める。

 

 

 ―― 人の名はそんなだったか。新しき月の神と女神に、われの力の一かけらを分けてきたところだ。別に月神は一柱でよいのだが、どうしても女神を手放さなかったからな。



 「……それって……! じゃあケイコさんも一緒……!」



 思わず唯舞と深紅の目線が合い、同時にどこか安堵したように肩の力が抜けた。

 

 ――ファインツが手放さなかったのなら、月の女神は間違いなくケイコだ。

 

 この世界で人として結ばれることはできなかった二人だけれど、それでも夜空で寄り添い続けられるのなら。

 それはきっと、運命に翻弄されたあの二人にとっては幸福なことに違いない。



 「月の女神といったらアルテミス、ルナ、セレーネ……ふふ、でもこの世界はケイコさんなんですね」

 「ふふふ、それってなんだかすごいね」


 ―― やれやれ……子らは本当に異文化が好きだな。それは全て、我ら高天原(たかまがはら)の神ではなく、他領域の女神だろうに。



 少し呆れを含んだような月読命(ツクヨミ)の声にも唯舞達は楽しげに笑った。



 「だって私達、日本生まれの日本育ちだし?」

 「いろんな文化や様式、そしてさまざまな神々を敬意をもって受け入れられるのは、八百万の神々に囲まれてのびのびと育ってきたからだと思いますよ?」


 ―― やれまったく……どの時代の子らも(たくま)しいものだな。



 そこで初めて月読命(ツクヨミ)は相貌を和らげ、小さい子を見るように唯舞と深紅を見た。

 月の静かさにも似た彼の怜悧な顔は、笑みを少し浮かべるだけで柔らかい月の光のように優しくなる。


 

 ―― ならばそんな子らの未来のため、われから一つ加護を授けてやろう。姉上はそなたらの加護を全て星に流してしまったようだし、この世界の女神の加護もまだ弱い。……望みは何だ?


 「えっ、えぇ? いいの?」

 「ちょっと待って深紅。なんの対価もなく加護が貰えるわけない。相手は神だよ」


 

 驚きに満ちた深紅にエドヴァルトが止めに入る。

 神に忘れられ、神というものが存在しなかったアヤセ達にとっては、月読命(ツクヨミ)という存在は不確定要素の外敵にしかならない。

 

 そんな彼らに、月読命(ツクヨミ)はひとつ溜息をついた。



 ―― 姉上が忘れた世界はやけに不信感強く育ったものだ。だからあれほど千切(ちぎ)った世界の片付けはしろといったのに。……安心するがいい、子らよ。見返りが必要なほどの加護は授けぬ。強き加護はすでにこの世界の女神から与えられているからな。


 「私達に与えられている加護……?」


 ―― "幸福"と"慈愛"だ。子らが健やかに生きられるよう、そんな願いが込められている。――ついでにそなたにもな。



 そう言った月読命(ツクヨミ)の視線がエドヴァルトに向けられる。

 思わぬ母キーラからの祝福に、エドヴァルトの瞳が動揺に揺れて深紅を抱く手に力が籠った。


 

 「え、えっと、じゃあスマホを使えるようにしてほしいです」

 「あーはいはい! 私もっ」

 

 ―― ……は?

 

 

 そんなエドヴァルトの動揺さえ吹き飛ばす明るい声色に、彼らも、そして神である月読命(ツクヨミ)さえも絶句した。

 

 健康な体や生涯困らぬ生活など、人の欲ならば出てきそうな言葉とはあまりにもかけ離れた願いだ。

 そんな男性陣に唯舞は慌てて手を振った。

 


 「べ、別にあちらの世界と連絡を取りたいとかそんなのじゃないんです。ただ、オフラインだとできることが少ないし、えっと、さっきの翻訳機能も一部しか使えないし……!」

 「そーそー! やりとりがしたいんじゃないからもう少しスマホを使えるようにしてほしい! 音楽とか動画とか見れたら最高だし、なんなら私が一度消したスマホの中身を戻してくれたらもっと嬉しい!」


 

 まるで小さな子供が菓子を強請るようなそんな訴えに、月読命(ツクヨミ)は思わず額を押さえ深く息をついた。

 だが、その口元はどこか楽しそうだ。


 

 ―― ………姉上。これは我らの想像斜め上をいく"面白さ"だな……


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